「電波少女」の狂気
仮眠室からすっかりいなくなってしまった麗奈ちゃんを探して、急いで建物を出る。
全ての階、女子トイレも含む全ての部屋を探したが、やはり麗奈ちゃんの姿はどこにも無かった。
「麗奈ちゃん、どこに……!」
僕は急いで食料と支給された荷物を持ち出し、麗奈ちゃんを探し回る。
この辺りには、まだ徘徊しているトカゲ人間が残っている可能性が高い。
麗奈ちゃんは付近にある電波の発信源を探り、そこへ電波に乗って瞬間移動することができる。
故に、近くにスマホやらパソコンがあれば離脱は申し分なくできるハズだが……僕にも麗奈ちゃんにも、「ディープ・ステイト」のような戦闘に絡むような力は無い。
……にもかかわらず、わざわざ麗奈ちゃんが僕の見張りを放棄してどこかへ行ってしまった理由は何だったのだろうか。
敵対者が襲撃を仕掛けてきたのであれば僕を起こせば良いし、何か食糧を探すのであれば、書き置きを残していくなり、折角持っているスマホも、この島の中でのみなら電波を使ったやりとりもできるのだから、メッセージを送ってくれるなりすれば良いのに……そんな状況で何も無しどこかへ消えてしまうのは、異常事態であるとしか思えない。
「麗奈ちゃん!麗奈ちゃーん!」
探し続けること二時間。
ようやく、森の中に見慣れた人影が一つ。
「麗奈ちゃん……!?何して……!」
そこにいた麗奈ちゃんは、水飲み鳥のように大木へ自身の頭を打ちつけ続けてる。
気でも狂ったのだろうか。
一晩の間に何があったというのだ。
「ああ、ああ……」
「何をやっているんだい!寝ぼけているにしても、これは精神状態がまともじゃあない!!額から血が出ているじゃあないかッ!!」
「た、環……くん……?どこに行っちゃったの……?」
僕は耳元に近いところで叫ぶように声をかけるが、しかしどうにもこの声は届ききっていない様子。
小刻みに震える麗奈ちゃん。
その表情は霧の中で怯えている少女のようであった。
「ここだよ!僕はここだ!確かに僕は今!君の横にいるッ!君がどんな攻撃を受けているのかは知らないけど、とりあえず今は正気に戻ってくれッ!麗奈ちゃん!!」
「ん、え、っと……?そこに、いるの……?」
僕の頬に麗奈ちゃんがふれると、彼女はこちらへ体重をかけ、倒れそうになる。
「そうだよ!僕はここだ!気付いてくれたんだね!?」
それに合わせて、僕は膝をついて支え、無理矢理にでも目を合わせるように後頭部へ手を置いた。
「うん……。ごめん、環くん……。安心したら、ちょっと眠たくなってきちゃったかも」
「あ、ああ、わかった!僕がさっきの仮眠室までおぶっていくから、寝ていいよ!」
そのまま、あっという間に寝息をたてる麗奈ちゃん。
この一連の奇行についての説明が為されるのは、そこからしばらくの時が経った後のことであった。
数時間後。
「……ふぁ」
「おはよう、麗奈ちゃん。目覚めはどう?」
「悪くはない、かな……。けど……ちょっと、疲れちゃったかも」
大きな溜め息をつき、少しやつれたような麗奈ちゃんの表情は、つい昨晩の能天気なそれとは明らかに違うものであった。
「何があったんだい?やけに怯えてたように見えたけど」
「すっごく、怖くて、変な夢をみたんだよ」
「変な夢?」
「うん。明らかに変な夢。起きてる時みたいに実感があって、
麗奈ちゃんは夢の中であった出来事をゆっくり、ゆっくりと、細いチューブから大量のクリームを捻り出すように話し始める。
昨晩。
眠っていた僕の代わりに見張りをしていた麗奈ちゃんは、特に話し相手も娯楽も無い状況で、いつの間にか寝落ちしてしまっていたのだという。
その夢の中で、麗奈ちゃんは無数の電波塔が建っている廃墟のような風景の中に立っていたようで……さらに何故か自分以外にもう一人、やけにスタイルの良いモデルのような少女が向かい合うようにして立ってたそうな。
その少女が名を名乗る事は無かったが、代わりのつもりなのか、「リミナル・スペース」という言葉を口にしていたそうだ。
それからは、「リミナル・スペース」という名前を口にした少女によるワンサイドゲームが始まったようであった。
麗奈ちゃんは、何故かハンディサイズになっている電磁砲を持ち出してこちらを狙ってくる少女に、なすすべもなくやられてしまったそうな。
そして気付いた時にはもう、あのザマだったという訳だ。
「麗奈ちゃん。とりあえず、その『リミナル・スペース』って能力には気を付けておこう。また何かあったら、すぐに言ってね」
「うん。……環くんもね」
僕は、互いに向かい合った二段ベッドの上で再び眠り始める麗奈ちゃんを視て、念入りに仮眠室の扉を閉めた。
麗奈ちゃんが見た、妙な夢の正体。
「リミナル・スペース」という、普通に生活をおくる上では滅多に使わないであろう言葉と共に夢の中へ姿を現した謎の少女。
僕がそれを知るのは、さらにもう少し後のことであった。
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