一室、二人で過ごす夜
義経との戦いを終えた僕と麗奈ちゃんは、死亡を確認していない義経が夜襲をかけてくることを警戒し、スーパーボールが転がっている2階、3階を避けて一階の玄関から右側の、戦闘中には確認していなかった密室で夜を過ごすことにした。
スーパーボールが目に突撃してきたことでダメージを負った麗奈ちゃんの瞳だが、思っていた以上に軽傷だったらしく、日が暮れる頃にはすっかり痛みも引いていたらしい。
何はともあれ、無事で良かった。
二十畳~三十畳程度の室内にはコンロやシンクがいくつも並んでいる。
さながら家庭科室のような、そういったコンセプトの部屋なのだろう。
当然ながら窓際とシンクの金属部を避けて、僕達は隣に仮眠室があることを確認した後、明らかに不自然な場所に設置されていた冷蔵庫を漁った。
「あっ!何か入ってるよ!半分ずつ分けよっ!」
すると、中には栄養バー四本と二つのライムが入っていた。
「うん、ありがとう。……そういえば、お腹減ったね」
「一本ずつ食べよ!残りはとっておいてさ、明日の朝にでも食べようよ!」
「そうだね、そうしようか」
僕達は栄養バーの封を切り、口へ運ぶ。
ざっくり食糧の四分の一と少しを消費してしまう、と表すと少し不安だが、他者の能力次第では奪われたり吹き飛ばされたりするかもしれないのだ。
ケチっている場合でも無いのかもしれない。
……僕が意識を取り戻した時は、いかにも夕方になる少し前といったような日差しであった。
そして僕と麗奈ちゃんが下校中に誘拐されたのは夕方で、この島へと向かう船に乗っていたのは、その時以上に日が昇っていた時だった。
ということは、誘拐されてから僕が意識を取り戻すまで、最短でも二十程度がかかっているということになる。
この島で僕達に殺し合いをさせようとしている存在に何かしらの狙いがある以上、日数を合わせないで僕達をこの島に送り込んでくることは無いだろうが……。
そもそも僕が何日眠っていたのかも分からない以上、ゲームが始まってから何日が経過したのかは分からないし、麗奈ちゃんも分からないと言っていた。
故に食料はどれだけセーブすれば分からないし、いつになったら殺し合いが終わって安全になるのかも分からない。
栄養バーを食べ終わった僕達は、仮眠室へ移動。
8畳も無いであろう室内に二段ベッドが二つ並んでいる部屋で、それぞれ、別のベッドの二段目に寝転び、一段目に数少ない荷物と、持ってきた食糧を置いた。
「ふぁぁ……布団に入ったら一気に眠くなってきたよ~。ねぇ、寝てもいいと思う?それとも、このベッドって罠なのかな?」
「いや、僕達だって人間なんだ。いつかは寝なきゃいけないんだから、今のうちに寝ておくといいよ」
「環くんは?寝ないの?」
「いや、麗奈ちゃんが寝てる間は見張っておくよ。逆に、僕が寝る時が来たら……今度は麗奈ちゃんが見張ってくれないかな」
「そう?じゃあ、私は先に寝ようかな!……お休みなさい、環くん」
「お休み、麗奈ちゃん」
僕はハシゴに座り、麗奈ちゃんの顔を見つめる。
「……どうしたの?そんなにじーっと見て……照れちゃうよ」
「ああ、生きてるなって、そう思っただけだよ」
「なにそれ~!生きてるに決まってるじゃん!」
「それはそうなんだけどさ……」
今、僕達はどこかも分からない島にいて、その上でいつ殺し合いが始まってもおかしくない状況に置かれている。
こうして目の前にいる人間が息をしていて、話をしていて、食事をとって眠気に襲われて大あくびをして。
そんな仕草が、生きていることを実感する動きの一つ一つが愛おしくてたまらなくなってしまうのだ。
「えへへ。何か楽しいね」
「船の中でも言ったような気がするけど、こんな状況で楽しんでいられるのは君だけだってば」
「そう?何かワクワクしない?アドレナリンが出るっていうかさー!」
「ワクワクしない……なぁ……」
幼い頃、台風が暴風と豪雨を運びながら上空を通過している際に感じていたようなあの謎の感覚のことを言っているのだろうか。
そういえば、長らくあの感覚を味わったことは無いかもしれない。
とはいえ、やはり麗奈ちゃんが言っていることを理解しきることはできなかった。
大親友の発言であっても、共感できないことはあるものだ。
「何か、ドキドキするね。……お泊り会みたいで」
「いいから寝なさい」
最後の最後まで呑気な麗奈ちゃんのベッドに腕を伸ばし、思わせぶりな発言を無理矢理遮るように布団を被せる。
気になってしまうだろうから麗奈ちゃんの方は見ずに、それから僕は鍵を閉めておいた扉の方を見ていた。
そして数時間後。
「ふぁ~ぁ。おはよう……」
無事に目を覚ました麗奈ちゃんと見張りを交代し、今度は僕が仮眠をとる。
しかし、そこからさらに数時間後。
僕が目を覚ますと、そこに麗奈ちゃんの姿は無かった。
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