ディープ・ステイト 中編
まさか、電波の発進源になっているスマホを敵本人が持っていなかったとは。
スマホとは皆さんご存知、ここ十数年程度で普及した形の携帯電話を指す。
スマホは小さいパソコンだろうという考え方はさておき、「携帯電話なんだから携帯しろよ」とは思うが……敵対者が意図せず支給されたスマホを落としたとは思えない。
そして、部屋の壁にこれでもかという程にぶら下げてある鏡。
つまり。
「このスマホは……罠!?」
という事らしい。
……そもそも何故、相手がこちらに電波の発信源を探ることができると知っているのだろうか。
送り込まれた「妨害者」だったら、運営側から僕達の超能力について事前に情報を貰っている可能性もあるが……。
「麗奈ちゃん!!部屋を出よう!今すぐに!」
僕は急いでドアノブに手をかけるが、時すでに遅し。
つい数十秒前、僕達は「ドアノブを捻った状態で扉を引っ張って」部屋へ入った。
イコール、こちら側からは押さなければならない扉という事だ。
そして何故、僕がこの状況で扉の分析を始めたのか。
それは……。
「開かない!んーっ!ダメ、向こうの扉も……んーーーーッ!!こっちも……扉の前に、何か重いものが置かれてるみたい!」
僕達が開けた扉ともう一つの扉、その両方の前に何かが置かれたために、どうやら僕達はこの部屋に閉じ込められたようだからである。
「参ったね……。麗奈ちゃん、掃除ロッカーは動かせそう?」
僕は掃除ロッカーを指差し、続けて前後の扉の上にある小窓を指す。
「うーんと……うん!大丈夫そう!中身スカスカだよ、このロッカー!」
「よし!じゃあ、そのロッカーを二人で扉の前に持って行こう!そしたら僕が肩車して足場になるから、麗奈ちゃんが部屋の外に出て、外から扉を塞ぐ原因になっているものをどかして欲しい!」
「わかった!」
そして、二人でロッカーの両端を掴んでスカスカの軽い掃除ロッカーを扉の前まで運ぶしかし、それを置こうとした瞬間。
「【ディープ・ステイト】」
掃除ロッカーには珍しくない、扉に空いている小さな穴。
そこから入り込んだ光を、あろうことか内側に仕掛けてあった鏡が反射してしまっていたのだ。
「ぐおおおおおおおおッ!?」
ロッカーの扉が内側から殴り壊され、その拳は僕の腹部を抉るように食い込む。
「そんな、ロッカーから腕がっ!?」
「い、いいから……僕の事はいいから、ロッカーを……!」
「わかった!」
僕は床に膝を突き、悶えたまま動けない。
そんな僕を見て心配そうに視線をこちらへ向ける麗奈ちゃんだったが、すぐさまロッカーの扉を正面とした時の裏側へ回って、ロッカーの扉と部屋の扉を向かい合わせにするようにそれを押して移動させた。
「よし。バッチリだよ、麗奈ちゃん……待ってね、僕が今踏み台になるから、上から扉の向こうへ……うぐぅ」
立ち上がり、ロッカーを前に麗奈ちゃんをロッカーの上に乗せるべく踏み台になろうとするが、
「環くん!本当に大丈夫!?」
「ごめん、今度ばかりは多分ダメ」
「そんなぁ!」
立ち上がるにも立ち上がることができない。
重心が、肉体の操作感覚が、自分のものであるハズなのに微塵も分からない。
僕は地に這いつくばるしか出来なかった。
麗奈ちゃんはそんな中、ふと扉のすぐ横にある鏡を前に立ち尽くす。
「れ、麗奈ちゃん……何でわざわざ……鏡の前に……?」
こんな状況で鏡に近付くのは自殺行為だ。
何故、よりによって今そんなことを……?
僕は念のため、「コイントス」を行う。
しかし、やはり結果は表のまま。
……この状況で、運はまだ「あなたはツイています」と言い続けるつもりなのだろうか。
鏡に囲まれて絶体絶命、僕は内臓にまでダメージを受け、とてもツイている要素があるとは思えない。
「【ディープ・ステイト】!!馬鹿が!お前らが何でもかんでも口に出して喋ってくれるおかげで、女!お前の能力も!この部屋からお前達がどうやって出ようとしているかも!全部筒抜けなんだよォォォ!!」
そして案の定、鏡から麗奈ちゃんの腹を狙って拳が飛び出してくる。
……言われてみればそうだ。
耳打ちにしておけば良かった、何で僕も麗奈ちゃんも。あんなに大声で叫んで作戦をバラしてしまっていたのか。
これは良くない、戦い慣れしていない一般人の悪いところが出た。
……「タダのバカじゃん」、というのは言わないお約束である。
しかし、こんな状況でも麗奈ちゃんは一切動じていない。
むしろ、「計画通り」と言わんばかりに口角を上げてニヤリと笑みを浮かべている。
「いいや、バカなのはあなたの方だよ、『ディープ・ステイト』!何でわざわざ私が鏡の前に出てきたと思う?わざわざ鏡の中から腕が出てきて、それが私を殴ってくると分かっていて……何で、自分からわざわざ殴られるような場所に立ってたか、君には分かる?」
「知るかッ!死ねェェェッ!」
「それっ!」
急接近する「ディープ・ステイト」の拳を華麗に飛び越え、麗奈ちゃんは異常なまでのバランス感覚で腕の上に着地する。
「なッ……!?」
そして、そのまま「ディープ・ステイト」の腕を踏み台にしてロッカーの上へ飛び乗って小窓を開け、そこからずり落ちるようにして扉の前に足を下ろし、扉の前に置いてあった大量の机と椅子を、あっという間にどかしてしまった。
「この俺を利用しやがったってのか!?」
「大正解っ!ほらっ、環くん!もういつでも部屋から出れるよ!」
「あ、ありが、とう……ハァ、ハァ……」
僕は何とか麗奈ちゃんが開けてくれた扉から廊下に出て、そのまま壁沿いにもたれかかる。
向かい合わせになっている窓は開いており、より一層窓ガラスから腕が伸びてくる心配は薄れた。
「ちょっと休もう?流石に立つのも難しいのに無理するのは良くないよ!」
「そう、みたいだね……う、ぐぐ」
そのまま数分が過ぎ、何とか調子も戻ってきた頃。
「そォォォらよッ!!」
響き渡る、「ディープ・ステイト」の声。
そしてその声とほぼ同時に、大量のスーパーボールが開いている窓の向こう側から廊下へと飛んで来た。
「スーパーボール……!?」
「いで、いで、いででででででで!なんだこれ、ウザい!」
「これは攻撃……なの……?」
敵はどういうつもりでスーパーボールを撒き散らかしているのか。
飛んで来たスーパーボールを怪訝な顔で見つめる。
「このスーパーボール……面が……!?」
「いや、うん……!攻撃だよ!このスーパーボール、全部が攻撃!このスーパーボールの一個一個がこの廊下に散らばって……!」
「【ディープ・ステイト】」
そして、僕達はそれが綺麗に反射する面を持つ大量のスーパーボールによる、まさにこちらが「ディープ・ステイト」の能力を見抜いていることを逆手に取ったかく乱攻撃だということにすぐさま気付く。
しかし、僕達は一手遅れたようだった。
数は百を優に超えるであろう大量のスーパーボールからは、どのボールの、どこの部分から腕が生えてくるか分からない。
そして、やはりボールから生えてきた腕は地面を殴り飛ばしたかのように浮き上がり、その勢いを利用したままこちらの目を狙って飛んで来た。
「うおっ!?」
僕は脊髄反射で
「うわあああああああああッッッ!目、目に、ボールが……!」
しかし、麗奈ちゃんは間に合わなかったようだ。
両目に八十キロメートルは超えるであろうスピードで飛んでくるスーパーボールを受けた麗奈ちゃんは、堪らずその場で転げ回った。
「麗奈ちゃん!!……くそッ!こんなボール……!」
僕はスーパーボールを片っ端から蹴り飛ばし、とにかく遠くへやろうとする。
しかしスーパーボールは僕に追いやられる度に腕を生やしているのか、着地とほぼ同時に、跳ね返って不自然な軌道でこちらへと戻ってくる。
次から次へとこちらへと戻ってくるスーパーボール。
これではキリが無いだけではなく、こちらへ跳ね返ってくる勢いも強いため、そこそこ面倒くさいどころではなく、目をパチクリと空ける事もできない。
しかし、そんな中でまた一つ。
僕は「ディープ・ステイト」の能力、その詳細を理解できた。
あんなにも大量に落ちているスーパーボールだが、そんな状況で「全てのスーパーボールが吹っ飛んでこない」理由。
それは、「腕を同時に二本以上出すことはできない」ということだ。
「う、うう、目が……痛い、痛いよ、環くん……!」
麗奈ちゃんは両目から血と涙が混ざったものを垂らしながら、気配を感じ取ったのか僕の方へ向く。
あの輝く笑顔で、いつも一人きりの僕を気遣ってくれていた麗奈ちゃん。
そんな麗奈ちゃんが、今や血が混ざった涙を流して、痛みに悶えて泣いているのだ。
「……麗奈ちゃん、一旦離れるよ!」
僕は胸の奥で燃え上がる怒りを抑えながら、鏡となり得るモノが無い部屋を目指して階段、そして下へ。
正面玄関、あそこなら何も鏡程に鮮やかな反射をするものは壁沿いでもなければ無い上に、正面玄関としているだけあって壁と壁との距離が遠い。
あそこは、安全地帯を構築するには丁度良い場所だろう。
しかし、当然のように能力を使ってこちらへついてくるスーパーボール。
「ごめんね、環くん……重いよね……」
「大丈夫!後は……僕が何とかする!」
僕はスーパーボールの弾幕を間一髪ですり抜けながら、階段を駆け下りて1階へ降りていた。
未だに痛みが取れない脚は、麗奈ちゃんの重みも加わって更なる負荷に悲鳴をあげている。
だが、脚の痛みなど知った事ではない。
僕の精神は今、過去に無い程の怒りでオーバーヒートしているのだ。
ちょっとやそっとの怪我が何だ。
今の僕は、珍しく熱くなってしまっているのだ。
止められるものなら止めてみやがれ。
麗奈ちゃんを抱えて階段を下りた僕はすぐに左へ。
もう一度、曲がり角を左へ。
僕は正面玄関、その中央へ麗奈ちゃんを下ろす。
「ありがとう……ごめん、ちょっと寝るね。目が痛すぎて意識が持って行かれそうだよ」
「……わかった。後で起こすから、ゆっくり寝てて」
僕は麗奈ちゃんに迫るスーパーボールを殴り飛ばして先へ進む。
予想通り、一度に出せる腕の数に制限があるのだろう。
明らかに飛んでくるスーパーボールの数が減っている。
数は……二十個くらいだろうか。
これなら、何とか一人でも捌けそうだ。
僕は一つ一つ、飛んでくるボールを玄関から森の中へと遠投する。
そして、僕は玄関口から飛び出したスーパーボールを森の、とりわけ鬱蒼としているところに投げ込んで草木に絡め取らせた。
「なっ……何だ?何故動かない!?これは蔓が絡まっている、こっちは朽木に踏まれて……うおおおッ!手に虫が、引っ込めなければ……ぐあああああッ!」
何かに絡まって動かなくなったスーパーボール、かつ。まだ腕を出せる程の光を浴びているそれから腕を出して、絡みついているものをほどこうかと思ったのだろうか。
しかし、それは逆効果。
鬱蒼とした森には、必ずと言って良い程に毒や棘を持った虫がいるものだ。
そして運悪く、その類の虫が住処としている場所に入り込んでしまったスーパーボールから腕を出してしまったのだろう。
悶えるような声が、僕から見てすぐ右側……丁度、窓ガラスから飛び出た腕に僕が頬を殴られたあの場所辺りから辺りへ響き渡った。
「ディープ・ステイト」はすぐ近くにいる。
もう決して逃がすまい。
僕はメスを手に、出来る限り以上の全力疾走で声がした方へ向かうのであった。
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