ディープ・ステイト 前編

水面から伸びる、人間のモノとは思えないマリンブルーの腕。


一瞬で数発打ち込まれた拳で痛みを伴う膝カックンを食らった僕は、思わず背後へとよろめく。


そして、


「ジャアッ!」


「ぐあああああああッ!」


そのまま背中をボコスカと殴られて吹っ飛ばされてしまった。


「環くん!!大丈夫!?」


壁に打ちつけられながら、僕は麗奈ちゃんの方を見る。


すると、先ほどまで残っていた足元の水たまりから飛び出してきたであろう腕らしきものは綺麗さっぱり消滅していた。


「大丈夫じゃあないよ!でも、ここは無理をしてでも倒れる訳にはいかない!向こうがどこからどんな攻撃をしてくるか僕にも分からないんだ!まずは敵対者の攻撃がどんなものなのか見極めなくっちゃあならない!」


「【電波少女ファイブジー】!……はっ!ある、電波が三つ……一つは私、一つは環くんのポケットの中から……それともう一つは……三階、真上の部屋!」


「オーケー!麗奈ちゃん、瞬間移動はできる!?」


「できるけど、このままじゃ環くんを一人で取り残すことになるから瞬間移動はしない!二人で一緒に三階まで行くよ、環くん!」


「確かに、二人を分断するのは得策じゃあないね……!よし、行こう!」


僕は痛む脚をゆっくりと動かし、壁にもたれかかりながら窓際をゆっくりと進む。


麗奈ちゃんも、僕に合わせてゆっくりと足を進めてくれている。


しかし。


「【ディープ・ステイト】」


「ごふぅ……」


僕の頬を、またしても謎の拳が殴りつけた。


何故か、足元の水たまりから出てきた腕に殴られた時よりも威力が高いような気がする。


「環くぅぅん!!このぉぉぉっ!」


麗奈ちゃんはポケットからメスを取り出し、その腕に突き刺そうとする。


しかしあっという間に腕は消え去り、麗奈ちゃんのメスは空を切った。


「あう、あ、ッぐぅ……」


「本当に大丈夫!?ちょっと休憩した方が……」


「いや、小さい水たまりからも窓ガラスからも腕が飛び出てきた以上、敵に狙われているまま休憩をとるのは危険……というより、そもそも休憩をとることさえ許されないだろうね。……それにしても、水たまりと窓ガラスから腕が出る超能力……か」


「環くんと会う前に、私はビーカーから飛び出してきた腕にやられそうになったよ……」


「ビーカー!?」


「うん、ビーカー。棚にあるでしょ?」


麗奈ちゃんは棚に置かれている六百ミリリットルのビーカーを指差す。


ズラリと並べられているビーカーの中に、一つだけ明らかに位置がズレている


ビーカーから腕が飛び出してくるとは……とうとう訳が分からなくなってきた。


落ち着け、落ち着くんだ僕。

こういう時に思考を放棄していない。


アニメなんかであっけなく死ぬキャラというのは、大抵ピンチの時に何も考えることができず慌てるキャラだ。

焦らずに、ゆっくり考えよう。


どこかから聞こえた『ディープ・ステイト』と呼ぶような声。

それが、きっと能力の名前なのだろう。


超能力とて万能ではない。

それは、この世界に未だ「神」という存在が誕生していないことが動かぬ証拠だろう。


この世界に「全知全能」といったような超能力が存在するのならば、わざわざ裏から完全な超能力者や訓練を積んだエージェントを使ってコソコソやる組織が存在する意味など無いのだ。


その証拠に、未だ僕や麗奈ちゃんのような出来損ないに、僕達をこの島で殺し合わせようとしている何者かが固執していることが挙げられる。


故に、敵がそんなに器用な真似を出来る訳が無いのだ。

そもそも、敵は何者かが送り込んだ「妨害者」か、僕達のような出来損ない。


仮に出来損ないではなく、完成された超能力者が「妨害者」として送り込まれていたとして、今まさに敵対しているのがその完成された能力をもつ「妨害者」であったとしても、それが「どこからでも、どこへでも自由に腕を出すことができる能力」であると考えるのは少し無理がある。


そんな能力があれば、どこからでも、いつ何時でも核ミサイルのスイッチを押すことができてしまう。


万が一その能力が本当にあったとしても、わざわざそれ程の能力を持つ者を、こんな出来損ないが争う事を前提としている、カンペキ超能力者からしてみれば『しょうもない殺し合い』に、わざわざそんな逸材を出してくるだろうか?


だとすれば、「どこからともなく腕が飛び出してくる」という能力には何かしらの共通点があるハズだ。


しかし、イマイチ分からないポイントがある。

水たまりと窓ガラス、それとビーカーの共通点は何だ?


……もしかすると。


「【ディープ・ステイト】ォォォッ!!」


「危ない!」


「『ディープ・ステイト』からは逃れられん……せいぜい気を緩めんことだ」


全く、考える暇も与えてくれないとは。


敵はよっぽど慎重派なようである。


もう一度、窓ガラスから飛び出してきた拳が僕の頬へ当たる前に麗奈ちゃんが首根っこを掴んで壁の方へ引っ張ってくれたおかげで、今回は拳をスルリと避けることができた。


「【コイントス】!」


僕はコインを宙に浮かべ、再び自らの運を試す。


麗奈が言っている電波の出どころに敵対者、仮に「ディープ・ステイト」とする者がいるのだとすれば、普通は近付けば近づく程に危険になっていくものだろう。


電波にも銃弾にも、距離減衰というものはある。

超能力にもそれが無いとは限らない。


単純に言ってしまえば、これからどんどん危なくなってくるかもしれない状況で、運が自分に味方しているかどうかを判断することは重要だろう。


そして、こんな状況で呑気にもコインを投げた理由。


宙へ浮かんだコインから、そのコインより少し小さい百円玉サイズの腕が飛び出してくる。


「……コインから腕が!?」


僕の目を狙って飛び出してくる腕を見た麗奈ちゃんは、手を伸ばしてその拳を弾こうとする。


しかし、僕はその手を制止して同時に口を動かし始めた。


「やっぱりそうか」


「なッ……!?」


コインの「奥」から声が聞こえる。


「どうせバレても能動的に状況が変わる訳ではないから、僕の能力を教えてあげよう。僕の能力は『コイントス』。運がか……もっと言えば、を確かめる能力……。そして、これは経験則だけど、何かが関与した結果、裏表が変わるのは……それも含めて『運』によるものであると考えるみたいだよ」


「た、環くん?何で突然、能力の説明を……?」


「『ディープ・ステイト』くん……だっけ?君に運命を変えてもらうんだよ。君がコインから腕を出してくれたことで、落ちるコインの軌道が変わった。そして、僕は一つ確信した事がある」


「な、何だと貴様……!」


「貴様」、か。

随分とマンガのキャラクターみたいな喋り方をするものだ。


「君の能力が、僕にとって未来を招いてくれるかも知れないと、頬を殴られた瞬間にそう思ったんだよ。……そしてそれは今、確信に変わった!」


「こ、れは……!」


裏のまま落ちていきそうだったコインは、みるみる内に回転し、そして。


「腕しか出てないだろうから、君には見えないと思うけど……。『ディープ・ステイト』!君のおかげで、このコインは表になったんだ!追い詰められている今、普通なら『僕はツイていない』と、裏が出るハズだった。でも、君が落下の軌道を変えてくれたから『表』が出たんだッ!」


コインは、「表」になって着地した。


「なんだと……」


「そして、僕は君の能力も見破った!ビーカー、水たまり、窓ガラス、そしてコイン!この四つ全部に共通するのは!『光を綺麗に反射してこちらを写す性質を持っている非生物』だということだ!ビーカーと窓ガラスにはガラス光沢があり、コインには金属光沢がある!そして、水も光を反射してキラキラと光り、夜の星を移しだす!君は、光をある程度綺麗に反射するもの、それもまさにその瞬間、綺麗に光を反射している部分からしか腕を出せない!」


「ある程度」が具体的にどれくらいかは分からないが、あまりにもぼやけすぎたり光量が少ない場所から腕を出すことはできないのだろう。


ツヤツヤと窓から差し込む日光をうっすらと反射する床から腕が出てこないことや、ガラスのように僕や麗奈ちゃんの瞳から腕が出てこないことには、それで説明がつく。


「ぐ、ぐぬぬぬ……!」


「君なんだからね、僕をへ導いたのも、能力の発動条件を明かしてくれたのも!そして今、君は自ら僕達を逃がす運命を手繰り寄せてくれたんだよ!全部『君』がやったんだ、『ディープ・ステイト』!僕は運の力を借りて、『運のツキを見逃さない才能』で、この戦いを生き残るッ!!」


「……な、な、なァァァンだとォォォォォ……!」


……僕は今、半分くらいハッタリで喋っている。


それは、「ディープ・ステイト」の神経を逆撫でし、冷静さを失わせるためだ。


この喋り方の変わりよう。

ついさっきまで「『ディープ・ステイト』からは逃れられん」なんて抜かしていた人間と同一人物の発言とは思えない程に、口調が乱れている。


「で、でも環くん。仮にコインが表になって、私達が『ツイている』ことになったとしても……やらなきゃいけないことは一緒だよ?」


「だからいいんだよ、麗奈ちゃん!このタイミングが、この状況が、僕達にとっては最高に『いい』!!奴自身が導いてくれた運命が、僕達を安全に『ディープ・ステイト』の元に連れていってくれる!!ほら、見て!」


珍しく弱気に袖を掴んで離さない麗奈ちゃんに僕が指を差したのは、僕達以外の電波の発信源がある三階へ向かうには欠かせない階段。


玄関でチラ見した案内板をたよりにする限り、この建物にエレベーターが無いという訳では無いらしいが……密室である上に、エレベーターには成人男性よりも大きな鏡が設置されている場合が多い。


「階段が……どうしたの?」


「見て、あの階段!!手すりは木、へりは真っ黒なゴム!オマケに窓が一つも無い!……コイツは僕のコイン以外から腕を出すことは出来ないし、このコインから腕を出したところで、百円玉より大きい腕を出すことはできない!」


「ホントだ!階段が、窓が、環くんのために道を譲ってるみたいな環境になってる……!」


「ほら!行くよ、麗奈ちゃん!」


「うん!」


僕は麗奈ちゃんの手を引き、階段を上っていく。

一つの踊り場を経由して二階へ、さらにそこからもう一つの踊り場を経由して三階へ。


段を上っていく度に殴られた脚と壁に叩きつけられた背中が痛むが、手すりを掴みつつ、もう片方の肩を麗奈ちゃんが支えてくれるおかげで悶絶はせずに済んだ。


敵は「くそッ」という捨て台詞を残し、それから階段を上っている最中はコインから腕を出してくることは無かった。


「着いた!電波の位置は!?」


「変わってないよ!敵のスマホは動いてない!この先を左に曲がってすぐの部屋!そこの中に敵のスマホがある!」


「分かった!」


僕は窓から離れて壁伝いに移動、麗奈ちゃんが右肩を支えてくれているおかげで、普通に歩くのと同じくらいのスピードで前へと進むことができている。


「曲がるよ、よいしょっ!」


「アイタタタタタタ……」


「頑張って、もう少しだから!」


「ああ、大丈夫……!」


ゆっくり、ゆっくりと先へ進む。


そして、ついに僕達は電波の発信源がある部屋へと辿り着いた。


僕達は閉まっているドアノブに手をかける。


二人で両手を使ってドアノブを握ることで光を反射を防いだ。

これで、ツヤツヤとした金属製のドアノブに光は飛び込んでこない。


「「三、二、一……!GO!!!」」


僕と麗奈ちゃんは声を合わせ、同じタイミングでドアノブを捻った状態で扉を引っ張って部屋へ突入。


しかし、僕達が構えたのは全くの無駄だったようだ。


「えっ……?」


「誰もいない……だって……!?」


その部屋に人影は無く、そこには代わりにスマートフォンが1つ。


ただ、それが置いてあるだけなのであった。

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