参上、電波少女

「人の気配は……無い、かな」


僕は真っ白な建物の周りを歩き回り、全体像を掴もうとする。


三階建てで、役所のようなシンプルなデザイン。

しかし窓から中を覗くと、理科室のような光景が広がっている。


しかしその割に面積はあまり無さそうだ。

思っていたよりも、玄関から廊下の突き当たりまでが短い。


正面玄関らしきところから建物内へ侵入し、壁に沿って忍者さながらの隠密行動を始める。


「流石に誰もいない、よね……?」


ゆっくりと足を進め、入ってすぐのところにある部屋へ飛び込む。


「ふぅ……。流石にこれは疲れたね……あと……死ぬかと思った」


僕はそのまま壁にもたれかかると、大きく溜め息をついた。


そして、


「【コイントス】」


隙あらばコイントス。


折角の超能力だ、自分の運は常に把握しておかなければ。


コインは裏。


……トカゲ人間から逃げ切ったかと思えば、今度は運が僕を裏切ったときた。


さて、絶対にツイていないことが確定した今。


周囲への警戒はコンマ一秒たりとも怠ることはできない。


「……さっきみたいなのがまた出てきたら……今度こそ死ぬかもしれないね」


つい先ほどもコイントスで裏を出したタイミングであのトカゲ人間が襲ってきた。


そして今もコインは裏を向き、またもや運が僕から目を背けていることが確定事項としてここにある。


さらに僕が居るのは廃墟の中、つまりは室内だ。


明らかに屋外と比べて身動きが取りにくい以上、つい先ほどトカゲ人間から逃げた時のように上手くはいかないだろう。


その上、ここが仮に安全地帯だったとしても、いつまでもこの部屋に留まっている訳にもいかない。


……武器と食糧。


今の僕には、それらが足りないどころか1つも無いのだ。


「……流石にお腹が減ってきたね」


僕は立ち上がり、また壁に沿ってゆっくりと歩き始める。


仮にあの部屋が限りなく安全地帯に近い場所であったとしても、このままでは野垂れ死んでしまう。


人っ子一人いない真っ白な部屋に、食料を一切与えないで人間を放置したらどうなるのだろうか。


答えは簡単。

死あるのみ。


まだまだ時間は残っている。


そろそろ腹ごしらえをしつつ、水などの携帯可能な物資も集めておかなければ。


個人的には栄養ドリンクや栄養ゼリーがあったら嬉しい。


ゆっくりと廊下を進んで行き、隣の部屋へ。


中に侵入者がいることも考え、再び勢いをつけて飛び込む。


「うわあああああああ!?」


そして部屋の中にいたのは、こちらへ向きながら寝転がった状態から飛び起きる、そのふわっとした短髪に童顔という、容姿に見覚えがあり過ぎる少女だった。


彼女は、いきなり部屋へ飛び込んで来た僕に驚いて大声で叫ぶ。


その女の子の名前は、「鷹舘 麗奈」。


僕にとって唯一の友人にして幼馴染、その人であった。


「なァァァにィィィィッッッ!」


飛び込むように入室したせいか、その姿を確認してもなお僕の身体は勢いよく部屋へと吸い込まれていく。


「うわっ!はぁ、はぁ……もう!びっくりしたよ?環くん」


そして見事、僕の顔面は麗奈ちゃんの閉じられた太ももの間に着地。


「むぐ……ハッ!ご、ごめんよ麗奈ちゃん。それと、会えて嬉しいよ」


それに気付き、僕はすぐさま姿勢を直して立ち上がった。


さて、麗奈ちゃんのスカートから伸びる太ももがむっちりとして柔らかかった……という僕の下心はさておき、誤魔化すように室内を歩き回り始める。


「ううん、大丈夫。私も会えて嬉しい!くるりと回ってハイタッチしたりぎゅーってしたりしたいとこだよ!……こんな状況じゃなければだけど」


麗奈ちゃんは額をポリポリと掻きながら、手の横を「ツゥゥゥー……」と垂れる冷や汗を拭う。


コイントスで裏が出たのに、麗奈ちゃんと再会できた。


僕の不運は明らかだというのに、あろうことか麗奈ちゃんと再会できたのだ。


という事は……。


今、麗奈ちゃんが冷や汗を垂らしている理由が。


この部屋で起ころうとしている事象が。


コイントスの結果が「裏」だった事が示す、僕に降りかかる「ツイていない」出来事なのは間違いないのだ。


「麗奈ちゃん。もしかして、戦ってる途中……?」


「うん。……気を付けて。どこから攻撃されるか、まだ完全には分かってないから」


「……分かってる要素は?」


「『どこからともなく腕が現れて殴られる』、それだけ」


「……勘弁して欲しいね。でも、麗奈ちゃんと一緒なら何とかなりそうだ」


「私も同じこと考えてた!環くん、背中合わせしよう」


「いい案だね、よし」


僕と麗奈ちゃんは部屋のド真ん中で背中合わせになり、死角を大幅に減らす。


そして数秒後、


「【ディープ・ステイト】」


「う、あ、ぐゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!?」


何者かの声と共に、ちょうど足元に出来ていた水たまりから僕の両膝を裏側から崩すように拳が飛んできた。

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