這い寄るモノ
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
あれから数時間後。
僕は木々に埋もれながら、山の中を進んでいた。
湿った岩やシダ植物に触れた箇所から制服が濡れていき、気持ち悪い感触が全身、特に下半身を伝う。
雨音、それらがただひたすらに耳へ飛び込んでくる。
草をかき分け、上へ上へと山を登っていく。
このまま山の頂上へ向かえば、より立体的なマップ把握ができる筈だ。
紙をフィルムで保護しているだけの航空写真には、当然ながら現在地は表示されない。
とりあえず、何かしらのチェックポイントと言うべきだろうか。
一刻も早く自分の位置を把握しない限りは、麗奈ちゃんがどこにいるかを把握することもできない。
少し開けたところに着いた。
あまり面積は無いが、ちょっと広場のようになっており、草が剥げている部分には焚火の跡らしき焦げた何かの残りカスがあった。
そして隅の方には、薪のつもりなのか折られた木が丸々5本詰まれている。
しかし、斧も無ければライターも無い上、摩擦熱で火を点けようにも紐どころか糸さえも見当たらない。
……今はただのイスとして使うしか無いだろう。
「ふぅ……さて、ここからどうしようか」
僕は再び航空写真を見てみるが、やはりここがどこかは分からない。
山の中にある開けた場所、目立たなくも無さそうだが……上に視線をやると、確かに辺りの樹々に隠されている。
なるほど、これは分からない。
「【コイントス】」
僕はコインを投げ、キャッチする。
コインは裏。
どうやら、運はそっぽを向いてしまったらしい。
「……ん?」
湿った草の中からガサガサと音が聞こえる。
この島にはハブやマングースでも解き放たれているのだろうか。
「カサカサ、カサカサ」という音が、じわじわとこちらへ迫ってきているようだ。
近くにどこか逃げられそうな場所は……。
いや、ダメだ。
道なんて無いし、薪の裏側に隠れるには遅すぎる。
かといって迎え撃つには武装が貧弱どころか、この肉体しか無い。
そして、こちらへ迫ってきているものはマングースなんてヤワなものどころか、ハブですらない。
もっと恐ろしい動物或いはそれですらない何かだろう。
姿を現したのがアナコンダだったら、僕は大喜びするだろう。
「来る!」
殺気が一気にこちらへ向く。
距離は三十m程度だろうか。
姿は草に紛れている上に、保護色のせいか姿を補足しにくい。
しかし、これは予想以上に大きい。
動いている範囲で分かる。
いや、大きいというか……「デカい」。
そんなにマイルドに表現できるようなものではなかった。
そして、それが一気にこちらへ向かってくる。
「キェアアアアアア!!」
草の中から姿を現したそれは、余裕と言わんばかりにこちらへ腹を見せながら頭上へ迫る。
全長は二m程度。
僕の倍は大きく尖った爪を持ち、草木に紛れる緑の鱗を全身に纏った怪物は、トカゲのような四足歩行から人間とさして変わらない二足歩行へ動き方を変えて、確かに僕を殺そうとこちらへ迫っていた。
「うおおおおおおおおおッ!!」
間一髪、僕は右方向へ飛び込むように転がり、それを回避。
同時にコインを投げ、ちょうど目の前に転がったそれを見る。
「キシシ……ハァ~……」
コインは表。
こんな状況だが、運はこちらへ傾いたようだ。
ゆっくりと息を吐きながら、トカゲ人間はこちらへと向かってくる。
「でも……どうすればいいのかなぁ、コレは……!」
あり得ない。
アレはこの世界で「普通」とされている生き物ではない。
この島で生まれた新種という可能性は無きにしも非ずだが、だとすれば何をどう間違えたらこんなバケモノが生まれるのか推測もできない。
ヒーローモノ……の、コア向けな外伝ビデオ作品に出てくる主人公みたいだ。
人体実験、或いは改造でもしたのだろうか?
……冗談じゃあない。
「グクゥゥゥィァ……」
ダラダラと滴り落ちるヨダレを垂らしながら、トカゲ人間はこちらに向かってくる。
そのスピードはあまりにも速い。
運動神経も身体能力もテレビで見る世界大会に出場しているアスリートどころではなく、気付けばあっという間に距離を詰められていた。
「は、速い速い速い!」
そしてこちらへ迫ってきたトカゲ人間は右手を振り上げ、僕の首を抉ろうと振り下ろしてくる。
「ギュ、チュィィィェァァァァァ」
次の瞬間、集中力が一気に高まったのか。
一瞬だけゆっくりと動いているように見えたトカゲ人間の右手を紙一重で回避。
「ヒィィィッ!ど、どうすればいいんだッ!どうすれば、この状況を打開できる……?」
スピードも、パワーも、何もかもが人間とは違い過ぎる。
このままでは逃げられる気がしない。
でも、さっきのコインで出たのは表だ。
確かに表だったのだ。
運はこちらへ向いているハズなのだ。
「キュシェェェェェェェェェ!」
間髪入れず、左手の爪による突きが繰り出される。
一か八か。
一目散に広場の外へ走り出していた僕の背中を、トカゲ人間の爪の先が掠める。
ゾワッとするというのか、身体が底から震え上がる感じというか。
一気に背筋へ悪寒が走った。
「……ヒッ」
これはダメだ。
本当に、本当にダメだ。
もう運ではどうにもできないかもしれない。
「シシィシャァ……」
またこちらへ迫ってくるトカゲ人間。
ダメで元々、コインを投げてラッキーを期待する。
「【コイントス】」
頼む、表……表、来いッ!!
「ジジャァァァァァ!」
コインの向きは。
「表!」
僕はまたもや、トカゲ人間の爪を引きつけてギリギリで回避。
さらに日光が照りつけ、トカゲ人間の湿った肌を乾かし始めた。
運はまだ僕の味方をしているようだ。
「ア、カ、コァ……コ、カ……ァァァァ!!」
やはり天敵は日光、或いは乾燥なのだろうか。
トカゲ人間はかなり怒っている様子である。
いや、これは良くない。
本当に良くない。
トカゲ人間を怒らせたのは、冷静さを失わせるという点では良かったのだろうが……その反面、奴からの殺気がさらに増してしまったという点は、今の「力で負けている僕」にとってあまりにもよろしくないのだ。
「逃げなければ!今の隙に!どこか、どこでも良い!もっと開けたところへ!!」
「ウ……ウ、ギチェァ、クチャ……キェァ!」
殺気に満ち満ちたトカゲ人間の顔が、あっという間に迫ってくる。
それと同時に、僕は再び全力で走り出す。
足元に不自然な風圧を感じ、それと同時に迫ってきた爪をジャンプで上手く回避。
普段なら「風圧を感じて回避」なんてテクニカルな事は出来ない。
創作物でしか目にしないような達人のソレを、何の訓練も積んでいない僕が回避できたのは偶然としか思えない。
さらに、その爪は勢い余って木の幹に突き刺さり、抜けなくなる。
やはり、運はこちらへ傾いているようだ。
僕は動きがだんだんと鈍くなっているトカゲ人間に、主に肌の水分を奪うという意味での追い打ちとして広場から握りしめてきた砂を投げる。
さらに距離を引き離した僕は森の奥へ、さらに奥へ奥へと走り抜けていった。
僕は息を切らしながら、足を進めていく。
足場が良くない故に、全速力は出せない。
しかし、それでも日光で弱ったトカゲ人間はどんどん遠のいていき、いつの間にかその姿は捕捉できない程に遠くになってしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!な、何、アレ……!?」
そして十数分後。
やっと森を抜けた先に、コンクリート打ちっぱなしの壁が目立つ3階建ての建物が現れた。
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