第7話
武藤条太郎は喜八郎が死んでいたのを知らなかった。
条太郎は喜八郎の家
妻を知っていた。坂上村を離れてから行き来はなかった。だから、喜八郎が亡くなったことを知らせて寄こす必要もなかったのだが、同じ武藤の分家として驚かざるを得なかった。
「あの男・・・」
条太郎は四郎佐の眼の冷たい輝きが気になっていた。
(正気の眼ではない、狂気とは・・・あいつのような生き物を言うのか・・・)
条太郎はすぐに辻斬りをやった男と四郎佐を結び付けた。
(こんな時代に・・・)
今は何が起こっても可笑しくない・・・そんな時代だった。
「みどり・・・」
武藤条太郎はみどりを呼んだ。
返事がない。
老爺は奥に向かってもう一度呼んだ。さっき、ちょっとと言って、自分の部屋に行ったのだが。
「何・・・じいちゃん」
みどりは部屋から出て来たが、手に携帯電話を持っていた。条太郎は不快な眼をして、みどりの持つ携帯電話を睨んだ。剣の技術や技は孫には負けないが、条太郎はこの現代の機器にはまるっきり手に負えず、扱えなかった。
「何をしていたのだ?」
「刀根警部補に、今日あったことを知らせておいたの。そう、約束したんだから・・・」
「そうか。何て・・・?」
「明日行くから、詳しく教えて下さいって言っていた」
条太郎は武藤四郎佐のことを話そうが迷っていた。迷っていたが、すぐにその迷いは吹っ切れた。
「みどり、刀根警部補には何時会うのだ?」
「明日の朝よ。向こうから、ここに来てくれるって・・・」
「そうか。それならいい。少しは時間があるな」
みどりは条太郎を見て、
「何をするの?」
と、訊いた。
「ああ、する。剣の修行だ」
「・・・」
みどりは嫌な顔をしない。みどりは剣をあれこれ扱うのが好きなのだ。
「何か、あったのね」
祖父の眼が光った。
「何も訊くな。詳しくは、明日だ
みどりはすぐに、
「ああ・・・」
と、直感した。
「分かったわ」
みどりには祖父条太郎がどんな剣法を教えてくれるのか、分からない。しかし、無駄に剣の作法でないのは確かであった。
刀根警部補が武藤の家に来ると、条太郎はみどりと木刀で組太刀を広い庭一杯使い動き回っていた。驚くのは、条太郎はもう七十を越えているはずなのに、激しく動き回っている。このような組太刀を毎朝やっているのか、刀根には分からないが、見ていて刀根警部補は圧倒されてしまう。自分の手を見てみると、手汗をかいている。
「もう、いい。みどり。刀根さんが来ている」
条太郎の動きは止まった。
「分かったか!」
歳なのだろうか、条太郎の息が少しだが乱れているように見えた。
「じいちゃん、よく分からない。役に立つの?」
条太郎にも確かなことは言えなかった。なぜなら、あの男、四郎佐の太刀筋を見ていなかったからである。だが、四郎佐が持つ木刀から見える殺気からある程度の太刀筋を読み取ることか出来た。
条太郎ははっきりとした返事をしなかった。
刀根警部補は条太郎にちょこっと頭を下げ、
「みどりさん」
といい、近付いて行った。
この後、昨日の様子を聞いた。
この夜、みどりはこっそりと家を抜け出した。武藤の家の前に、刀根警部補が迎えに来ていた。もこの時間、列車は走っていない。
「刀根さん」
車には刀根警部補が乗っていた。車に乗ると、
「来るかしら?」
「来ます。行きましょ」
「何処へ?」
「二の丸橋に・・・」
みどりはきっぱりと言った。
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