第6話

「どうした?」

祖父条太郎はみどりがソファでぐったりしているのに気付いた。怪我をしている様子はない。

「何があった?」

みどりは事件現場で見かけた男との闘いを話した。

「もっと詳しく言え・・・」

祖父条太郎の言葉はきつかった。

「それで・・・」

と、条太郎は言った。

みどりの言葉は少ない。条太郎は今日何があったのか、理解した。

「みどり。今度闘う時には真剣を使え!真剣なら、お前は・・・そいつに、勝てる」

条太郎の言葉に揺らぎはなかった。条太郎はまだみどりが闘った男が四郎佐とは知らない。


「しばらく、休め」

条太郎は、みどりは疲れている風には見えたのだろう。闘いが引き分けたのが悔しいのだろう、条太郎はそう理解をした。

「じいちゃん」

条太郎は頷き、微笑んだ。

みどりは刀根警部補に知らせなければ・・・と思った。怪しい男の後を付けて行ったのは、刀根警部補も知っている。だが、二の丸橋での男との闘いは知らないはずである。その男が具足を付着していたことも説明をした。

「その男が・・・辻斬りを・・・」

刀根警部補は言葉を詰まらせた。

「その男が言ったの?」

「はい」

「誰なのか・・・?」

今の所、警察にも犯人の目星は付けていないようだ。みどりにも分からない。


その四五時間前、大滝村の武藤四郎佐宅には、不審な輩が五人ばかり集まっていた。暇に任せ、裏にある道場で剣の修行をしている。何々流というような流派てはなく、ただの棒振りのようなものである。

そうではあるが、その誰もが四郎佐の剣術の凄さは認めていた。だから、四郎佐のことを、

「先生・・・」

誰もがこう呼んでいた。

「それで、どうするのです?」

木刀を持ち立ち尽くしていた男が言った。身体はそれ程がっしりしてはいない、華奢に見えないこともないが、何分眼が鋭い。

「やる!」

四郎佐は言い切った。

「何時です?」

「明日の夜、この前と同じ場所で・・・」

「あの・・・上田の城のけやき並木遊歩道に誘い込み・・・」

「そうだ」

「しかし、警察は・・・?」

「鑑識は終っている、もう、引き揚げている筈だ」

「それならいいです」

「だが・・・今度は、俺一人でいい」

「えっ、どうしてですか?」

「この前はお前たちが餌食となる奴を、けやき並木遊歩道に

連れて来てくれたが。今度は俺がやる」

「一人で・・・ですか?」

「この前ので、この剣の切れ味は充分試せた。今度は、俺のもやもやした気持ちを発散するだけだ。それ以上の意味はない」

四郎佐は剣を抜き、道場のどんよりとした明かりに剣先が鈍く輝くのに、居候たちの眼が奪われている。

「ふっ、俺は・・・」

四郎佐の表情は口を歪め、狂気の眼を呈していた。周りにいた五人は互いに眼を見合わせ、黙っていた。彼らは誰ひとりとして狂人ではなかった。ただ、武藤四郎佐だけが狂っていたのだ。彼ら五人は建設現場で花らく仲間だった。今は仕事がなく、時間を持て余していたのだ。それを、四郎佐に声を掛けられただけのことである。そして、もう一つの理由は五人の内三人が四郎佐の道場に通っていた。剣道を習いたいと言うのではなく、いざという時・・・喧嘩が始まった時きっと役に立つに違いない、と短絡的に思ったからである。

三人は剣を学んだ。というより、木刀・・・木太刀を振り回しているだけに過ぎない。それだけで日々のストレスの解消になった。おまけに小遣いは呉れるし食事もただであった。もうそんな生活が二三か月続いていた。そんな時に、四郎佐から、今日は人を切りに行くと誘われたのである。

一瞬、誰もが顔を見合わせ驚いたが、元より四郎佐の申し出を拒絶する気はなかった。

「一人・・・誰でもいい。ここへ連れて来い」

と命令されたのである。二の丸橋の上には時々人が通って行くが、夜になるとけやき並木遊歩道は人っ子ひとりいなかった。

「下がっていろ」

連れて来られたのは三十四五歳の木の弱そうな男で足がふら付いていた。どうやら酒が入っているようだった。

四郎佐は兜こそ被っていなかったが、具足を付けていた。すでに剣を抜き、男に向かって走り始めていた。

後は、四郎佐の剣さばきは一瞬だったと言っていい。

正面から袈裟懸けに一刀のもと右肩から真っ二つ切られ、男は無言のまま根絶したのだった。


「時間になれば、俺は行く」

こう言い終わると、四郎佐は道場から出て行った。

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