第4話
武藤みどりはメロンパンを食べ始めた。濃い緑色の所が甘く、美味しいのである。
「真理ちゃんも、食べよう」
真理も食べ始めた。
少しして、真理は、
「何処へ行くの?」
みどりの行動が気になっていたのである。みどりがケヤキ並木遊歩道で見かけた男のあとを付けている李は分かっていたのだが・・・。
「さあ、分からないのよ」
と言いながらも、じっと前を行く男から眼を離さないでいる。
真理はみどりが好きだった。みどりが剣道というより剣術が好きなのを知っていた。そして、凄く上手くて、どんな相手でもいつも持っている木刀でやっつけてしまうのを眼にしている。だから、今もそうなのかな・・・と思ったりもしている。でも、今何が起こっているのか、よく分からなかった。
男は上田市の博物館の中に入って行った。
「行こうか」
真理は、うん、といった。
男は二階に上がって行き、真田昌幸の具足が陳列されている前で足を止めた。体格はでかい。百八十センチはあるだろう。肩が張り、胸が分厚い。眼がギンギンに光っている。顔は童顔で、唇が厚かった。
男が振り返った。みどりは殺気を感じた。一瞬だった。
みどりは身構えた。
「真理ちゃん」
真理も恐怖を抱いたのか、みどりにしがみ付いた。
(誰・・・?)
みどりは問い掛けたが、彼女には分からないし、知らない。だが、なぜか親近感があった。信頼し合う親近感ではない。同じ敵愾心を持つ者同士としての親近感である。
やがて、男は博物館から出て行った。
みどりはそれ以上後を追わなかった。また、何処かで会うような気がしたからである。何よりも、今は真理がいたからである。このまま同じにいては、真理を危険な眼に合わせる訳にはいかなかったからである。
武藤条太郎は中滝駅で降りずに、西大滝駅でありた。
(まだ、ここにいる筈だ。その保証はないのだが・・・)
それでも、武藤条太郎は確信している。条太郎は鬱蒼としている樹林の中をゆっくりと歩いて行く。夕闇の様に、暗い。まだ昼間なのにひんやりとしていて、肌寒い。
やがて、大滝村が見えて来た。三十戸ほどの小さな村落である。一本の道が東から西に貫通している。武藤条太郎は、
「ふぅ・・・」
と、吐息をゆっくりと吐いた。
もう何年もこの道を歩いていない。実際、当時もう大滝村に行くことはない、と思っていたし、行かないつもりだった。
ひんやりとした闇が明けて来た。もう、そこは大滝村に踏み込んでいる。
「変わっていない・・・」
条太郎はポツリと呟いた。老爺に確証はなかった、その記事を眼にした時に浮かんだのが、武藤喜八郎だった。幼馴染ではない。喜八郎は以前坂上村に住んでいた。武藤条太郎の家の二軒東よりだった。喜八郎も武藤一族だった。武藤氏は武藤三郎左衛門尉の時に実子与次が早死にしたので、真田昌幸が養子となった。
だが、そう簡単に昌幸が養子になれたのではない。当然、本家の武藤氏側では反発もあったであろう。それを押さえて養子に入れたのは、昌幸が七歳の時に甲斐の武田への人質だったことによる。もちろん、定かな所は分からないが、内紛らしきものがあったと想像できないこともない。今となっては、ああ・・・と思えることもないではない。しかし、今、あれこれと想像したところで、憶測しても始まらない。
「ここか・・・」
武藤条太郎は足を止めた。鏑木門があったが、朽ち果てていた。覗き込むと、奥の方に屋敷が見える。そこまで敷き詰めてある石畳が続いていた。その石畳の間から草が這い出していた。
「誰か・・・住んでいるのか・・・」
条太郎は鏑木門を潜るのを躊躇した。
「私の勘違い・・・早とちりか・・・」
だが、せっかく来たのだから・・・と、思い、鏑木門を潜った。
歩いて行くにつれて、人の気配がして来た。縁側の木々が鈍い輝きを呈し、障子戸は閉まっていて、所々破れたままにしてある。
「ごめん」
条太郎は声を掛けた。床を擦る音がした。誰かが・・・来るようだ。
現れたのは三十をこえたくらいのがっしりとした体格で背の高い男で、眼を大きく見開き、条太郎を睨んだ。手には、木刀を持っていた。
(こいつか・・・)
喜八郎に似ていた。だが、条太郎は言葉に出さなかった。
「誰だ?」
「失礼、私は武藤条太郎というもので、坂上村のものです」
武藤条太郎はここで言葉を切った。
「いや、武藤喜八郎殿は・・・おいでか?」
男はさらに条太郎を睨み付けた。そして、少しして、
「祖父は死んだ。祖父とは、どういう関係か?」
と、答えた後、問い掛けて来た
「以前の友人です。喜八郎殿は何時・・・」
男は怪訝な顔をした。
「十年も前のこと・・・」
「そうですか・・・」
喜八郎の家でこの十年何があったのか、条太郎は知りたいと思った。
男は木刀を握り締めた。強い殺気が感じられた。このまま帰った方がいい、思ったが、
「あなたは喜八郎殿の息子ですか?」
「いや、孫だ」
と、短く答えた。
「お名前は?」
「四郎佐」
という言葉が返って来た。
条太郎が帰ろうとした時、
「待て・・・」
四郎佐は条太郎を止めた。
「お前は、剣を使うのか?」
だが、条太郎は何も答えず、四郎佐の前から消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます