第2話

もちろん、刀根警部補は武藤みどりを覚えていた。

 忘れる筈がない。刀根警部補にしてみれば、当時十歳になったばかりのみどりが見事な剣のさばきでもって、ほとんど彼女一人でビッグ・オランに雇われた極道たちをやっつけたのである。

「何か、あったんですね?」

 みどりは刀根警部補に走って近付いて行った。

 「あっ、みどりさん」

 刀根警部補は十歳の少女に敬語を使っている。ビッグ・オランとの闘いを眼にしているからである。あの闘いを直に眼にしたのである。幼い少女が見事な剣さばきで何人もの極道どもを倒したのである。敬服しないではいられないだろう。

 「そうなんです。博物館から具足が一体盗まれたのです」

 お祖父さんの武藤条太郎もやって来た。刀根警部補は軽く頭を下げた。こちらも、刀根警部補は顔なじみである。あの事件以来顔を合わすことはないが、彼女はこの人たちを尊敬してやまない。

 「みどりちゃん・・・」

 真理はみどりの手を引っ張った。

 「真理ちゃん、大丈夫よ。知っている人だけど、怖がらなくていいよ」

 みどりは真理の気持ちを落ち着かせて、

 「でも・・・なぜ、具足なんかを盗んだのかしら?しかも、具足・・・一体・・・」

 と、いい、お祖父さんを睨んだ。

 「ああ・・・」

 と、武藤条太郎は頷いた。

 刀根警部補は、

 (この方は、辻斬りの事件があったのを知っている)

 と、見た。そう見たが、ここでこれ以上事件に切り込んで訊けないし、相談できなかった。すると、武藤条太郎は、

 「調べてみましょう」

 と、刀根警部補に言い、

 「みどり、お前は・・・」

 武藤条太郎はこの子たちをこのまま一人で残しておいていいのか、迷っているようだった。

 「もう、しばらくその子と遊んでいるか?」

 「はい、おじいさん。上田のお城で遊んでいきます」

 ちらっと真理を見て、笑った。

 夏休みになり、せっかく真理ちゃんと来たのだから、もっと上田城の周りを遊び回りたかったのだ。

 「私は調べたいことがあるから行くが、余り遅くならないようにな」

 というと、何処かに行ってしまった。ビッグ・オランの事件があってから、武藤条太郎も孫への信頼は並々らぬものとなっていた。今日も付き添って来る気はなかったのだが、上田城での奇妙な事件が耳に入ったのである。最も、みどりの剣の腕は大人が立ち向かって来ても、そう簡単にやられるものではない。そういう点では、何も心配していなかった。

 祖父の武藤条太郎が何処かに行ってしまうと、

 「真理ちゃん、行こう」

 と、呼びかけた。

 具足が一体無くなったことに、みどりも気にはなった。それ以上ことは、みどりには分からなかった。

 刀根警部補は上田市の博物館の中に入って行った。その前に、

 「みどりさん、気を付けてね」

 刀根警部補は一応声だけは掛けた。十歳の女の子だが、心配はしていない。心配な気分になったのだが、あの子なら大丈夫・・・と信じている。

 

 武藤みどりはこの上田城のケヤキ並木が好きだった。特に二の丸堀跡のケヤキ並木の遊歩道が好きだった。

 「行こう、真理ちゃん」

 行く前に、お菓子を買った。真理ちゃんはイチゴのメロンパン、みどりは濃い緑色のメロンパンをそれぞれ一つずつ手に持っていた。歩きながらは食べない。派したなぃ行為はするな、と祖父から厳しく言われていたのだ。ケヤキ並木の下に座り食べるのが、いつものパターンである。だが、今日はそうはいかなかった。

 「みどりちゃん、どうしたのかな?」

 真理はあっちこっちに動いている警察官に不安がっている。みどりの大好きなケヤキ並木には何人もの警察官がいて、いつもの場所には近づけなかった。

 「真理ちゃん、何か、事件があったんだ」

 (おじいさんが言っていた・・・あれだ)

 みどりは祖父の武藤条太郎から時代錯誤の事件があったのは聞いていた。真理はみどりにしがみ付いて来た。

 「大丈夫だよ、真理ちゃん」

 規制線が張られているから近寄れない。

 (辻斬り・・・)

 祖父から剣を習っていたから辻斬りの意味を知っていた。ビッグ・オランの事件でみどりはその右腕を見事に切った。だから、武藤条太郎は辻斬りの話を、みどりにした。今日の朝刊にその記事は載っていたのだが、詳しくは書いていなかった。

 「今の時代にそんなことをする人はいるのかな?」

 みどりは不思議というより、不可解なことだと思った。五六人のやじ馬はいたが、事情は呑み込めていないのだろう、互いにぼそぼそと話しているだけだ。

 「行こうよ、みどりちゃん」

 真理はみどりの手を引っ張った。

 「う、うん」

 仕方なくそこを離れようとした時、

 「みどりさん」

 と、声を掛けられた。振り返ると、刀根警部補かこっちに向かって来ていた。博物館での聞き取りが終わったのであろう。

 「この事件に興味があるんだ?」

 みどりは返事をしなかったが、彼女の眼を見ると、きらきらと光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る