武藤みどりの夏休み けやき並木遊歩道の決闘
青 劉一郎 (あい ころいちろう)
第1話
信州上田城跡の天空には三日月が輝いている。
ひっそりとした明るさが辺りを照らしていて、気持ちいい明るさがあった。
その明るさの下、黒い影が五つ走った。獣ではない。確かに・・・人である。
彼らの狙いは上田城の少し離れた場所にある上田市立博物館である。そこには、武将の具足がある。その内の一体を盗むのが目的だった。
その夜は過ぎ、朝になった。
上田城の周りにはパトカーが三台止まっていて、制服の警官が警備をし、私服の刑事が何やら動き回っていた。その中に、長野県県警の刀根尚子警部補もいた。どうやら朝っぱらに急遽呼び出されようで、化粧も満足にしていない。
「死んでいますね」
被害者は三十代の男で鋭利な刀のようなもので、右から斜めに切られていた。袈裟懸けである。
「免許証から、身元を調べています」
「どうして、こんな所でこんな被害に遭ったのでしょうね。昼間なら観光客が来ていることもあるかもしれないが、死亡時刻は、午前一時から午前三時というから、多分人っ子一人いないんじゃないか・・・」
「辻斬りか・・・」
「まさか・・・こんな時代に・・・そんなことする奴いるのかな・・・」
「分からんね。こんな時代だが、結構乱れているからな。この傷口からすると、相当長い・・・刀といった方がいいかも知れないね、バッサリやられているね。だが、言うように、戦国の世ならともかく、今はそんな時代じゃない」
「何か・・・目的でもあるのかな?」
「人を切る目的・・・あるかな。ないな・・・」
刑事たちが互いに顔を見合わせた。
「あっ、そういえば、一週間ほど前に、上田の博物館から具足が一体盗まれたと届けがあったが、関係があるのかな?」
「そうだな。調べてみる必要があるな」
「おおい・・・刀根警部補。そっちを調べて来てくれるか?」
刀根警部補はまだ間然に眼が覚めていなかった。呼びかけられたので、欠伸を我慢した。
「はい、分かりました」
刀根警部補は、
「よし!」
と、全身に力を込めた。それでも、眠気はそう簡単に退散しそうになかった。
この辺の学校は二日前からから夏休みに入る。この辺とは、長野県上田地区のことである。武藤みどりは十歳になっていて、やはり心がうきうきしていた。性格にいうならば、十歳と九か月である。か弱い体も幾分逞しくなって来ていた。家の近くの森を毎日走り回っているのだから、身体は丈夫であった。今日は、友達の香川真理と一緒に上田城近くまで遊びに来ていた。みどりのおじいさん、武藤条太郎が付き添っていた。
「真里ちゃん、お腹・・・空いた!」
武藤みどりは木刀を背中に多い、細い紐で括っていて、動いても落ちないようにしていた。
「うん、空いた・・・」
祝町大通りにコンビニがあり、上田城に遊びに来るとお菓子を買い、けやきの樹林の中を歩いた。そのコンビニの二軒隣に、お蕎麦屋さんがあった。お昼はその蕎麦屋さんで食べることにしていた。
「まだ、蕎麦を食べるのには早いわね。コンビニでお菓子でも買おうか・・・真理ちゃん。おじいさん、いい?」
みどりはおじいさんを見て、承諾を得ようとした。
武藤条太郎は、いいと頷いた。武藤条太郎にしてみれば、大切なひとり娘で、婿を取らなければならないが、みどりは武藤家の跡取りである。そうかといって、甘やかす気はない。
みどりは青のりの混じったチップスを買いに、真理の手を引っ張った。
「真理ちゃんは、何がいい?」
ところが、みどりの足が止まった。仕方なく、真理も止まった。
「どうしたの?」
みどりの視線の先にはパトカーが止まっており、女の警察官か降りて来た。
「刀根警部補さんだ」
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