13話 変異
01
「――というわけで、先生。ご容赦を……!!」
深夜の処置室で、影山は杉原へ土下座をしていた。
部屋に来てから、流れるように土下座をされれば、誰だって驚く。
その上、杉原が久留米と結託していないかを調べるために、今夜一晩、処置室周辺の警備を緩める約束をしたと言われれば、もはや、このまま頭にメスが降ってきても文句は言えない。
だが、杉原は、ひどく歪んだ表情を、ひと呼吸と共に収めた。
「…………男性社会での会話ですから、多少は考慮します。状況報告のために、包み隠さず報告したことは好感が持てます。その上で、そうして謝罪しているのですから、こちらとしてもこれ以上責めるのは、大人げないとしますが、もう少し何かなかったんですか」
ひとえに、その理由を理解できるからだ。
できなければ、素直に差し出している首を、容赦なく落とす方向へシフトしただろう。
「いや、全くもってその通りなんですが……俺には思いつかなかったです……!!」
現在、ヴェノリュシオンたちを保護しようとしている久留米少尉が戻る目途は立っておらず、逆にヴェノリュシオンたちを始末しようとしている立涌中尉が、駐屯地を収めている。
一度、久留米の監視下に置いて”様子見”と判断を下された以上、立涌も、ヴェノリュシオンたちを擁護しようとしているだけの隊員たちをただちに処罰することはできない。
できるのは、明らかな違反行為や危険行為があった場合のみ。
逆に言えば、
「こういうのは、こりごりだって言ってるのに……」
先程以上に大きくため息をつく杉原に、影山も表情を引きつらせるしかない。
久留米がいない今、頼れる存在が、駐屯地の外で動けないでいた。
とにかく、彼を駐屯地へ潜入させ、お互いの状況を確認し合わなければ、打開案すら出てこない。
少なくとも、杉原も医官とはいえ、立涌よりも階級が上ゆえに、言いがかりのような理由をつけられ、処分される可能性がある。
異動ならいいが、最悪
「外の連中には、川窪伍長から連絡がいってます。もうすぐ来るはずです」
ちょうどその時、窓が小さく鳴った。
影山が近づけば、窓の下にいたのは牧野だった。
「助かった……さっそくで悪いが、状況を確認させてくれ」
静かな部屋の中、牧野たちは手早くお互いの状況を伝え合うと、牧野は疲れたように頭を抱えた。
「よりにもよって、立涌中尉なのか……個人的な恨みもあるじゃねぇか……」
「そういう人選をしたのでしょうね」
単に命令されただけならまだしも、T19が右腕を粉砕骨折させていた。
P03による治療も提案したが、ヴェノリュシオンによって行われた行為だったためか、強く拒否反応を示された。
つまり、話し合いはほぼ不可能とみていい。むしろ、人選からすれば、ヴェノリュシオンたちを確認次第、殺害してもおかしくない。
「伍長曰く、部隊員はヴェノリュシオンたちを殺害する方向で、情報収集を進めているそうです」
「…………マジか」
「しかし、そうなると、P03を攫ったのは第三者ということですか? それとも、逃した場合の保険?」
本来、相当な緊急事態でもない限り、部隊は単独行動をしない。
今回ならば、P03が攫われたのなら、他4人のヴェノリュシオンを連れて、帰還もしくは追跡を選ぶ。
本来であれば、与えられた任務以外のことをするのなら、臨時で報告を入れる必要があり、牧野も今回その報告を行おうとした。
だが、その報告の際、通信使から事前に取り決められていた警告の文言が発された。
故に、牧野は、変わらず任務継続の報告を続けた。
元々、今回の遠征は、ヴェノリュシオンたちの守るための理由付けであり、一部の隊員たちには、何かあった際の連絡手段、文言が事前に伝えられている。
見張りから送られてきた警告も同様だ。
自分が動けずとも、久留米から秘密裏に任されていた数人が動き、今も情報を集め続けているはずだ。
少なくとも、今回、牧野の虚偽の報告を続けていることに気が付き、ヴェノリュシオンたちの現状を改めて探ろうとしている者たちは、立涌側の立場と言える。
「……P03は、別の用途として使用したいから、虐殺の前に保護した可能性もありますね」
瀕死の人間を回復させる。体の部位を欠損させても、回復させることができる。
これは、現状、実現できていない再生医療にも匹敵する、大きな能力だ。
みすみす逃すのはもったいないと思う研究者もいるはずだ。
「ですが、その逆の可能性の方もあります」
「逆?」
「P03のみを殺害したいという可能性です」
”P03のみ”という言葉に、影山は不思議そうに首を傾げるが、牧野は難しい表情をしていた。
「牧野軍曹は、その辺りを危惧して、彼らを先に向かわせたのでは?」
「……あぁ、その通りだ」
杉原の言う通りだ。
ヴェノリュシオン全員の殺害を目論むならば、P03のみを攫うなんて、ヴェノリュシオンたちを激怒させるようなことは必要ない。
リスクだけが上がる行為。
もし、その作戦を立案してきた指揮官がいたのなら、背中を蹴り飛ばしてやる。
P03だけを攫う。その行為から想像される、相手の目的において、最も最悪なもの。
それが、P03の殺害だった。
ヴェノリュシオン ~ 違法研究所を摘発したら、実験体にされていた遺伝子組み換えされた子供を育てることになりました ~ 廿楽 亜久 @tudura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヴェノリュシオン ~ 違法研究所を摘発したら、実験体にされていた遺伝子組み換えされた子供を育てることになりました ~ の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます