第194話 看病される日
「けほ……流石にしんどいなぁ……少し頭も痛いし」
自分しかいない部屋で私はそう独り言を呟く。
季節の変わり目の、それも冬に近い時期において特に体を冷やしてしまうのがここまでまずいことだとは思いもせず、こうして私は今ベッドの上で熱を出している。
学校の方にはお母さんが既に連絡してくれて、お粥だったり、飲み物だったりと色々と準備をしてくれた後にお母さんは心配そうにしながらも仕事へ向かった。
『いい? もし体がしんどいと感じたら無理に体を動かさず、じっとしておくこと! もしそれ以上にきつかったら私に連絡する事!』
そう説教するようにお母さんは言っていたけど、熱を出したとはいえ、まだ症状として軽い段階だから、そんなに心配しなくても良かったのに……
とはいえ、昨日の水族館の最後、濡れた髪をしっかり拭かずに放置したのはまずかったかな……
その時ふと部屋の時計に目をやると、今の時間が8:30過ぎ。ちょうど朝礼が始まってる頃かな……
「中村君……気にしてないといいけど……」
それこそ私がこうして、ベッドに横になるぐらいの熱を出すことになったのは昨日のイルカショーの後の帰りの時間に遡る。
「水しぶき凄かったね……カッパが思ったより意味をなさなかったや」
「あはは……だね。僕もだいぶ濡れたけど、さすがカッパというか…おかげでそこまで濡れなかったよ」
最後の時間のイルカショーも幕引きとなり、他のお客さんらと一緒に並んでドームから出て行く私達。けど少し気になることもあった。
「美結……髪の方は随分濡れちゃったね。大丈夫?」
「うん。思ったより冷たくて、寒いかも……」
「……それならさ丁度タオル持ってるから使う?」
「え? いいの? けどこれって、中村君が自分の為に用意したとかじゃ……」
「自分の為にというか……あくまで濡れてしまった時の為に準備してただけだから気にせず使ってよ」
「……中村君がそう言うのなら、お言葉に甘えようかな」
そうして彼がバッグから取り出したタオルに手を伸ばしかけたところで、目の前にいる親子の小さい子供の大きなくしゃみの声でびっくりして手を止める。
「大丈夫? やっぱり服随分と濡れちゃったじゃない。だから言ったでしょ? カッパ着てた方が良いって」
「でもでも! やっぱりカッパ着ながらだとイルカさんのショーが見えずら─クシュン!」
どうやら目の前の親子のお子さんの方が最後の水しぶきの餌食になったようだ。それも服の上の方が全体的に随分と濡れていたのもあって、多分前席にでも座っていたんだろう。
「ねぇ、中村君。そのタオル。あの子に貸してあげたらどうかな?」
「え? いいの? そしたら美結はそのままになっちゃうけど……」
「私はまだ髪だけだからいいの。けどあの子は私以上にがっつり濡れちゃってるでしょ? 風邪だって引いちゃうし、だから……」
「うん……分かったよ」
それを聞いた中村君は思案した結果、そのタオルを目の前の男の子に渡す事にした。
「あの……もし迷惑じゃなければこれ、どうぞ……」
「え? いえいえ! そんな申し訳ないですよ。」
「くしゅん! くしゅん!」
その子のお母さんが遠慮するように話すも、それでもそこの男の子のくしゃみは止まらず。
「気にしないでください。僕が貸してあげたいと思っただけなので……」
「でも……」
それを聞いてもその子のお母さんも引く様が見えなかったものの、やはり自分の子が大切だからなのか、その後、親御さんの方が折れて、その子にタオルを貸してあげることにした。
「ほら、君。これで少しは寒くない?」
「うん! ありがとう。お姉ちゃん! お兄ちゃん! バイバイ!」
「体壊さないように気を付けるんだよ?」
「うん! ありがとう!」
そう言ってその親子は先にドーム内から出て行った。
そして今に至る。
「まさか、ああ言った側でもある私が熱出すなんて思いもしなかったな……」
冬が近づいているとはいえ、季節の変わり目の夕方の寒さを甘く見ていた、私の自業自得ではあるんだけど……
その時だった。一階の玄関の方からインターホンの音が鳴りだす。
「ん? 誰だろう……」
こんな時間に来客? 誰なのか予想もつかない……
「……確認しようかな」
そう思い、ややしんどいと感じる体を起き上がらせ、ゆっくり体を動かして玄関まで降りる。
「はーい。どちら様……」
「や、やぁ……お見舞いに来たよ。体調はどう?」
「な、中村君……」
そこには何かを入れた紙袋を持っていた中村君が立っていた。
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