第41話 接客業は大変?

 いつもの軽い朝礼が終わり、教室に残っているのは今日のコスプレ喫茶の接客対応担当のメンバー。ちなみに僕以外は全員女子という事で少し居づらさみたいなの感じてはいる。

「さぁ張り切ってい頑張ろう!」

「お、お~!」

「もう……気合入れて行こうよ~」

「そ、そうですよ! 張り切っていきましょう!」

 五十嵐さんに続いて史野森さんもやる気いっぱいで声を高らかに上げる。

「さすがしのっち! いい声してる!」

 どうやら知らず知らずの内に二人は割と親睦を深めていたみたいだ。

 それはさておき。僕がそこまで今日の文化祭に憂鬱な気持ちを持ち込んだのは一つの不安要素があるからだ。

「まぁ、やるからにはしっかりやるけど……五十嵐さん」

「ん? 何?」

「三人は着るものが決まってはいるみたいだけど、僕はいったい何を着るの?」

「あ~えっとね……」

 そのことに聞いてみると五十嵐さんは分かりやすく目を泳がせている。その反応から僕が思っていた不安要素がさらに強く深まる。

「……いったい何を着せる気?」

「えっとね、一応最初こそは私一人で選んだんだけど、最終的に美結の意見を取り入れることになりました~!」

「ちょ、五十嵐さん! それは秘密にって!」

「あ~美結が考えたやつなのか……」

 てっきり五十嵐さんの趣味全開の服を着せられるものだと覚悟していたので、美結が選んだものと聞き、少し肩の荷が下りた気がした。

「それじゃ、はい。これが来てもらう衣装ね」

 そういいながら彼女から衣装が入っているとは思えないほどに小さな紙袋を手渡される。

「それじゃ着替えたら戻ってきてね~」

 そう言い残し、勢いよくドアを閉められ、そのまま締め出された。

「はぁ……うん? これって……」



「三人とも入っていい?」

 五十嵐さんから手渡された衣装を身に纏い、教室前で待機していた。生憎と僕の高校には更衣室はなく、教室かトイレ、あるいは空き教室で着替えるしかないのだ。

「いいよ~入ってきて~」

 ドア越しに五十嵐さんの元気な声が返ってくるのを確認したところで戸に手をかける。

「入るよ? おぉ……」

 まずドアを開けすぐ視界に入ったのは五十嵐さんと史野森さんのコスプレ姿だった。

 コスプレと一重に言っても二人とも少し作りは違えどほぼ同じメイド服だった。

 史野森さんの方はロングスカートが特徴的で大人しい彼女らしさがよく際立っていた。

「どう? 何か感想は?」

「うん。二人とも似合ってると思うよ。というか美結の姿が見当たらないけど……」

「あぁ……美結なら、ほら」

 そう言って五十嵐さんが右腕を上げてみると、その奥に用意したであろう衣装を着ている美結の姿が確認できた。

 本人は恥ずかしかっているのか小さく縮こまっている。

「えっと……何してるの?」

「……」

 そうすると美結は前に立っている五十嵐さんの耳元に顔を寄せ……

「ん? どうしたの? ふんふん……なるほど~」

 いったい何を話しているのか分からないが二人だけの間でそのまま会話は続き、彼女もそれに対して適度に相槌を打ち、会話の効率化を図る。

「えっとね……昨日の事もあるけど、今はただ、恥ずかしい……ってさ」

「あ~昨日の事……」

 昨日の事といえば間違いなく、最後の急な告白の件だろう。やっぱり向こうも向こうで頭の整理は上手くいってないみたいだ。


「あ、中村君の方も似合ってるよ?」

「いや、僕の方はなんかついでみたいなんだけど……」

 急にハッと思い出したようにこっちにも感想を言いだした。

 ちなみに二人が用意してくれたのは、テーマパークなどでよくつけているのを見るキャラクターの顔が縫われていた白い猫の帽子だった。

 これはコスプレに入るのかどうか怪しい気はするけど……

「そんなことより美結のメイド服姿を見なくていいの~?」

 五十嵐さんがからかいの気持ちがこもったような笑みでそう聞いてくる。

「そりゃ見たいよ。でも、今無理強いしてまで見たいとは思ってないよ」

「ちぇ~なんか普通の反応でつまらない~」

 彼女にとってのお望みどうりの返答じゃなかったからか、興ざめしたように口をすぼめている。

「それにどのみち、この後見ることになると思うしね。文化祭が始めれば……」

 そう。今美結が恥ずかしさゆえに人前に出れなくても接客の為にその姿を見せることになる。

「というか恥ずかしいって……美結~これからその可愛い服をこれからこの教室に入って来るお客さんに見せるんだぞ~?」

 そう言って五十嵐さんは振り返り、美結の頬をぷにぷにとパンの生地をこねるように揉みこんでいる。見ててちょっとだけ僕もしてみたいと思った。

「美結……」

 何気に美結のメイド服は僕の中では割と楽しみに思っていたようで一旦お預けを食らったので少し残念な気持ちだ。

 だけどその反面、きっと似合うであろうその衣装を他の人も見ると思うと、心の中で言葉では少し説明しづらいよく分からない気持ちになった。


「さーて、そろそろお客さんが来る頃だね。三人とも準備はいい?」

「うん。」

 既に教室のドアは開放し、いつでもお客さんが来てもいい状態になった今、僕らは最終確認をしていた。

「それで何か確認しておくことはある?」

「はい。誰がどこの担当とかは決めているの?」

「お、いい質問だね。そこら辺は昨日考えてきたよ!」

 それから五十嵐さんの采配の元、僕と五十嵐さんがホール担当。そして残りの二人が調理担当で別れて作業に取り掛かることに。

 とはいえ、調理といってもほとんどは仕入れてきたスイーツや飲み物をクーラーボックスから取り出し、それっぽく盛り付けるだけだ。

「そういえばこれはただの興味本位で聞くんだけど、三人ともバイト経験は?」

「僕は最近は学校近くのカフェでバイトを始めたよ」

「へぇ~それって『Cafe suger』?」

「あれ。知ってるんだ。文化祭の準備期間から始めたんだ」

「うん。前々から気になってたからね。~今度行ってみようかな~」

「コーヒーが美味しいからぜひ!」

 ちゃっかりそれとなくバイト先の宣伝もしておく。これで少しはあそこの客足が良くなればいいけど……

「私はバイト経験は一度もない……」

「私も加藤さんに同じです」

「なるほど……私と中村君はバイト経験ありか。うん。今日もしっかりできそう」

 少し心配事があったのか彼女の表情が一瞬だけ曇りを見せたが、このメンツの内、二人がバイト経験者という事実を知ると、いつもの五十嵐さんに戻った。

「さーてそろそろお客さんが来るはずだから気張っていこう!」

「お、お~!」


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