第38話 多忙な一日

「おーい。起きて〜ふたりとも〜」

 よく聞き慣れた人からの呼びかけでゆっくり目を見開く。目の前にはやや呆れ顔の英二と、なぜかにんまりとした笑みを浮かべている北沢さんが立っていた。

 そういえばあれからずっと寝たんだった……

「あれ……思ったより早かったね。もうちょっとかかると思ってた……」

「まぁ、もしかしたら美結に何かあったと思ってすぐに来たけど……どうやら杞憂だったみたい……何があったの?」

「まぁ、そうだよね。実際、理由も言わずにこっちに来てもらった訳だからそれは僕の口から……いや、やっぱり美結の口から話してもらった方がいいかも……」

 そして、その肝心の本人はというと、今も僕の左肩に寄りかかる形で今も静かに寝息を立てている。

 起こされた時にすぐ横で彼女が寝ていたのはさすがに驚いた……

「なら、そろそろ起こそうか。もう二時だし……ほら~美結! 起きて~昼寝で文化祭を終わらせる気か~?」

 僕の時より結構大きめの声量で声をかけた北沢さんは美結とは親しい間柄だからこそ、ここまで雑っぽく起こせるんだろう。

「ん~まだ寝てたいよ……お母さん」

 次第に美結の目が僅かに開き始め、意識が覚醒し始めたように見えるが、まだ寝ぼけているみたいでここが自分の家だと思っているみたいだ。

「私はお母さんでもないし、ここ学校だよ?」

「え~? ……え!?」

 ようやく目の前に僕らがいると事に気づき、そしてさっきの寝ぼけた会話を思い出したのか、すぐに顔を両手で覆い隠す。

「あちゃ~なんかごめん?」

「いや、寝ちゃってたの私だし、その起こしてくれてありがとう……絵里香」

「……」

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている美結を横目に窓から見える景色に目をやる。そこから聞こえてくるのは、校庭で行われているバンドっぽい感じの音楽。

「それはそれとして……美結。何かあったの?」

 やはり察しが良いからか、さすがに美結自身に何かが起こった、という事自体は理解しているらしい。そして、そんな真っ直ぐに聞いてきた北沢さんに美結も気を取り直し、改めて今に至る顛末を話した。



「そっか…梓澤さんと……」

「うん。けどしっかり言い返してやったよ!」

 そう言って美結は小さく拳をぐっと握り、サムズアップを作った。

「そっか……けどちょっと悔しいなぁ~まぁ、けど。美結。すっごく『せいせいした』って感じの顔してるね」

「そうかな……あんまりまだそんな実感湧かないかな」

「それは僕も少し思ってた。なんか……腫れ物が落ちたみたいで」

 それに美結はまだ自覚してないだけで、言ってしまえば昔のトラウマも克服し、その原因でもある梓澤さんに口出すほどに強気になって……

 初めて保健室でじっくり話した時は少しだけオドオドしていて、なんて言うか、暗めの女子といったイメージだった。

 それから話していく度に次第にいろんな美結が見えてきた。

 全身で感情を表現したり、それ以外にも僕と似て頑固な所や、勝気な性格だったり……今の美結には女の子として心惹かれる所は多くあった。

「うん……そう言われてみるとそんな気がするかも?」

「ぷ。あははは!」

「? ちょっと、なんで急に笑い出すのさ!?」

「いや~なんかボーっとしてるみたいなその顔が面白くて……ぷふふ」

「もう~……」

「はい。湿っぽい話はここまで! さ、早く行くよ!」

 そうして美結は北沢さんの手を取って立ち上がり、話が一段落ついた所でまだまだいけてない他クラスの出し物を再度見に回ることに。



 それからはあっと言う間の事だった。美結と一緒に楽しんだ射的にまた遊びに行ったり、クレープを四人でそれぞれ異なる味を注文してシェアしたりと、沢山の思い出を作り文化祭を満喫できた。

「あ、ねぇ。あそこチェキ撮ってくれるみたいだよ? 撮ろうよ! 記念に」

「いいけど、記念って?」

「う~ん……美結が大人になった記念?」

「ぷっ、あはは。何それ。まぁ、いいやそれで」

 美結はそのまま面白おかしそうに笑いながら中に入っていく。

「加藤さん、本当に垢抜けしたよな、この間話した時とは大違いだ」

「この間っていつ?」

「あぁ、隼人たちが加藤さんを探してる時、ばったり会ったんだよ」

「それって例の空き教室? ていうか、見つけたんなら連絡ちょうだいよ!」

「まぁそれはごめんって。けど、あのままの状態で二人に合わせるのは酷な気がして……」

「英二……」

 英二の言い分も一理ある。なんせあの時は梓澤さんと会って少し取り乱していた。だからそんな直後に僕らと話してもいい結果にはならなかったかもしれない。今みたいに立ち直ることもなかったかもしれない。

「まぁそこらへんは気を遣ってくれてありがとう。英二」

「そりゃどうも」

「もう何してるの二人とも。チェキ撮らないの?」

「今行くよ~」

 入り口前で英二からの事情説明を聞き、多少なりとも感謝の気持ちを覚えた隼人はそんな気持ちを抱え美結の元へ駆け寄った。

「佐藤君と何話してたの?」

「うーん……英二がツンデレだったって話」


 早速中に入り誰から撮るかの議論になったがなぜか北沢さんから僕と美結の二人で撮るように言われたので撮ることに。 

──はーい。撮りますよ~5~4

 チェキを手にシャッターを向けた生徒が僕と美結に向けてカウントダウンを始める。

「ねぇ。中村君」

「何? 美結」

──3~2~

「私、中村君こと好き……な気がするんだ」

──1~チーズ!

 突然の告白? のような言葉に驚きのあまり、撮影を忘れ、あんぐりと口をあけっぱのまま一枚の写真として撮られた……というか、今、好きな気がするって……

 梓澤さんの一件が終わったと思えば、今度は美結の衝撃的な一言にもう僕の頭の中は大混乱だ。

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