第6話 誕生日とプレゼント選び
7月8日
翌日。今日は放課後に買い物に付き合うという予定があったので不思議と一日が早く感じた。
僕自身も彼女との買い物を楽しみにしていた。一人でいると自然と人肌が恋しくなるものだ。
クラスの終礼が終わり僕と北沢さんは二人揃って
駅のすぐ近くにあったショッピングモールに来ていた。
「それで、服の目星はつけてるの?」
「昨日必死に絞って5個かな……」
「え……ちなみに最初は何個ぐらい目星つけてたの?」
「10個。だって美結っていろんな服似合うからついいろんなの着せたくなっちゃうの!」
彼女の話し方から察するに何度か加藤さんは着せ替え人形にされていそうだ。
「と、とりあえずその目星をつけたお店に行こう」
まず僕たちが着いたのは、多くの年齢層に贔屓にされている店だ。
今日は平日の夕方なので、店員以外はおらず、ほぼ無音に近かった。
そしてこのお店の雰囲気が心地よく感じた。
服を触るときに耳に入る衣擦れの音。店内BGMはなく静寂さが包み服選びに集中できる。
「服の目星はつけてるの?」
「えっとね〜……」
北沢さんは喋りながらポケットから小さく折りたたんだメモを取り出した。
「とりあえず美結の雰囲気に合う服だから……清楚系かな〜」
「清楚系って言われても……どういうのがあるの?」
「えっと……トップスとかデーパードパンツとかが清楚系のファションとしてはいいらしいよ」
トップス? デーパード? さっきから彼女が言っている言葉が何かの呪文にしか聞こえない。
「……ひとまず、一緒に見ながら決めるって感じでいい?」
「全然いいよ!むしろそうしてくれると助かる!」
彼女のこの反応からして北沢さんはファションに対してそこまで詳しくないようだ。僕だって彼女と似たようなものだ。服にお金をかけたことは一度もないし。
そんな僕らが挑む服選び。果たして加藤さんに似合う服を選び気に入ってもらえるのだろうか。
ひとまずスマホでファションブログにあった服を選ぶことにした。
「ところでどうやって決めるの?本人がいないのに」
「大丈夫!あの子の好みとかサイズとか私がよ〜く知ってるから!」
彼女は誇らしげに胸を張りながらふんすと鼻息を立てる。
「あとは普通に中村君が選んだ服を美結が着ているのを想像するだけ〜」
「後半すごいアバウト……」
「とりあえず昨日一つ決めてた服のセットがあるからそれに着替えてくるね〜」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
北沢さんは勢いよく試着室のカーテンを締めた。
しかし、なんで誕生日プレゼントで服を選ぶんだろ……
「後で理由聞いてみるかな」
カーテンの開く音と一緒にカジュアルコーデに身を包んだ北沢さんの立ち姿が目に入った。
「どう?中村君」
彼女の選んだ服装はずライトブルーのデニムと白のTーシャツにブラウンのワイシャツを重ね着した組み合わせだった。
しかしファションに疎い自分でも一つだけわかった事がある。違和感のようなものを感じる。
「少し、違和感がある……かな。服の組み合わせ的な」
「そっか……正直私もイマイチかなって、思ってたから、とりあえず着替えてくる!」
「おまたせ!それじゃあ次のお店に行こう!」
「その前に少し休憩したいんだけどいい?」
「全然いいよ〜付き合ってもらってるからね〜」
「ありがとう。じゃああそこのカフェで一息つこう」
そうして僕たちは出てきたお店のすぐ近くにあった喫茶店へ足を運んだ。
店に入り注文も済ませ、僕は気になっている事を聞いてみた。
「二つ聞きたい事があるんだけどいい?」
「どしたの?答えられることなら別にいいけど」
「とりあえず1つ目としてわざわざ試着までして確かめる必要あるの?」
「そりゃあるよ〜! ハンガーに掛かっただの服よりは誰かが着てたほうがイメージ湧きやすいでしょ?」
「あっそっか。納得」
あるいはただ、北沢さんが着たかっただけなのかも……
「それで二つ目は?」
「いや、どうして誕生日に服をプレゼントするのかな〜って思ってさ。」
「あ〜それね。そりゃ疑問に思うよね……」
「うん。何か特別な理由でもあるのかな〜って思って」
「まぁ、平たく言うと美結の持ってる服がちょっと……その、子供っぽいというか……」
北沢さんが口籠りながらも、説明しようとしているが言いづらいのかあまり聞こえない。
「なんていうか、私が言えた義理じゃないけれど、服のセンスが変なの……」
「変……って言うとどんな感じ?」
「とりあえずこの写真見て!」
すると北沢さんがスマホのある写真を開き見せてきた。
その写真は小学生の頃の美結の写真だった。写真の中の美結は満面の笑顔でピースをしていた。
「いい笑顔だね……」
「でしょ〜それより美結が着ている服を見て」
「服? まぁ幼い子ならよく着そうな服だけど、それがどうかしたの?」
写真の中の彼女が着ているのは大きくクマの可愛いイラストがプリントされていた服だった。
「美結、今でもこれのサイズ変えただけの服よく着てるの……」
「え……本当?」
ていうかこういう感じの服大きいサイズってそもそも売ってるものなのか……?
「本当、マジなの」
頭の中で彼女が写真の中のような服装を思い浮かべてみる。
すると、流石に年齢に合わないという感想と可愛いから別にいいという感想の悪魔と天使のような2つの意見が現れる。
「……ちょっと見てみたいかも」
「え?もしかして君って、そういう服が好みなの?」
「いや、違うって。あくまでそういう服を着てる加藤さんを見てみたいってだけ」
「ふ〜ん……まぁそういうことにしといてあげる」
カフェでの休憩を挟み、次の店舗へ向かう。
次に訪れた店はいわゆる女性向けの服が売られている店舗だ。
「それで、こっちでの目星はつけてるの?」
「実はそこまで店ごとの目安決めてないんだよね……」
「そっか……それじゃあちょっと気になってるやつがあったからそれ見てくるよ」
「気になってるやつ?」
「この店に入る前にちらっときれいなワンピースが見えてさ、それが加藤さんに似合いそうならいいかもと思って」
「へぇ~確かに美結ならワンピースとかも似合いそうかもね……」
「じゃあそのワンピース取りに行こう」
「これか……」
店に入る前から視界に入ってから目が離せない程に魅力的だったそのワンピースは全体が空色に包まれていた。
――きっとこういう服、加藤さんに似合うと思うなぁ……
「こういう服は……すっごく似合いそう!」
このワンピースを目にした彼女の瞳はとても輝いて釘付けだった。
「やっぱり無難にワンピースが似合うと僕は思うけど北沢さんはどう?」
「うんうん! 君いいセンスしてるよ! これは試着せずとも言えるぐらいに絶対似合うよ!」
「そっか。それじゃあ……これをプレゼントにしよう」
「賛成〜! 思ったより早く決まって本当にありがとう〜!」
「いやいや、僕もファションを勉強する良いきっかけになったからこちらこそだよ」
それからその店舗でワンピースを購入したあとは程なくして僕たちは解散することとなった。
体感二時間ほど服選びに没頭していたと思ったら、デパート内の壁のデジタル時計には七時を指していた。
「正直栞を渡すだけじゃ味気ないな……あ、そうだ!」
あることを思いつき、僕は三階のゲームセンターへと足を運んだ。
絵里香と買い物をした日から一週間。
学生にとって夏休み前の障壁であり、一学期を占める前に立ちふさがる期末テスト。
あれからも僕たちは四人で勉強会を開く事が何回かあった。その甲斐あってか絵里香はひとまずニ教科だけの補修で済んだ。
「いや〜本当に三人には感謝だよ〜!」
「正直、絵里香には半分諦めの気持ちあったから……補習回避できて本当によかった……」
「それじゃあテストも終わったしどこかで帰りに食べない?」
「ごめん。今回は遠慮しとく。今回は北沢さんに教えつつも自分の勉強してたから結構身体疲れてるんだよね……」
「私も……」
「あ〜そっか。いや~面目ない。ならまた今度ね〜」
「うん。また明日〜」
そうして僕は教室を後にした。
後ろから駆けてくるように足音が聞こえるので振り返ると加藤さんがこちらに向かってきていた。
「中村君。一緒に帰らない?」
「もちろんいいよ。ぶっちゃけ僕も加藤さんと一緒に帰りたかったし」
「そっか……ふへへ」
美結は嬉しそうに目を細める。
そろそろかな……
学校から離れて辺りには人ごみも少なくなったところで僕は加藤さんに声をかけた。
「加藤さん。少し、あそこの公園で休憩しない?」
「え?別にいいけど」
「ありがとう。実は渡したいと思ってるものがあって……」
「もしかしてその左手に持っている紙袋?」
「そう。帰り途中に渡すのも考えたけど、座りながら渡した方がいいかなと思って」
「そっか……何がもらえるんだろ……」
ベンチに腰掛け、加藤さんは紙袋の中身を取り出した。僕が用意したものそれはゲームセンターで二千円分の百円を使いゲットしたクマのぬいぐるみだ。
「遅くなったけど誕生日おめでとう。ぬいぐるみ意外にももう一つ入れてるよ」
「ありがとう! それとこれは……?」
「そっちは栞。最初は栞だけにしようと思ったけど流石に誕生日プレゼントとしては地味だと思ったから、ぬいぐるみを追加したんだ」
僕が用意した栞にはクマや猫などのイラストをいくつか書き込んだ。
「そんな……栞だけでも十分嬉しいよ。本当にありがとう!」
「これから大事に使わせてもらうね」
彼女の表情からも嬉しさが滲み出ていてこちらとしても何日も悩んだ甲斐もあったというものだ。
「それで……中村くん。その、少し話は変わっちゃうけど……」
「うん。どうしたの?」
「みんなで行くのとは別に……二人で夏祭りに行かない?」
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