閑話 感情豊かな加藤さん

 期末テストに向けてファミレスで勉強会をしていたある日のこと。

「ねぇねぇみんなこれ見て〜」

絵里香はバッグの中から2つのメガネを取り出す。 

「メガネ……?北沢さんの?」

「いや、違うよ。これはただの伊達メガネ。前に百均で見つけてさ、買ってみた」

「それより勉強しなくて大丈夫なの?」

「平気平気〜それに勉強ばっかで疲れちゃった」

「そうは言ってもまだ30分も経っていないけどね」

 隼人たちは絵里香の赤点回避及び、テスト勉強のために四人で教えあっていた。

「でも流石に毎日放課後まで勉強は……」

 さらに連日放課後まで2時間程の勉強時間を作るため、ほとんどの人は音をあげるものだ。しかし、

「けどこのままだと絵里香補習は必然だよ?」

「うっ、そう言われると頑張らざる負えない……」

 絵里香の成績は隼人達の一番低く、補習の経験者である。それでもやる気があるだけマシではあるが

「とりあえず一旦休憩にしようか」

「中村君。ここはもう少し厳しくしたほうが……」

「まぁまぁ、無理に続けても効率も悪いだろうし」

「それもそっか」

「なんでもいいから早く勉強終わらせて帰りてぇ……」

 一名だけやる気が乏しい様子。


 休憩を挟むということで何品か注文をして待っている間にメガネの事について聞いてみた。

「それでどうするの?その伊達メガネ。」 

「どうするも何もここにいる三人につけさせる為にもらったんだけど?」

「「「え……?」」」

「だってこれもらった時に3人につけさせてたいな〜って思ってさ」

「え〜面倒くさ」

「まぁまぁ素っ気ないこと言わないでつけてみてよ〜」

「はァ……しょうがないな。つけりゃあいいんだろ?」

 嫌嫌ながらも英二は青い伊達メガネを掛けた。 

 メガネを掛けた英二は普段よりは親しみやすい柔らかな雰囲気をまとっている。

 そして、本人の顔も良いので魅力がさらに引き立ってもいた。

 「キャ〜!すっごく似合ってる!気に入ったのなら別にあげるよ?」

「いや、別にいらねぇよ」

「え〜似合うのに勿体ない〜!」

「ちょ、俺の方に押し付けるな!」

 二人のやり取りを尻目に隼人達は余っていた赤いメガネに目をやる。

「ちょっと、つけてみる?」

「そ、そうだね。中村君からどうぞ……」

「う、うん。それじゃあ……」

 手にかけた赤いメガネは思ったより軽い素材で作られていて、伊達メガネとはこういうものだと思った。

「ど、どう?」

 メガネをクイッと持ち上げながら美結の方を振り返ると美結は驚いたのように目を丸くして固まっていた。 

「……」

「えっと……そんなに変かな?」

「あ、いや変じゃないけどずっと目が離せないというかその……似合ってる……よ?」

 彼女からの褒め言葉に胸が熱を帯び始めて思わず顔がほころびそうだ。

「あ、うん……ありがとう……じゃあ今度は加藤さんが掛けてみなよ」

「うん……そうだね」

 メガネを外し美結の方に手渡す時に自分の手が僅かに震えているのを感じた。

(そんなに震えて……そこまで嬉しかったのか僕……)

 美結は手渡されたメガネをゆっくり掛けていく。

 その時の手で持ち、掛けるまでの丁寧な所作の一つ、一つが不思議と吸い込まれるように目が釘付けになる。

 それ以上に美結がメガネを掛けた瞬間。まるで別人になったと錯覚するほどに雰囲気が一変した。

「ど、どう?」

 上目遣いをしながら少しだけメガネを持ち上げているその動作は流石の隼人も言葉を失った。

「あ、えっと……なんて言えばいいのか分からないけど……」

「う、うん……」

「とりあえず似合ってるし、すごく可愛い!と思うよ……」

「そ、そっか……ありがとう。えへへ……」

 その時の心から零れ出た満足そうな笑顔に隼人は思わず見とれていた。

 なにせ久しぶりに見た満面の笑みでもあったからである。

「何々?お二人いい雰囲気じゃない〜このこの」

「ホントだな。二人揃って仲がいいことで……」

 さっきまで英二とのメガネの押し付け合いをしていたのになぜか二人ともこちらをまじまじと見つめていた。

――ずっと見られていたと思うとだいぶ恥ずかしすぎる……

「というかいつから……?」

「いつってそりゃ、美結が中村君のメガネ姿を見て恥ずかしそうにしてるあたりかな〜」

「それ最初からじゃん!(でしょ!)」

「けどいいものが見れましたな〜眼福!眼福……痛い痛い!頬引っ張らにゃいで!」

 美結にそこそこ強そうな力下限で頬を引っ張っているのが微笑ましくてつい笑みが溢れる。


「それで中村君的にはどっちの美結が可愛かった?」

 談義に夢中になっていると各々が注文したメニューが運ばてくる。

「どっちって?」

「そりゃあ、メガネを掛けた時か掛けてない時のどっちかに決まってるでしょ〜」

「そういう事聞く!?本人もいるのに?」

「女子ってホントそういう事よく聞くよな……」

「シャラップ!女子はそこらへんよく気にするの!」

「そういうものなの?」

 この事を美結に問いかけるも複雑そうに顔をしかめた。

「私はそういうのあまり気にしない、けど……」

「けど?」

「言われるのは嬉しい……かな」

 やや恥ずかしそうに言うその姿は今までの美結とはまた違う新鮮さがあった。

「そ、そっか……」

「うん……」

「さぁさぁ、ぶっちゃけどっちが好み〜?」

「どっち、と聞かれると悩むけど……メガネを掛けてない加藤さんも可愛いけどメガネを掛けた加藤さんはもっと可愛いかな……」

 隼人は変に言い繕うこともせずただ思った事を述べた。恥ずかしいという気持ちは特になかった。

 それもそのはず、隼人は両親からの受け売りである『思った事ははっきり言う』という事を心がけていた。

「お、おぉ……よくそこまで言えるね……逆にすごいかも」

「え、そう?普通に僕が思った感想を言っただけだけど」

「いや、普通そこは躊躇ったりするもんだろ……鈍感なやつ……」

「えぇ……」

 二人して褒め言葉なのか小馬鹿にされた気がするがさっきから美結だけはじっとしていた。

「というか美結、さっきからじっとしてるけどどうしたの?」

「お前がべた褒めしすぎるからじゃね?」

「か、加藤さん大丈夫?もしかして体調悪かったりして……」

 隼人が恐る恐る美結の顔を覗こうとするとぷいっと素早くそっぽを向かれた。

 そしてそのまま

「お手洗い行ってくるね」

「う、うん。行ってらっしゃい」

 (もしかして怒らせちゃった……?)

「あ〜あ美結拗ねちゃった……」

「いや、これ普通に照れてるだけじゃ……」

「どうだろうね〜とりあえず美結と話してくるよ〜」


「もう……どんな顔して中村君の顔見ればいいの……」

「やっぱりただ照れてただけか……」

 トイレの入口でにまにまとした表情を浮かべながら美結がこちらを見ていた。

「な、何……」

「いや、一応怒ってないかだけ確認しにきただけ〜」

「怒るわけないよ……だってあそこまで言われて嬉しすぎて顔が変なんだもん……」

「そっかそっか……」

これは白米三杯は行ける!……尊い!

「何か言った?」

「何も〜 というか、そのことを中村君に直接言えばいいじゃん」

「そんなの恥ずかしくて絶対無理!」

「けどこのままじゃ中村君。美結に嫌われたと勘違いし続けちゃうよ?」

 ――お礼は言いたいけど嫌われるのはもっと嫌……

「とりあえず二人のところに戻ろう?」

「……うん」

 

 絵里香が美結を追ってトイレに向かって10分。

 怒らせたと考えている隼人は英二に意見を聞いてどうしても落ち着きたかった。

「なぁ……どう思う?」

「どうって?」

「言わせるなよ……虚しくなる」

「まぁ単に照れてる上に表情筋がめちゃくちゃになって顔を見せれないってところだろうな」

「すごい分析するじゃん……」

「けど実際そんな気がするけどな。そうじゃなけりゃ、もう少し声色が怒気を含んでるだろうし」

「待たせてごめんね二人共〜」

「ごめん……」

 そうこうする間に二人は戻ってきた。絵里香はともかく美結の頬がリンゴのように赤くなっていた。

「中村くん。さっきは素っ気なくてごめん……」

「ううん。僕こそ言い方が悪かったよ、ごめん」

「中村くんは悪くないんだよ!その、えっと……」

 言う言葉に迷ったのか美結はおもむろにスマホを取り出し素早くスマホを操作し始める。 

 そして隼人のスマホは震えだす。

『本当はすごく嬉しかった。だから謝らないで褒めてくれてありがとう!』

 美結は口元をスマホで隠しながらもこちらをまじまじと見つめていた。小動物的な可愛さも持ち合わせていたのかこの人は。

(褒めるのは二人きりの時だけにしよう……)

 その日の感情豊かな美結の表情は隼人の脳裏に強く焼き付いたのだった。




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