第32話 向き合う勇気

「ん……?」

 ついうっかりうたた寝してしまったみたい。何より証拠に雨上がりの空に眩しく、強い日差しが教室に差し掛かりお日様のような匂いが鼻孔をくすぐる。

 おまけに丁度いいぐらいの空腹感がお腹に感じてもいた。そういえばまだお昼も食べてないっけ……

「あ……起きた? 美結」

「中村君。ずっとここにいてくれたの?」

「そりゃもちろん。だって手を握って欲しいって言ったのは美結でしょ?」

「そうだけども……」

 言われてみれば、さっきまでこれでもかと中村君に甘えていた気がする。それこそ私が昔お母さんに激しく甘えていたみたいに……

「そ、その…さっきの忘れてほしいかな……なんか恥ずかしい……」

 あの時はそういう気分だったからというか……あの場の雰囲気に流されたというか……

 なんとも言えない恥ずかしさで段々と顔に熱が上っていく。

 それから何か話そうと口を開く前に別の所からぐぅーと可愛いくも今は鳴らしたくない音が聞こえてきた。

「今の音って……」

 その問いに私はゆっくり手を挙げながら白状した。

「私の……お腹の音、です……」


* *

「うぅ……もう恥ずかしさで死んじゃう……」

「そんな大げさにとらなくても……誰だってお腹は空くし、音も出すよ」

 音については滅多に聞いたことはないけど……

「そういうフォローする言葉が今は心に刺さるから逆に言わないで……」

「美結……」

 そんな空腹の美結のため、というのもあるけれど僕自身も昼ご飯はまだ食べてはいなかった。丁度美結のことを探すのがお昼時だったのでもう時間は午後の一時を回っていた。

 とはいえ、お昼を食べると言ってもあくまで文化祭で出せるレベルの食べ物と言ったらクレープやチョコバナナ。まだお腹を満たせそうなのでもパンや焼きそば、フランクフルトなどがあった。


 何を食べるのかを悩みながら行きあたりばったりで校内を回っていると何やらいい香りが鼻に入ってくる。

「何かいい匂いしない?」 

「確かに。なんだか香ばしい香りがして来る……」

 校内のグラウンドの屋台に向かう道中、何なら香ばしい匂いが僕らを誘うようにしてきたのでそのまま匂いのする方へ足を運んだ。


「結構並んでるね。よっぽど人気なのかな……」

「そうなのかも……けどこんなに並んでいると逆に気にならない?」

「まぁ、そうだね」

 普通ならこういった長蛇の列を見ると必然的に回避したくなる。しかし今は文化祭の真っただ中。今、この瞬間だけは並んだ方が吉。と言われているみたいで好奇心が刺激される。

「それじゃあ、並んでみる? ここでお腹が満たされなくても他でも食べればいいわけだし」

「うん! そうしよう!」

 そうして僕たちは目の前の長蛇の列に並ぶことにした。正直楽しみという気持ちとどのくらいかかるのかと不安に思う二つの気持ちが僕の頭の中でせめぎ合っていた。

「美結? 美結!」

「北沢さん? なんでここに?」

 というか今もどこかで美結のことを探し回ってと思ってたけど……

「ん~なんでって言われても。お腹が空いたから?」

 なぜに疑問形……まぁ美結を見つけたこと連絡し忘れてた僕が悪いんだけど。

「まぁそれはさておき、ここの焼きそばめっちゃ美味しい! 二人も食べてみて!」

 北沢さんにしてはいつも以上に目を輝かせながら手元の買ってきたであろう焼きそばを絶賛していた。ここまでの好評なら尚更、味が気になるし並ぶ価値があるというもの。

「まぁ、買えるどうかは分からないけどもし買えたら屋上に来てよ! そこでゆっくり話そう! それじゃ」

 話が纏まったことで北沢さんは颯爽と階段を駆け上がっていく。しかもさっきの焼きそばを入れていた袋の中にもうワンパックの焼きそばがチラッと見えていた。

「どんだけ食べるんだろう。彼女……」

 ここまで何時間掛かっても食べてみたいと同時に思い僕たちは並び続ける覚悟を決めた……のだがまさかこのあと購入まで一時間半もかかるとは僕も美結も思いもしなかった。


 絶賛されていた焼きそばを買いに長時間並び続けたことで屋上へ続く階段の数歩ですでに限界が来ていた。

「はぁ……まさか一人なのに複数個買うとは……あの人の食い意地絵里香に負けてないかも……」

「そんなに? 北沢さんって意外と大食い?」

「そうだよ。小学校の時に給食の時間に余ってたデザートとかおかずをいつも他の人とじゃんけんしてたの良く見てたの」

「へぇ。給食じゃんけんか……」

 僕はそういったのには参加はしなかったけど……懐かしいなぁ。

「うん。それでいて毎回挑むまでは良かったけど、その都度毎回負けて終わってるの」

「え!? 毎回?」

「そう。毎回。けど卒業までずっと挑み続けてた絵里香のそんな一面には手放しで尊敬するなぁ」

 確かに彼女の言う通り、何かに真っ直ぐ向き合えるのは凄いことだと思う。それとも、ただ単に北沢さんの食欲故の執念が彼女をあそこまで突き動かしたのだろうか……

 そんなことを話している間に屋上に繋がるドアの前に到着。今は太陽がギンギンに顔を出し晴れているが、ついさっきまでは雨が降っていたが大丈夫だろうか……

 まぁ、最悪、行儀悪いけど立ちながら食べることもできるだろうしそうしよう。


「お、待ってたよ~二人とも」

「ごめん絵里香。思ったより買うまでに時間掛かっちゃって」

「いいよいいよ。さ、とりあえず座りなよ」

 そう言いながら彼女がポンポンたたくところは周囲に水たまりもなく、日差しがずっと差し込んでいたのもあり、他より乾いていた。

「さてと……美結のことは聞きたいのは勿論だけど。とりあえずその焼きそば食べてみてよ!」

 早速本題である美結のことについて問いただされると思ったら開口一番にそれか……

「それじゃ……いただきます」

 言われた通り付属してくれた割りばしをゆっくり割り大きく豪快に麺と具材である肉やキャベツをすくい上げる。 口に入れる前に焼きそば特有の濃厚なソースの香りがさらに食欲を掻き立てる。 そして一口頬張る。

「ん~!」

 これは中々濃いソースを使用して作ったのか、まず最初に感じたのが「味、濃!」だった。

 その次に感じたのが具材や麺の一部がちょっとだけ焦げ目があったりしてバリバリとした食感が心地よかった。

「どう? 美味しいでしょ?」

「う、うん……それはそれとして、そろそろ本題に」

「あぁ、そうだったね、とりあえず美結には洗いざらい話してもらわないとね……」

 そうして不敵な笑みを浮かべる北沢さんとそれを知らず、一人焼きそばを堪能している美結。こうして見るとなんだか面白い絵面な気がする。



「ふぅ……ごちそうさまでした」

「さて。お腹も膨れたことだしそろそろ詳しい話を聞かせてもらおうか? 美結」

「うん。美結にも心配かけちゃったしね。順を追って話すよ」

 それから美結は僕に話した内容と同じ内容を語った。その間、北沢さんは顔色一つ変えることなく真剣に耳を傾けていた。

「そっか……そんなことが起こってたんだ……」

「うん。絵里香には知ってほしくなかったから……ごめん」

「ううん。むしろ私の方が謝るべきなんだよ! だって美結が梓澤に私のことで言い寄られていた時、その時、私、怖くて逃げだしたんだ……」

「絵里香……」

 確かに北沢さんにとっても今回の出来事は忘れないことだし、美結もトラウマとして心に刻まれた。だけど。二人がお互いに謝り合うなんてお門違いもいいところだ! 

「ねぇ。二人とも。僕に一つ提案があるんだけどいい?」

「「提案?」」

「うん。ここはお互いがもう前を向いて歩ていけるように、梓澤さんを探してはっきりと言い返すんだよ! 過去への決別として!」

「けどやっぱりちょっとだけ怖いかも……」

「大丈夫だよ。美結。今度は私もいるよ!」

 そう言いながら北沢さんが美結の手を優しく握りそれに呼応するように美結もまた握り返した。

 やっぱりこの二人の関係はこうでないと……

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