第30話 本当の友達

「……ねぇ、北沢さん。ちょっといい?」

「うん? 何かな~」

 図書室に美結がいるかもと考えた僕と北沢さんは図書室に向かう道中、僕はある質問を投げかけた。多分、北沢さんなら知っている可能性が一番高そうだったからだ。

「美結の中学の頃のことで聞いておきたいことが一つあって……」

「……うん。大体聞きたいことは予想付いたよ。梓澤と美結の関係でしょ?」

「うん。というか北沢さんは呼び捨てなんだね」

「まぁね。私自身があの子を良く思ってないのもあるけどね……」

 そう話す時の北沢さんは眉間にしわを寄せ、声のトーンも少し低くなっていて梓澤さんに対する怒りの感情が僅かに見え、彼女の表情がそれを物語っていた。

「……一応聞くけれどさ、ただの好奇心で聞こうとしてる?」

「う~ん……なんて言うか、美結のことだから知りたい。というか知った上で立ち直るまで傍で支えていたいと言いますか……上手く言葉に表せないなぁ」

「中村君……うん。わかった。君には話していいかもね。きっと美結も怒らないはず……」

 それからの北沢さんはいつもの明るい雰囲気に戻って、僕の知りたかった美結と梓澤さんの二人の関係性が彼女の口から語られる。


 あの日の事は今でも忘れない……中学二年の春。

 進学してから私と美結はそれぞれ別のクラスになった。それでも私達は変わらずの仲だったの。

 けど……五月ぐらいの頃かな……その時からいつもの美結とは少しだけ様子が変だった。普通の人から見たら何もおかしな所は無いように見えても長年の付き合いだからこそ私にはその変化に気づけた。


 

 それで、私は黙ってみることも出来ず直球に本人へ聞いてみたの。私って考えるより行動する派の人間だからね。そしたら……

『別に何でもないよ……』

 この一言しか言ってくれず、私はなんとも言えないモヤモヤを抱えたまま一学期が終わるまで時間は過ぎた。

 そして終業式の日に私は美結のクラスの様子を見に行った。勿論、目的は美結がああなった原因追求だ。本人が話してくれないのならこっちから調べに行くまで。

「う〜ん……特に変わった様子はない……かな?」

「あっ、絵理香〜どうしたの? 加藤さんに用事?」

「うん。まぁそうとも言うしそうでもないというか……」

「どういうこと?」

「実はさ……今年の五月ぐらいからずっと美結が元気無くて……教室で何かあったんじゃないかって思って……何か知らない?」

「えっ……さぁ? 私は特に知らないかな〜」

「そっか……ありがとう」

 それからも他、何人かに同じような質問をするも特にそれらしいことは分からず、もしかして私の早とちりなのでは? と思い始めるようになった。

 もしかしたら美結個人の悩み故に元気がないだけなのかも……

「……それなら!」



「美〜結!」

「わっ……! 絵理香? おはよう……」

「おはよう美結! 一緒に学校行こう〜!」

「う、うん……」

 日を跨いで翌朝。偶然、美結が歩いていくのを見かけたので私はいつものように元気に声をかけてみるも前に感じた違和感のようなものはまだあった。

 なので私はある行動を取ることに。それは……

「ねぇ……美結。やっぱり何かあったでしょ? 四月辺り」

「別に、何でも……ないよ?」

 嘘だ。流石にここまで嘘をついてまで遠ざけられると私もかえってムキになって増々、引くことを忘れる。

「本当の本当にないの? 何も」

「……うん。本当に何でもないよ」

「そっか…………私になら話してくれると思ったけどなぁ……」

「えっ……絵理香、何か言った?」

「ううん。何でもない。けど本当に何かあったら言ってよね? 私達親友なんだから! それじゃあまた今度ね」

 本人への尋問も虚しく、美結の口から彼女自信の事を答えてもらう作戦は失敗に終わった。こうなった以上、私に出来る事はもう一つとない。

 そんな無力感とやるせない気持ちを抱えたまま私はいつものように退屈な授業がある時間を過ごす。



 そして放課後。今日は珍しく部活が休みで本来は遅くまで学校に残っているので友だちと同じ時間に帰れる事にウキウキしながらも美結の事が不意に頭をよぎる。

「美結の教室に行こう……」

 また例の事を聞く訳じゃないけど……傍にいてあげたいな。

 早速、美結がいる隣の教室へ。終礼が終わったばかりだからまだ教室にいるはず……


「美結〜緒に帰ろ〜!」

「絵理香……」

 教室で誰とも話さずぽつんと机に伏せていた美結が私の呼び声に気づき振り向く。相変わらず表情は暗いままだ。

 それだけじゃなく美結の机の上には数学や英語のワークが乱雑に置かれていた。多分このワーク類は美結のじゃない。とすると……

「美結……やっぱりクラスメイトと何かあったんでしょ……」

「加藤さん。ワークお願いね?」

「う、うん……」

 原因がクラスの中にあると睨んだ私はクラスを見渡す。そんな中、ある一人の女子が美結に対しそう語りかけた。

「確かあの子って……」

 梓澤さん。私たちの学年の中でもカースト上位に位置する梓澤さん。彼女は悪い意味で周囲から目立っていた。それも『いじめをしている』という根も葉も無い噂ができるほどに。

「……くっ!」

 十中八九、梓澤さんが美結にワークを押し付けた犯人と見ていいだろう。そう結論づけた私は彼女のもとに行って声を掛ける。

「ねぇ。梓澤さん。課題は自分でやらないと駄目だよ?」

「え? あぁ、ごめんね」

 私からの指摘に梓澤さんは怒ったり、ウザがるわけでもなく意外とあっさり聞き入れワークを回収してそのまま引き下がった。

「え、絵里香……ありがとう。それと、ごめん」

「まぁ、美結の気の弱さは今に始まったことじゃないしね。いつでも頼ってよ! 私達、親友でしょ?」

「う、うん」

 そう言いながらも美結はいつも私が好きな可愛い笑顔を見せてくれた。

「じゃあ、話を戻して。一緒に帰ろ!」

「うん。だけど絵里香。私、やることあったから先に校門で待ってて」

「そう? それじゃあ先に行ってるね。」

 そのまま美結に手を振りながら私は教室を後にした。



今思えばこの時、無理をしてでも美結のそばを離れるんじゃなかったって今でも深く深く後悔している。



「……うーん。遅い! いくら何でも遅すぎるよ! というか待たされるのってこんな気分なんだ……いつも待ち合わせのたびに遅刻する罪悪感が急に……」

 あれから美結に言われた通り校門にて待つこと三十分。さすが私もしびれを切らして教室にいるであろう美結のところへ向かう。


「……ねぇ、どうなの? 加藤さん」

「えっと……」

 様子を見に戻ってみるとどうやら美結は誰かと今は会話中みたいだった。私は内容が気になり扉越しに聞き耳を立てた。

「私の代わりにワークやってくれるって話だったじゃん。話と違くない?」

「で、でも! やっぱり自分のは自分でやった方がいいよ!」

「ふーん……そう言うんだ。ならまたクラスメイトから無視されて孤立してもいいんだ」

「そ、それは……」

 声だけなのでさすがに相手までは分からないけどさすがに予想がつく。おそらく声の主は梓澤さん。そして美結はやっぱりいじめられていた。そして犯人もまた梓澤さんだ。

「……そういえば終礼の時にあんたのところに来てた絵里香。だっけ。あいつも同じようにしてやろうか?」

「……っ! やめて! 絵里香だけは手を出さないで!」

「声でか……ウケる。」

「……くっ!」

 聞き耳を立てていた私は話の内容にいてもたっていられず、走りださずにはいられなかった。

 __私のせいで美結が苦しんでたんだ……ならもう私はもう美結の傍にいない方が良いのかも。けどそしたら美結は……

 

 それからのことはあまり覚えてない。あれからも私に何かされることは無く。いつもの日常を送る毎日。たまに美結を見かけることがあっても声はかけられなかった。

 いや、かけられる訳ない。今の私に美結に声をかける資格なんて……


 それから一週間後。美結は学校に来なくなった。美結のクラスの担任に詳しく聞いても何も教えてくれなかった。

 あの時が中学で最後の会話になるなんて思いもしなかった。だけど……


「奇跡的にもここで美結と再会してまた仲良くなれたってわけ!」

「……」

 彼女の口から語られた過去は思ったより過酷なものだった。それでも僕にその話をしてくれた北沢さんにはまず感謝をしたい……

「それ以外にも一つ思ったことがあったんだ。私」

「思ったこと?」

「うん。もう昔みたいに怯えて逃げたりしない。今度こそ私が美結の傍に立って支えるんだ……って。だって私は……」

「美結の一番の親友。なんでしょ?」

「! ふふん。良く分かってるじゃん! これで君は今日から絵里香マニア!」

「あはは。変な事言ってないで早く美結を見つけるよ!」

「も~変な事言ってないし!」

 そう言いながら北沢さんはいつも以上に屈託のない笑顔で笑いかけた。


 



 



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