第29話 過去への向き合い方

「はぁ……はぁ……」

 あれからどのくらい必死に走ったんだろう。周りから見られているのも気にせず私は走り続けた。

 あの時、梓澤さんを前にしてすぐに中学の頃彼女にされたことを思い出すと走ってでもあの場を離れたかった。

「はぁ……はぁ……ふぅ。ここでじっとしていようかな……」

 充てもなく学校中を走る中、ちょうど誰もいなくて開きっぱの教室を発見。私はもうここで一日が終わることに決めて中に入った。きっとここなら誰にも見つからないはず……

「ここでなら変われると思ったのに……全然成長してないじゃん。私……」

 いや……変われると勝手に勘違いしてただけなのかもしれない。環境が変われば。嫌な人がいなくなれば。そうすれば自然と変われるんだとそう思ってた。けど相変わらず弱いなぁ……私。

「……あ、雨だ」

 さっきまで雲一つないぐらいの快晴だったのに……見てると気分落ち込んじゃうなぁ……



「美結。どこに消えたんだ……」

 あれから彼女の後を必死に追っても途中で見失ってしまい行きそうな場所の充てもなく無く、ただ無意味に時間を浪費するだけだった。

「ん…? 中村君? どうしたの。こんなところで」

「あ…北沢さん。こんなところって……」

 言われて辺りを見渡してみるとここは体育館前の廊下だった。美結を探すのに必死で気が付かなかった。

「なんか顔色悪くない? 大丈夫?」

「う、うん。大丈夫。ちょっと人ごみに酔っただけだから」

「本当に……? それにさっき美結のこと口に出してたけど、美結に何かあったの?

 中村君だけなのも気になるし」

 そう言いながら彼女は心配そうに僕を見つめる。とりあえず話すだけ話しておこう。一番の美結の理解者である彼女に。

「実は……」



「梓澤さんに会った!? どこで!」

 詳しい経緯を話す途中、食い気味に『梓澤さん』という名前に反応した。やっぱり美結の中学時代彼女と何かあったんだ……

「どこでって言われてももう覚えてないよ……」

「そ、そっかごめんね急に」

「大丈夫。それはそれとして美結見たりしなかった?」

「ごめん。さっきまで午前の部の片づけしててずっと体育館にいたから見てないかな……」

「そっか……もし見かけたら連絡してもらっていい?」

「うん。勿論。というより一緒に探しに行こうよ。私も美結のこと心配だし」

「いいの? さっきまで片づけしてたんじゃ……」

「いいの。いいの親友のことだもん心配だよ」

「ありがとう……ところで美結が行きそうな場所に心当たりとかってある?」

 さっきまでは探す充てもなく回っていたけど彼女の理解者でもある北沢さんなら居そうな場所は知ってそうだ。

「まぁ一応あるにはあるけど、ゆうて三か所だけしかないけどね」

「あるだけマシだよ。とりあえず一つづつ見ていこう……!」

「そうだね。それで、その心当たりは?」

「うん。一つ目はね。保健室!」



「あ、そうだ。一応英二にも伝えておこうかな。もしもの為に」

「そうだね~私も友達に呼び掛けてみるよ。

 僕は英二に、北沢さんも友達にとそれぞれ声かけをして捜査網を敷くも正直、そう簡単に見つかるとは思えない。

 きっと今の美結はどこか誰もいないような場所でひっそりと息を潜めたいと思うはず。少なくとも僕が彼女の立場ならそうする。

 とはいえ、彼女の言う心当たりも充てにはしている。その場所で見つかるならそれに越したことはないのだから。

「雨……酷くなってきたね。止むかな……」

「どうだろう。テレビの予報でも今日は一日晴れの予定だったみたいだったけど今じゃ結構降ってるし……はっ! まさかとは思うけど美結。外に出てないよね……」

 彼女にとって梓澤さんがどんな人なのかはあの反応を見れば大体予想はつく。彼女と再び会わない一心で雨が降ってる外に出る可能性もなくはないと思う。

「さすがいくら何でも美結はそこまでしないよ……多分。それに今は十一月だよ? 冬並みの気温じゃないにせよ、外は寒いはず」

「それもそっか。それじゃあ早いとこ保健室に向かおう」

 ぶっちゃけ北沢さんの言った心当たりの一つ、保健室。言われてみれば確かに彼女が一番居座ってそうだ。

「そういえば私。保健室に入るのほぼないかも」

「そうなの? 身体測定の時ぐらい?」

「まぁそうだね~こう見えても常日頃から怪我とか病気には気を付けてるから保健室のお世話になったことないいだよね。ちょっとだけワクワクする……」

「はぁ……本来の趣旨変わってない?」

「大丈夫大丈夫! しっかり分かってるって!」

「ここだね……」

 そうこうしている間に保健室に到着。中からは特に話し声は聞こえてこない。

「そうだね……失礼します!」

『は~い』

 ドアを開け中に入ってみるものの、そこには梅原先生一人しかおらず左側に設置されているベッドも二つとも誰も入っておらず、カーテンが全開だった。

「あら、中村君に北沢さん。いらしゃい。どうしたの?」

「実は……」



 それか僕たちは現状の説明と彼女が見てないかと聞いてみるも望ましい答えは出なかった

「そうなの……大丈夫かしら加藤さん。不安だわ。もし来たら呼びに行くわね」

「ありがとうございます。失礼しました」

 そうして保健室を後にした僕と北沢さん。

「いなかったね。僕もここなら居そうな気はしてたんだけど……」

 僕が美結と初めて話したのもあそこの保健室だ。それに僕が何度か保健室に行く度にチラッと視界には入っていた。多分、僕以上に梅原先生のお世話になっているはず。

「まぁいなかったものはしょうがないよ! あともう一か所充てはあるんだし、そっちに賭けよう!」

「だね。それで……もしかしてその場所って、図書室?」

「ん? うん! 正解だよ! さすが私の次に美結のことをよく分かってる~これであなたも美結マニア!」

「あはは……別に何てことないけどね。美結って本、たまに読んでるでしょ? それでもしかしたら……って思って」

「ふむ。まぁ取り合えず見に行こう。正直、保健室よりもいる可能性はだいぶ低いけどね」

 確かに……気分が落ち込んでいるのにわざわざ人が集まってそうな図書室に行くとは考えにくい。けど図書室は私語厳禁。可能性はなくもない。

「美結……一体どこに……」



空き教室の一席に座り、窓から見えるどんよりとした雨雲をただ眺め始めてどれくらいの時間が経ったんっだろう。きっと中村君や絵里香とかに心配かけちゃうな……

「連絡だけしとこうかな……いや、『今どこにいるの』って心配そうに聞かれるのが落ちかな」

 そんな中、腹の虫が元気に鳴り響く。外の激しい雨音しか聞こえてこないのでより聞こえやすくて恥ずかしくなってきた。

「……あ」

それでも変わらず窓の奥に見える反対側に中村君と絵里香の姿が見えた。しかもなんだか楽しそうに話してる……いいなぁ。

「けど今日はここでずっとじっとするって決めたんだ!」

 そんな時、一応閉めておいた扉がガラガラと音を立てて開く。誰だろう……こんなところに入って来るなんて。

「あ、やっぱり加藤さんだ」

「え……佐藤君。どうしてこんなところに?」

「まぁなんて言うか、さっきの演劇の後、普通に他クラスを見て回ろうと思ったけどなんか俺のファン? らしい人がけっこうしつこくてさ。ちょっと身を潜めたくてさ」

「そうなんだ……私も演劇見てたけど、かっこよかったよ?」

「ん……ありがとう」

 そう言いながら佐藤君は少し照れくさそうにしている。

「加藤さんは……いいや、何でもない」

「? そう……」

 さっきまで質問しようとしていたけれど何かを察したのか質問を止めてそのまま一つの席に座り込む。

「……それでどうだった? 演劇の感想は?」

「え……? あ~えっと、本当にすごく良かったよ! 使った衣装とか小道具も結構、作り込まれてたりしてて、みんなの演技力も凄かった!」

 うん。とりあえず平静を装っている……はず。それに演劇の感想は見てて佐藤君と絵里香には伝えたかった。

「そっか……なら本気で取り組んだ俺らも報われるな。というか俺やっぱ俺、他の空き教室の方行くわ」

「え……別にここにいればいいのに」

「それも考えはしたけど、今の加藤さんは一人にした方がいいと思って」

「あ~そうなんだ……」

 もしかして少し顔に出てたりしちゃってたかな……

「それじゃ、邪魔したな」

 そう言って佐藤君はここを後にした。

「……お腹空いたな。どうしよう」



「とは言ったもののどうするか。さっきのところ以外、見たところ全部閉まってるんだよな……ん?」

 辺りをキョロキョロとしているとポケットに入れていたスマホが震える。

「ん。中村?」

『英二。今ってどの辺にいる? 実は今、僕と北沢さんの二人で美結を探してるんだけどもし見かけたら連絡くれ』

「あ~なるほど、やっぱりあんなところにいたのは何かの訳があった訳か」

 けど見たところ一人にした方が良さそうだよなぁ……

「……いいや。ここは加藤さんのことを尊重して言わないでおこうっと」






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