第28話 ハッピーエンドへの道

「なんとか座れてよかったね。長い時間並んだからどうなるかと思ったけど」

「そうだな。さすがにあれだけ並んだのに立って観るのはしんどいだろうし」

 体育館に用意された椅子は見たところ三十個ぐらい。その全てが埋まり、それ以外の生徒は基本立ちながらの鑑賞となる。

 そして劇が始まる十一時まであと僅か。

 時折、準備中に北沢さんから『絶対に見ないと損だよ! ぜひ来てね!』と告知をされたことによって、僕の中での二組の演劇のクオリティの期待が高まっていた。

 「あ、始まるよ!」

 ざわざわとした中劇場や、映画館で開演を知らせるブザーが鳴り響くことで中は静まり返った。

 そして垂れ幕がゆっくり上がっていき、ステージ上に立っている一人の生徒がライトアップされる。

「えー長らくお待たせしました。これより、二年二組の演劇。『ロミオとジュリエット』の午前開演を行います。

 午前開演? てとは一日で午前午後に分けて行う感じなのか……

 司会の話が終わったところでステージ上が再び暗闇に包まれ、いよいよ開演かと思って一呼吸入れる。

 そういえば、ロミオとジュリエットってどんな話なんだろう……

「美結。ロミオとジュリエットってどんな話?」

「え…知らないのに見ようと思ったの?」

「う、うん。なんとなくでしか覚えてなくてさ……」

「どんな話って言うと……何と言うか報われない恋物語って感じかな?」

「報われないって、ヒロインがフラれる的な感じ?」

「それならまだ可愛いものだよ。だって両想いな上に結ばれるためにお互い苦労するんだけどロミオが死を偽装して後に目覚めるんだけど24時間ずっとその状態なの」

「24時間ずっと……途方もない時間だな。それで?」

「それでジュリエットがロミオが死んじゃったと勘違いしちゃってそれでジュリエットは……」

 その時のジュリエットの気持ちを考えると今の美結のように、顔を曇らせて歯切れが悪そうになるのも頷ける。

 しかし……いくらなんでも報われなさすぎる。ただお互い好きなだけだったのに。そう思うと、僕らが実際にする恋愛や見るラブコメ全てが幸せのように見えてくるな……

「あ、けど……」

「けど? どうしたの?」

「確か、絵里香が『少しだけ内容変更したから楽しんでね』って言ってた……」

「内容変更? どこを変えたんだろう……」

「さぁ…?とりあえず今は見てみよう」

「そうだね」

 その時ステージ上がライトアップされてついに演劇が始まった。



 思ってたより凄いクオリティだな……

 まず数十分ぐらい見始めて出た感想がそれだった。ステージ上の一人一人の演技もそうだけど、それ以外にも背景や使っている小物の出来の良さにも驚いた。

 何せ、二組は隣のクラスなので自分が担当の作業がひと段落していて、早くに帰っていた日は結構な人数で作業に取り組んでいた。

「それがまさかこれほどのクオリティになるとは……」

 今のところ背景や小物にばかり目が行きがちだったが、そういえば北沢さんの姿が見当たらなかった。

 確か北沢さん曰く、英二はロミオ役なんだとかそれじゃあ、ヒロインのジュリエットはいったい誰が……

「ああ。ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」

 このセリフはロミジュリを知らない僕でも聞いたことがあるセリフ。

 そしてその有名なセリフと一緒に登場した北沢さんはジュリエットのドレスに身を包んでいた。

 なんと言うか普段のおちゃらけた雰囲気とは違って、今の彼女は役になり切っていた。

 そして、そんな彼女にも引けを取らないロミオ役の英二。

 なんだかんで英二の顔は整っている。ましてや今はロミオとしてステージ上に立っていて、髪も全体的に上がっていてより英二の顔がいつもよりしっかり見える。



 それから劇は続いてクライマックス。ジュリエットがロミオの死(仮死状態)なのを知るシーンに入った。

 今のところ北沢さんが言っていた内容変更だと思われるようなシーン一度もなかった。と…なるとこの後の展開が通常のロミジュリとは異なるifストーリーという事になるんだろう……

「あぁ、ロミオ。ようやくあなたに再び会えたのに……こんな……」

「……」

 泣きじゃくるように語るジュリエットと、安らかに目を閉じているロミオ。

 本来ならここでロミオが仮死状態だというのを知らず先に自死してしまうんだけど……

「! そう来たか……」

するとジュリエットはさっきまで激しく泣いていたからか、気絶するかのように眠ってしまった。

 そこでステージの照明が落ちて暗転。照明が付くとさっきの二人が変わらずそこに横たわっていた。そして……

「う…うん……」

 ロミオがピクリと指を動かし始め、次第にその体をゆっくり起き上がらせる。

「もう24時間が立ったのか・・・・・・ん? は!? ジュリエット!」

そのすぐに寝そべっていたジュリエットに気づいたロミオは彼女をすぐに抱きかかえ、必死に声をかけ続けた。

「ジュリエット! ジュリエット!」

 この時のロミオ酷く焦った表情を見せていた。それもそのはず。ロミオから見れば大した外傷もなく、しかし意識がないように見えた恋人がいたのなら誰でもこのくらいテンパるだろう。

「うん・・・う~ん?」

 ロミオからの必死の呼びかけでようやく目を覚ましたジュリエット。

「あぁ! 良かった! ロミオ。私てっきりあなたが死んでしまったと思って……」

「僕がこんなところで死ぬもんか。それはそうとなぜ、気絶していたんだい?」

「あぁ……そのことだけどあなたの後を追おうと思って自決しようと思ってそしたら泣き疲れちゃって……」

「そうだったのか……なんにせよ、君とこうして会えてよかった。ジュリエット」

「私もよ。ロミオ。さぁどこか遠い場所でゆっくり暮らしましょう?」

「あぁ。そうだね」

 ジュリエットから差し出された手を手に取って起き上がる二人。『ロミオとジュリエット』は終わり、演劇は幕を閉じた。



「良かったね。ロミオとジュリエット。まさか最後のシーンを変更するなんて思わなかったよ」

「そうだね。本来のロミジュリがバッドエンドなら、二組のはいわゆるハッピーエンドだったな」

「その通り!」

「絵里香?!」

 ステージ前の席で互いに感想を語り合っていると、どこからともなく北沢さんが現れた。それもジュリエットの衣装のままで。

「やっぱりハッピーエンドしか勝たん! ってね。」

「そ、そうなんだ……」

「とはいえね、その方向性に行くのに結構時間かかってさ~」

「そうなの? 結果的に好評だったし、良かったんじゃ?」

「まぁそうなんだけどね。最初は原作通りの結末派と私みたいに原作改変してまで、やりたい派で分かれてさ~」

「それは苦労したね……」

「絵里香~こっち手伝って~!」

「は~い! それじゃ二人ともまた今度ね~」

「うん。また後で」

 そう言って北沢さんはクラスメイトに呼ばれてステージ裏に戻っていった。



「う~ん……どれも楽しそうだけど悩むな~」

「けど時間はあるからゆっくり見て回ろうよ」

「それもそうだね」

 と言いつつ楽しそうにいろんなクラスの中を吟味している美結。

 そんな中、隼人はあることをずっと考え続けていた。

 それは美結のことだ。さっきの恋愛を題材としたストーリーを見ていて、夏休みに美結、英二、絵里香の四人で遊んだプールの日の最後に絵里香に言われたあの言葉を思い出してた。


『いや〜最近ある相談を受けてね。その人の話を聞く限り君に気があると思うんだよね……』

『その人…? いったい誰?』

『美結からだよ。だいぶ前にはなるけどね』

 それこそあの時はまだ半信半疑の気持ちだったからこそ、動揺することも、浮かれることも無かった。

 けれど二学期に入ってから少しだけ、気持ちが揺れ動く時があった。それは二学期が始まって数週間後の帰り道。

「中村君は私のメイド服見たいの?」

 いつも性格控えめな彼女からあんな言葉が出てくるなんて……あれ以降、積極的な行動はなかったものの、今の僕から見れば『少しは気があるのではと』無粋な考え方をしてしまう……

「どうしたの? 中村君。ぼーっとして」

「ああ、いや、何でもないよ」

 仮に、もし本当に向こうがそうだとしたらこっちはどうなんだろう……今も抱いてるのは彼女の笑顔がまた見たいというそれだけの気持ち。

 けどこれは恋と違った感情なんだと思う。いずれこの気持ちには名前を。答えをつけよう。



「今度はここ入ってみようよ!」

そう言って彼女が指さしたのは生徒会が担当している僕らの通う汐華高校の歴史について書かれた展示室といった感じだ。

「へぇ~ちょっと面白そう……」

「そうでしょ? さっきも目に入ってて少し気になってたんだよね」

 確かに言われてみればストラックアウトの時も体育館に向かう途中に見つけたような……

「やっほー久しぶり」

「ん? だ…れ・・・・・・」

 突然の声掛けに僕も美結もびくりと体を震わせる。声の方へ体を振り返って見てみるも見覚えのない人だった。

 誰だろう……制服が違うから他校の人?

「あ、梓澤さん……」

 しかし、美結は彼女と面識があるのか普通の知り合いに取るような反応ではなく、酷く怯えた様子だった。

「やっほ~加藤さ~ん。なんか家の近くで文化祭がやってると思ったらなんとびっくり。中学以来だね~」

「知り合いなの? 美結」

「う、うん。この人は……梓澤さんは中学の頃の知り合い……なんだよね」

 そうは言うものの。今も彼女は顔色も悪いようにも見えるし、ただの知り合いって感じじゃなさそうだ。

「はぁ……そんなに怯えなくてもいいのにさ〜あの時の事はさ。もう水に流そうよ〜」

「……んっ!」

 そう言いながら言い寄ろうとして近づく梓澤さんに美結は何も言わずどこへ走り去っていってしまった。

「美結……」

 それでも僕は今の彼女をそのままにはできず必死に後を追うことにした。

 





 


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