第25話 メイド服は至高……!

「さてと……湿っぽい話はここまで! 作るの再開しよう!」

 ついさっきまで五十嵐さんと長々と話をしていたので気づけばもう三十分ぐらい経っていた。

 一応まだ終礼は終わってないので鐘が鳴ったら一度手を止めて戻らないと。

 けど作業の進行度次第では最後までやりきりたい……まだ時間があるとはいえせいぜい一週間程度。

「えっと、どこまでやったっけ……」

「確かスカートの部分……だっけ?」

「あ〜そうそう! 丁度ミシンで縫おうとしたところで作業中断したんだった」

「あともう少しのところで止めちゃったんだ……ごめん」

「ううん。別にいいよ。なんだかんだぶっ通しでやってたから気分転換にもなったよ。ありがとうね」

 そう言って五十嵐さんはニカっと屈託のない笑顔を見せた。

「後はスカートの部分を縫ってサイズ調整して終わりかな」

 それから私達は自分がいずれ着ることになるメイド服作りに手を加えることにした。

「あともう少し……あともう少し……!」

 完成間近ということもあってか、その時から五十嵐さんの目は誰よりも輝きに満ちていた。

 ふふっ……五十嵐さん本当に楽しそう……

 一から作ると知った時はそもそも間に合うかどうかすら不安だった。

 けれど、五十嵐さんが頼っているその裁縫部の人の指導のおかげもあって、その不安もただ杞憂として過ぎ、ここまでスムーズに作業は進んだ。

 たまにミシンが故障してしまった時は肝を冷やした。けどあとから聞いた話、それは単に五十嵐さんが機械全般の操作が苦手だから故障してしまったとか。

 そんな五十嵐さんもミシンの操作も滞りなく出来ていてすぐ近くで見てた私から見るとその成長ぶりに感慨深い何かを感じた。



「か、完成だ〜! 美結は?」

「うん。私もいい感じに出来たかな……」

「じゃあさ、早速着てみようよ! 今!」

「今って……ここで着替えるの!?」

 やりたいことが出来るときのこの反応。益々、絵理香の面影を彷彿とさせるものがある。実は血の繋がった姉妹だったりして……

「そりゃそうでしょ。他に着替えるところある?」

「ない……とは思うけど。でも……」

 せめて窓がないところとかさ……トイレとか。

「大丈夫、大丈夫! どうせ誰も入ってこないって!」

「そうかな……」

「そうだよ! それに、中村君に見せたいんでしょ?」

「……っ! そのいい方はずるい……」

 確かに五十嵐さんの言う通りメイド服を着るのは単純に私自身が着たいと思っていたのもある。

 けれどそれ以上に中村君が見たいって言った言葉をそのまま信じて見せたい、見てほしいと想っているからだ。

「……分かった。着てみる」

「本当? じゃあ私もそこらへんで着替えて……」

 同性同士だけど私は不思議なことにこの状況に少し、恥ずかしいような気持ちになって五十嵐さんを視界から外した。

 姿は見えないかわりに今度は布が布を擦れる音がきこえてくる。

 五十嵐さんには羞恥心はないのかな……とっ、私も着ないと……

「ふぅ……結構大きいかも……」

 私が着ようと思っていたメイド服にも幾つか種類がある。

 まず足元までしっかり隠すような長いスカートが特徴のヴィクトリアンメイド。メイド長みたいな偉い人が着てそうなイメージがあるエドワーディアンメイド。

 他にも調べてみたらなんとまだ二十三種類ものメイド服が存在する。

 ちなみに私が今回作って着ることになるのはクラシカルメイド。王道的かつ、それでいて可愛さも兼ねているのでひと目見た時にはもう一目惚れだった。



「加藤さん。着替え終わった?」

「う、うん……そっちは?」

 後ろから五十嵐さんの声掛けが掛かったところで着替えがちょうどひと段落する。あとはカチューシャをつけるだけ。

「こっちも終わったよ。じゃあいちにのさんで振り向こう」

「それじゃあ……いっせ〜のーせ!」

 五十嵐さんの掛け声と同時にお互い振り返る。

「五十嵐さん……綺麗……」

 まず最初に頭の中に出てきたのは『可愛い』というよりは『綺麗』という少し意外なものだった。

 そもそも五十嵐さん自身が顔もスタイルも整っていてThe・美形女子といった表現がピッタリ。

 それに加えて今五十嵐さんが来ているのは和風メイド。活発だけど落ち着いた雰囲気の五十嵐さんにはぴったりだった。

「そ、そうかな……えへへ。普通メイドって聞くと加藤さんみたいなのを想像するけど私はこういうのが好きかな……」

 そう言いながら彼女の青い瞳が揺らぐ。

「そうなんだ……けど五十嵐さんのも、とっても似合ってるよ!」

 何よりこのメイド服を着るために用意したであろう簪も見事に馴染んでいる。 

「えへへ、ありがとう! ……ねえこのまま中村君に見せに行こうよ!」

「え…ど、どうしてそこで中村君が出てくるの?」

 まだクラスのみんなに見せるならまだしも……確かに中村君に見せたい、とは思ってはいたけど。流石にまだ心の準備が……

「え~特に深い意味はないよ?」

 そう言いながらいじらしく笑う五十嵐さん。

「本当に……?」

 正直言うと、見せに行きたいのが本音、けどこの被服室から私たちの教室まで結構距離がある。その間他の人や先生に出くわすかも……

 それを考えると今日は諦めて、また別の日にでも……

「あれ、着替えちゃうの? 美結」

「うん。見てほしい気持ちもあるけど、このまま教室まで行くのちょっと恥ずかしいし……」

「そっか……」

 そう話しながら着ていた服を脱ごうとしたその時。

「五十嵐さん、美結、そろそろ終礼はじまるから――」

 突然、目の前のドアがガラガラと音を立てながらゆっくり開く。

「え…へ……中村、君……?」

「え……な、なんで服を脱いで……」

 そこで会話を遮るように五十嵐さんが壊れそうなぐらいの勢いよく強く閉めた。



*

「二人は確か、被服室にいるって言ってたな……」

内装作りもひと段落ついたので,僕は教室を出て被服室に向かった。まだ作業をしている二人の様子を確認したかったからだ。

 「飾り自体はいい感じに進んではいるけど、文化祭当日までは授業の邪魔になるからそんなに置けないから、進めれないのがネックだな……」

 階段を登りきったところで、被服室に到着した。すると、ドア越しから二人の話し声が漏れていた。

『ど、どうしてそこで中村君がでてくるの?』

 ん……? 僕のことを話してる?

 とはいえ、二人の進捗確認もしたいしとりあえず中に入ろう。

「五十嵐さん、美結、そろそろ終礼始まるから――」

「え…へ……中村君、君……?」

 ドアを開けてまずそこに見えたのは、作成していたメイド服を脱ぎ途中の美結だった。若干、下着もちょっとだけ見えていた。

「な、なんで服を脱いで……っ!?」

 突然凄い音と勢いで被服室のドアを閉められてそのまま、一緒に五十嵐さんも廊下に出てきた。

「……あはは……見ちゃった?」

「えっと……本当っにごめん!」

 すぐに謝らねばと僕は体を綺麗に90度に曲げ、謝罪する。

「う〜ん……どっちかって言うとそれは私じゃなくて、美結に言った方が良いと思うけどなぁ……」

「あっ……それもそっか。というかなんで着替えてたの?」

「あ〜それはね……」



* *

 すぐにドアを五十嵐に閉めてくれたとはいえ、美結は今、悶々とした気持ちを抱えていた。

 中村君が来て一瞬だけ、ちょっとだけ、見られちゃった……は、恥ずかしい……

「どうしよう……今まで以上に気まずいよ……ドアを閉めなかった私が悪いんだけど……」

 こういう事は中村君と始めて会った日に寝起きの、それも制服が乱れてるところを、目撃された時以来かな……

 そんな思い出にフケていると、ドアからノックの音が。

『美結……さっきは本当にごめん。えっと…入っても大丈夫?』

「う、うん……もう着替え終わったから大丈夫……」

 大丈夫とは言ったけど今は、中村君の顔すらまともに見れない気がする……いくら、あれが事故だったとはいえ……。

「……入るね」

 それから恐る恐るゆっくりとドアが開く。そして、五十嵐さんと中村君が入ってきた。

「美結、一応、事情はこっで説明しておいたからね」

「ありがとう。五十嵐さん」

 それでも今の中村君は目は常に泳いでいて、動揺しているのが見てとれた。

「えっと……一応、もうすぐ終礼始まるからそれを伝えに来たのと、作業の進捗確認をと思ったけど……もう完成したってことでいいのかな?」

「う、うん……何とかね……あとはサイズ調整だけかな」

「そっか……順調そうでよかった……」

「……」

「まぁとりあえず、どうかな? 私と美結のメイド姿は?」

 それからの沈黙を破るように、五十嵐さんが感想を中村君に求めた。せっかく中村君が来てくれたんだ、感想は聞いてみたい。

「どうって……うーんと五十嵐さんのはなんていうか、イメージに合っていて似合ってると思うよ」

「えへへ、ありがとう! それで美結のほうは?」

 五十嵐さんへの評価は終わり今度はこっちに向き直る中村くん。

「えっと……美結のほうは、その……実際に着ているのを見たことないから、なんとも……」

 よく考えれば、ほぼ着替え途中のところを見られたのを思い出してまた顔全体が熱くなるの感じた。

「あ、そ…そうだよね。それじゃあお披露目は本番当日ということで!」

「う、うん。それじゃあとりあえず教室に戻ろう。二人とも」

「そうだね。わたしはここで着替えてから戻るから、先に戻ってていいよ~」

「わかった。じゃあ先に戻ろう美結」

 きがえる五十嵐さんを置いて私と中村君は教室へ。



 その戻る途中のこと。教室までの道すがら、私たち特に話すことも無く歩いていた。普段なら何か話題を振ったりするのだが、今はそんな気分にはなれなかった。

「美結。さっきは本当にごめんね?」

「まだ気にしてるの? あれは事故だったからしょうがないって」

 それに今は、どちらかというとせっかく完成したメイド服を見せられなかったほうが割とショックだった。

「とはいえ……美結のメイド服。楽しみにしてる」

「え? あ、ありがとう……」

 突然、そんなこと言われたら反応に困っちゃうよ……でも

「そっか。なら楽しみに待っててね!」

 『楽しみにしてる』この一言で私の中にあった悶々とした気持ちも、気まずさも全てが吹き飛んで気持ちは楽になった。

……私って意外と単純なのかな……?

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