第23話 初バイトは誰でも緊張気味。

 午前のバイトが終わって更衣室に入る。

 ロッカーから前もって朝に作った弁当とスマホを取り出し、部屋の奥に一つだけぽつんと置かれたソファに腰掛ける。  

「ふぅ……思ったより接客って覚えればなんてことないのかも……お客さんも皆優しかったし」

 これなら卒業までここでバイトは続けていけそうだ。なんだかんだで続けてれば多分、役に立つ気がするしね。

 今や隼人の心中に残っていた不安や緊張といった感情はほぼ払拭されて期待で胸が埋め尽くされていた。

「っと……いけない……僕っていつも今みたいな順調な時ほど慢心しやすいんだよね……」 

 そんなこともあって中学もテストとかで何度痛い目を見たことか……

 独り言を呟きながら弁当箱のおかずを口に入れだす。

「とりあえず! お弁当食べて落ち着いて。このあとのバイトも頑張っていこう」   

 そう意気込んで弁当のご飯を書き込んだ。



そして、午後のバイト。

 午後は午前と比べると更に客足は減っているものの、それでもある程度の頻度でお客さんが訪れる。

「いらっしゃいませ〜」

 その都度、機械の文言のように口からその言葉を出していた。

「ふぅ……」

 そしてお客さんが来ている人の分捌き切って最後のお客さんのテーブルを拭いている時のこと。

「どう? あれから学校の文化祭は」

「どうって……あぁ〜順調ですよ。今の所は」

「そっかそっか。順調なのは何よりだね」

 使った皿の洗い物も終わって既に暇そうな店長さんはこちらを見ながら話しかける。

「今週だって準備に必要な材料とかを買いに行ったりして本格的に文化祭って感じがしますね〜」

 特に衣装作りチームなんて最初の頃よりも遥かに熱が上がっている。

 やる気があるのは十分だけど無理をしないか少しだけ不安だ。

「ふむふむ……聞いてると増々見に行って見たくなるね……」

 と顎に手を置いて興味津々目を光らせる店長さん。

「中村君のところの文化祭って一般の人は参加できるの?」

「確か…出来たと思いますよ? 僕も学校見学会の時に行きましたし」

 確か何度目か行った見学会。文化祭の様子を見に行かないかと親に聞かれた時は内心、『ちょっと炊け面倒くさい』と思ったけれど今思えば行ってよかったと思っている。

 普通の学校見学よりはその校風もより感じ取れたし、何より様々な屋台も出回っていて初めて食べたクレープは今でも懐かしいと思える。

 今では自分が企画する側になるとは……少し感慨深いものが来る。

「なら……行ってみようかな。中村君が言っていたコスプレ喫茶も気になるし……ね」

「あはは……いうほどコスプレって感じじゃないと思いますけどね……」

「それに……」

「それに……?」

「そういうイベントを見て若かりし頃を思い出したい!」

「あぁ〜そういう……」

 店長さんも僕みたいに昔の思い出には結構浸りたくなる感じの人なんだろうなぁ……。

 


 そこでふと店内の壁に立てかけた時計に目をやると短い針が三を指していた。もう気づけばおやつタイムのような時間帯。

「……あっ、いらっしゃいませ……」

 そこで来店のベルがなったのですぐに入り口へ向かい、いつもの挨拶をすると眼前に立っていたのは以外な人物だった。

「あれ、中村君……?」 

「朝倉……?」 

 そう。僕のクラスの学級委員であり五十嵐さんと同じように陽のオーラを放つ優しい人。朝倉実がいた。

「おや、知り合いかい?」

 店長がカウンターから顔だけをひょっこり出してくる。

「あっ、はい。クラスメートです」

「そっか。まぁ接客はしっかりね」

 そう言って店長はカウンターの奥に戻った。

「……」

「……」

 いや、何故こんなタイミングで沈黙が生まれてしまうのか。そもそもこれまで接点すらなかったので話そうにも何も話せないままだ。

「と、とりあえず……カウンター席へどうぞ」

「う、うん……」

 それからもいつも通りの接客をするも少し普段とは違ってぎこちない感じになっているのが自分でも分かった。

 お冷とメニューをテーブルにおいてひとまずカウンター奥に戻る。

「……中村君。バイトしてたんだね。それもこんなに学校から近くの場所で」

 先に口を開いたのは朝倉だった。朝倉はメニュー表とにらめっこしながらそう言う。

「まぁ…ね。単純にここの珈琲とかサンドイッチが美味しくてでもお金が無いからここで……」

「へぇ〜ここって珈琲とサンドイッチが美味しんだ」

「うん。僕は少なくともここに来たときは必ずまその2つは食べてるかな」

 それにここのサンドイッチ、量もそうだけど具材が何より豊富なのが魅力的だ。

 ツナサンド、カツサンド、フルーツサンドのような王道系から始まり、卵を使った珍しい系のようなサンドイッチもメニューに表記されている。

「じゃあフルーツサンドとホットの珈琲を一つお願いします」

「はい。かしこまりました。」



「ちなみに朝倉はどうしたの? 今日、なにか学校に用事でもあったの?」

 店長が傍らでサンドイッチと珈琲を用意する間に聞きたかった疑問を彼に投げる。

「まぁそんな感じかな。文学部の部活動があってさ、部活帰りに寄ってみたって感じ」

「へぇ……文学部ねぇ……」

 存在自体は認知していたけれど名前からしてそういう文学、つまり小説を書いたりする部活なんだろうか……

「その感じ……さては気になる? どんな部活なのか」

「……まぁ、ちょっとだけ」

「あははっ! 正直だね。そうだね〜僕が入っている文学部はまぁ、いわゆる文章に触れるところで」

「短い小説、いわゆる短編を書いたり、後は詞を書いたりね」

「へぇ……名前通りって感じだね」

「ははっ、まぁそうだね。けど楽しいよ。その反面内容考えるのに糖分使うから疲れるけどね……」

「お待たせしました。フルーツサンドと、ホットの珈琲です」

 店長が手渡したそのフルーツは中にクリーム、イチゴ、キウイ、パイナップルとカラフルなフルーツがたっぷり入っていた。

「おっ、きた来た! いただきます」

 そしてそのフルーツサンドに食らいつく朝倉。

 正直食べてみたいぐらい美味しそう……今度来たときに注文しよう……


「美味しかったです。店長さん」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

 それからも美味しそうに食べる朝倉を見つつも食欲に負けずにバイトを続行。

 そして今日のバイトはもうすぐ、終わろうとしていた。

「ふぅ……つ、疲れた……」

 厳密にはまだ終わってはいないので、気は抜けないが、初めてのフル出勤というのもあって思ったより疲労感が積もっていた。

「お疲れ様。今日は上がって大丈夫だよ」

「え、いいんですか? まだあと三十分あります」

「いいのいいの。初めてだけどしっかり頑張ってくれたしね」

「……! そうですか。ではお言葉に甘えて」

 そのまま更衣室へ入りぱぱっと着替えてすぐに帰路につく。その道中、ある花屋が目に入る。

「花……」

 花って買うものによっては結構な値段したりするような……

「なんとなく親に花を買ってみようかな。感謝の気持ちがてら」

「すいません。カーネーション一本ください」

 こうして初バイトは特にこれといった大ミスも無く、おまけに気まぐれで花を買ってみたりと疲れたけれど良い一日を過ごせたと思えた。

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