第22話 中村のバイト一日録
十月十九日。土曜日。『cafe、Sugar』にて。
「おはようございます!」
「おはよう。中村君。思ったより早いね」
「はい。なにせ今日から夕方まで働かせていただくので時間はしっかり守らないと……と思いまして」
「あはは。真面目だね。まぁとはいえ、まだオープンまではまだ一時間も余裕があるからとりあえず着替えておいで」
「はい」
カウンター席から奥の更衣室に入り、荷物を降ろす。
今日からが本格的にこのお店でのバイトが始まり、初のアルバイトというのもあって僕の心情はドキドキ六割、不安四割といった感じだ。
「とはいえ。斉藤さんも優しい人だし、まずはしっかり仕事を覚えないとな……」
そう意気込んで用意されている制服に袖を通す。
着替え途中にドア越しにコンコンとノックの音が響く。
『中村君。開店までまだ時間もあるし一杯、珈琲飲むかい?』
「あっ…お言葉に甘えて、是非!」
『オッケー。淹れておくから着替えたらおいで』
「はい」
制服の第一ボタンまで締めて、立ち鏡の前に立ち違和感が有無の確認をして店内に戻る。
「お待たせしました……」
「おっ……うん。やっぱり似合ってるね。中村君」
「ありがとうございます。店長」
「珈琲はカウンターに置いてあるからどうぞ」
カウンターの一席に置かれた珈琲から湯気が出ている。ついさっき淹れたばかりといった感じだな。
「では…いただきます」
まだ開店前ということでこのお店で流しているお洒落な音楽は流れておらず、カップを持ち上げる音だけが店内に響き渡る。
「ふぅ……やっぱりここの珈琲は美味しいですね」
「ありがとう。今や中村君みたいに直接味の感想を言ってくれる人も少ないからね」
「そうなんですね……まぁ、そういったことを店の人に言うのって勇気入りますもんね」
それを言うのは勇気がいるとは思う。
しかし、僕は美味しいと思ったら家でも、お店でも言うのを心掛けている。なので、それほど緊張はしない。
「ええ。なのでそういった雰囲気も作って見ようと最近そういった音楽を探してて……」
「……ちなみにこのお店で流している音楽って一体、何処から……」
「ユーチューブからですよ。」
「え、あ、そう…なんですか」
意外だった……なんというかこのカフェはどこか昭和チックというか、レトロな雰囲気が店全体から伝わってくるから音楽の昔ながらのレコードでも流してるのかと思っていた。とはいえ。ユーチューブか……
「まぁ単純な話。ユーチューブの方が音楽探しが楽なのでこうしてるだけなんですけどね〜」
「あはは……」
斉藤さんってなんというか……いい意味で中途半端というか、それでも親しみやすい距離感みたいなのを感じる。この人の親しみやすさもここでバイトをしたいと思った理由の一つだ。
それからも談笑を交えつつ、珈琲を楽しむこと大体三十分程。
「さて……そろそろ開店時間だね」
「そうですね。午前十時」
今までは学校終わりにしか訪れた事はなかったが、今日は初めて開店時間に店内に入っている。
「……もしかして緊張してる?」
「えぇ、まぁ…はい。なにせ初めてのアルバイトですし」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。君も来たことあるから知ってるとは思うけどここを訪れるのはほとんどが中村君みたいな若い子が多いから」
「確かにそうですね……来たときも何人かは僕と同い年ぐらい人がいましたね……」
確かに斉藤さんの言う通りかも。けれどそれは平日の話。土日の場合どうなるんだろうか……
そうして入り口からお客様が来店すること知らせるチャリンというベルが鳴る。
「お、噂をすれば……ほら、中村君。教えた通りに。」
「あっ…はい!」
カウンター奥から飛び出し、お客さんのところに駆け寄って一言。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「はい。お一人です」
そう答えてくれた本日来店してくれた初のお客さんは結構年を重ねてると思われるおじいさん。
「ではこちらのカウンター席へどうぞ」
スッと手を伸ばしカウンター席へ案内する。
接客、案内する、後は……
ひと通り、店長から教えてもらった手順に沿って対応の手順を頭の中で回想する。
「お冷と、こちらがメニューになります。それではごゆっくり」
店長からの教えられた手順を慌てることなく一つ一つしっかりこなしていく。後は注文を待つだけ。
一区切りついたところでって一度店長がいるカウンターの方へ戻っていく。
「中村君。バッチリだよ。この調子でこれからもよろしくね」
「はい。頑張ります」
「あの〜注文いいですか?」
「あっ、はい。承ります」
「え〜とこのツナサンドと珈琲を一つお願いします」
「はい。珈琲とツナサンドがお一つ。ですね」
注文を受けて店長の方へ伝票を手渡し、その注文通り店長は食事を作り始める。
この間僕は特にやれそうなことがないのでボーッと立っていた。
「あっ、中村君。珈琲はまだ淹れられるから出しとして」
「わかりました」
言われたように僕はカップ、ティーカップ皿を取り出し黙々と準備をする。
「斉藤さん……この子はバイトの子かい?」
「ええ。つい最近、雇いまして」
「ほっほっ。そうかい。これで音楽だけの店内が賑やかになるのう……」
珈琲を入れている間、店内とそのお客さんは親しい間柄なのか、あるいは昔からの常連なのか仲良さげに話していた。
「お待たせしました。珈琲です」
完成した珈琲をトレイに乗せて運び差し出す。
「おぉ。ありがとう。まぁここはゆったりと働けるだろうから頑張りな」
「はい!」
「お待たせしました。ツナサンドです」
それにしても、こういったおじいさんも常連としてここに食べに来るのを考えると、思ったよりこのお店の客層は結構幅広いのかも……?
さらにドアベルが鳴り響く。今度は子連れの親子だ。
この近くには複数の住宅街があるのでそこに住んでいる人たちも贔屓にしているんだろう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「2名です」
「それでは、テーブル席へどうぞ〜」
それからというもの、忙しすぎず、けれどそれなりにお客さんは来店してくれて午前中だけでも十人以上の接客に明け暮れていた。
そして客入りが落ち着いてきたところで。
「中村君。もうお昼時だから休憩入っていいよ」
「は〜い。休憩入ります」
そうして僕は少しの積もった疲労感と一緒に更衣室に入った。
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