第4話 テストと勉強会

* *

 そして、放課後になり教室はまだ喧騒に包まれていた。

 その中にはいやいや言いながらも、勉強の姿勢を見せる生徒も何人か見えた。

 ――なぁこのあとどうする?

 ――流石に勉強するか〜夏休みまで学校に行くのは勘弁

 僕たちはというと、北沢さんと合流のために教室で待っていた。

 しばらくして、北沢さんが人懐っこい犬のような表情を浮かべて教室に入ってくる。

「美結、来たよ〜!」

「待ちくたびれたよ。絵里香」

「ごめんごめん。先生の話が長くってね〜ついさっき終わってダッシュでここまで来た!」

「確か絵里香のクラスの担任って確か松本先生だっけ?」

「そうだよ〜あの先生の話の長さときたら、もうこの学年の生徒の共通認識だからね……」

「あはは……違いないね。」

「あはは、だね〜」

 僕は二人の会話のやり取りを横目に、集合場所を英二に伝えていた。  

 「そうだ、北沢さん。英二もこのあとの勉強会参加したいって言ってるけどいいよね?」

「もちろんオッケーだよ!勉強も複数でやったほうがまだ楽しいものだし!」


 

 変わらず世間話などで時間を潰していると北沢さんからある質問を投げかけられた。

「そうだ!ところで二人っていつから仲良くなったの? 幼なじみの私としてはこんなに仲良いのはすごく気になるんだよね〜」

「いつって聞かれてもまだ関わって三ヶ月ぐらいだよ」

 三ヶ月とはいえど、この三ヶ月の間で加藤さんとの間にいろんなことがあって半年はもう過ごした気でいた。

「うん。あの時は保健室でバッタリ会ってからはメッセージや電話でもけっこうやり取りするようになったもんね。」

「けどびっくり。まだそれぐらいしか経ってないんだね」

 美結はいつもよりちょっと嬉しそうにこれまでの出来事を振り返っている。

「へぇ〜……三ヶ月にしてはか〜なり仲良さげに見えるけどな〜?」

「そ、れ、に」

 不意に北沢さんが僕のすぐ近くまで顔を近づけて、それでいて加藤さんには聞こえない声量で。

「幼なじみの私でもあんなに可愛い笑顔は初めて見たな〜そんな君が羨ましい……! それに最近の美結は昔に比べてよく笑うようになったんだよ?」 

「び、びっくりした……!急に顔近づけないでよ北沢さん」

「う〜ん、もしかしてドキッとしちゃった?それはごめ〜ん♪」

「もう中村くんをからかわないの!困ってるでしょ」

  加藤さんが後ろからすかさず強めにチョップする。

「いっ〜た!」

 北沢さんは少し涙目になりながら距離をとる。

「いや〜そこまで困らせる気はなかったけど、ごめんね?」

「いや構わないけどできればそういったことはやめてほしいよ……」

 女子に物理的に距離を詰められるのは流石にドキッとした。


 

 十分後、とてもしんどそうな顔をした英二が教室に入ってきた。

「どうしたの?死んだ魚みたいな目してるけど」

「元からだ。途中職員室寄ってたから遅れた」

 英二はいつも不機嫌そうには見えても、見た目に反して意外と、学校での生活態度はいいので頼み事をされることがザラにあるらしい。

 おそらく、今日の遅れた理由もそれ関連だろう。

「お、ようやく佐藤くんも来たね! それじゃあ早速近くのファミレスに行こう〜!」

 北沢さんが僕たちを手招きしながら歩いていく。



「ねぇ、中村くん……」

「どうしたの?」

「その……さっき絵里香から何言われたの?何か耳元で言われてなかった?」

 加藤さんが言っているのはついさっき、北沢さんにからかわれた時に言われた事だろう。正直に言っても特に問題はない気がするが、彼女が恥ずかしがる気がするので、僕は違う事を言ってごまかすことにした。

「あ、え〜っと……テスト、テストのことだよ!後で苦手な所教えてねって言われてさ」

「そうだったんだ……」

 そう言うと加藤さんはそっと胸を撫で下ろした。

僕たちは学校を出て徒歩五分で着くファミレスに入った。


 

 僕と英二は窓側に、加藤さんたちは通路側に座って注文を済ませた。 

 「とりあえず軽く飲み物でも飲みながら、雑談してから勉強始めよ〜」

「賛成〜俺ももうすこし休憩してから勉強したいし」

 隣に北沢さんが座っているのに、それでもお構いなしに英二はぐったりした体勢でスマホをいじっていた。

「そうだ! この際いい機会だから、この四人でグループチャット作ろうよ! 作っといて損はないよ!」

「いいねそれ! 私そういう事をするの憧れてた。男女四人で何かする感じのやつ」

 加藤さんの目は普段よりいつにも増して輝いていた。

 加藤さんがスマホを出すのに続き、僕と英二もスマホを取り出す。

「ありがとうみんな〜!これでもっと毎日の楽しみが増えた!」

「楽しみ?」

「うん。私、人と話すの大好きなんだ!だから毎日いろんなクラスの人と話してたりするし、家でもけっこうな頻度で友達と電話してたりするよ!」

「へぇ……」

 まるで北沢さんは人懐っこい犬を擬人化したと言ったぐらいに彼女自身、人と積極的に関わっているようだ。

「寂しかったら電話してくれてもいいんだよ?」

 ウィンクしながら北沢さんはこちらを見る。

 それと同時に加藤さんの方からは冷たい視線も感じる。

 違うよ、僕は何もしてないはずなのに……


  

 (絵里香、なんかずるい……私だってよく中村くんと電話するもん……)

 けどそれだと私が中村くんを独占しちゃうことになっちゃうから、それは良くないよね……

 中村くんと絵里香のやり取りを横目に私はまだあまり話したことがない英二くんに声をかけてみる。

「ねぇ……佐藤くんっていつ頃中村くんと知り合ったの?」

「えっと……四月の頭ぐらいに普通にくどいぐらい話しかけられる事があって。それで……」

「それからあいつの方から絡んでくるようになってからは、たまに一緒に帰ったりするぐらいの仲にはなったな」 

「へぇ……」

(そういえばその頃の私はまだ、今ほど元気じゃなくて保健室にいたな……)

 ふとあの頃の未熟な自分を思い出す。

 あのとき中村くんに出会えたから学校生活頑張ろうと思えたけど。

 もし出会えずのままだったらと思うと……

「佐藤くん……」

「うん?どうした」

「私、中村くんと出会えてよかった……」

「……そういうことは本人に言えばいったほうがいいぞ」



 絵里香にからかわれながらもやり過ごしていると、みんなが軽食として頼んでいた料理が運ばれてきた。

「いただきま〜す!」

 それぞれ異なる料理を注文していた。僕はドリア、英二はパスタ、加藤さんと北沢さんはポテトを食べていた。

「ところでみんなは夏休みは何か予定はある?」

 みんなが食事に夢中になっている時に北沢さんが口を開き、質問を投げかる。

「僕は特にないかな……北沢さんは?」

「私は予定とかはいろいろと決めてるけど、今年はこの四人で何処かに行きたいね〜プールとか夏祭りとか」

「いいね私も夏祭りとか行きたい!」

 加藤さんが前のめりな姿勢で会話に食いつく。

「でしょ!楽しみでしょ!」

 二人はとても乗り気のようで、楽しそうに喋っている。

 正直僕も加藤さん達同様、楽しみだと思っている。けれどこれまではずっと一人で夏休みを過ごしていたので今年は違うということもあり、心の中では戸惑いも少しはあった。

「ごちそうさまでした。」

 僕たちが話をしている間に英二は黙々と食べていたようで、パスタが入っていた皿をすみにどかして参考書を開き、勉強を始めた。

「食うの、早いな」

「まぁな。そもそも勉強に来てるんだしさっさと食うに限る」

「はは、そうだなそろそろ勉強再開するかな」

 それから僕と英二だけ一足先に、勉強に取り組んでいた。

「あ、中村くんそこ違うよ?」

「え、どこ?」

「えっとね、ここの英文の訳が少しだけ。この文の最後に過去形の単語があるから……」

 ある程度さっきまで距離があったのに教える為に加藤さんは、数メートルほどの距離を一気に詰めてきて思いっきり肩が触れ合っている。 

「それで……?聞いてる?」

「うん、聞いてる、聞いてるよ!」 

 最近やたらと加藤さんからのアプローチが多くて嫌でも意識していたがこういう時は尚更、勉強に集中しろというのが難しい話というものだ。

 どこか違うところに目をそらそうとコップに手を伸ばすと、北沢さんはにやりとした顔をしながらこちらを見ていた。

「やっぱり……続きは家でやるよ。けっこう集中力切れてきてさ〜あはは……」

「それもそうだね。人の集中力ってそこまで長くないし」

 


 そして残りの二人が食事を終えるのを待ってから揃って店を出た。

 店を出てスマホで確認すると時刻は五時。

 それほどではないにせよ、辺りは少し暗くなっていた。

「暗いし流石に送ってくよ」

「いいの?ありがとう、それじゃあ絵里香と佐藤君とはここでさよならだね」

「うん。私はバスで帰るからここでお別れだねバイバ〜イ!」

「え、北沢さんもバスなの?俺もだけど……」

「そっか、なら一緒に帰ろう!一人で帰ってもつまらないし!」

「ということでまた明日ね〜!」

「うん。また明日」

 バス停で二人と別れて僕たちは駅へ歩き出す。


 

 レストランから駅までの距離は数十分歩くだけで比較的近い。それでも駅までの道の街灯は少なく、夜道に加藤さん一人で歩かせるのは不安だ。

「今日の四人でやった勉強会楽しかったね〜」

 加藤さんは楽しそうに目を細めて笑う。

「そうだね。僕もああいったことはほとんどしないから、新鮮で楽しかったよ。」

「この調子で北沢さんも赤点回避できればいいね。一人だけ補習っていうのはなんだか可哀想だし」

「残りの二週間で絵里香がどれくらい頑張ってくれるかどうかだね」

「きっと大丈夫だよ!北沢さん勉強の時はちゃんと集中してくれるから」

「うん……そうだよね」


 

そこからは特に会話することもなく駅に到着し、駅のホームのベンチに座り一息ついた。

「けっこう人多いね……」

「そうだね、この時間帯は特に帰る人も多いしね……」 

 時間帯が帰宅ラッシュと重なるため、スーツ姿の人や部活帰りの学生がほとんどだった。

「加藤さん、体調の方は大丈夫?」

「……? 平気だけど、どうしたの突然」

「あ、いや……人ごみを見て疲れる人もいるからさ、一応大丈夫かなって思って」

「そっか……心配してくれてありがとう。優しいね」

 加藤さんは頬を緩めて笑っていた。その笑顔がどこか幸せそうに見えた。

 そんなこんなで待っていた電車が到着。

 


 僕たちが乗った電車内は満員電車の一歩手前といった感じで、立つことはできても車内の座席は全て埋まっていた。

 (降りる駅までけっこうあるけどずっと立ちっぱなしはきついな……)

 足の疲れを紛らわす為にスマホを取り出した。それと同時に控えめな音量で通知音がなった。

『一つお願いというか話があるんだけどいい?』

 相手は加藤さんだった。車内ということもあって、直接喋るわけにも行かない為、チャットで会話をすることに。

 視線を加藤さんの方に向けると何故かスマホで顔を見えないように隠していた。かわりに赤くなった耳が長い髪から覗いていた。

 それだけで何を言おうとしてるのか大体、予想できた。

『いいけど、お願いって?』

『その、今年の夏休みはさっきの四人で何処かに遊びに行くでしょ?』

『そうだね。今のところ僕自身もそれ以外は予定もないし』

『そのことでなんだけど、四人でじゃなくて私と一緒に何処かに遊びに行かない?』

 まさかの加藤さんからのお誘いである。それも加藤さんと二人きりで。

 今まで17年間女の子と深い関わり持てなかった僕にとっては、この誘いはこれ以上ないほどに嬉しかった。

『もちろんいいよ。夏休み中はいつでも空いてるよ』

 送ったメッセージに既読はすぐについたものの反応がない……。

 少ししてからありがとうの文字が書かれた猫のスタンプが送られてきた。

 「次は〜〇〇、次は〜〇〇」

 自分の降りる駅名が聞こえてきたため、スマホをしまい加藤さんに軽く手を振って電車を降りた。


 

 * *

 さっきから頬や耳がずっと熱い……きっと夏の暑さのせいだ……けど体は車内の冷房で震えていた。

 さっき中村くんに出かけるお誘いをしたから……? それともさっきの駅のホームで心配してくれたから……?

 けれど体が暑いと感じても不快感という気持ちというより、幸福感に近い気持ちで胸が満たされている。

(絵里香に相談してみようかな……)

「絵里香。今いい?」

『どうしたの?』

 相談相手としていろんなことを気兼ねなく相談できる絵理香にした。

「聞いてほしいことがあるんだけど……大丈夫?」

『大丈夫!今隣に英二くんいるけど寝ちゃって暇だった!』

『いつまでも聞くよ。ゆっくりでいいから言ってごらん?』

「うん……ありがとう」

 私は簡潔に一緒に帰っている時の一部始終を絵里香に説明した。

『……聞いた話をまとめると、今自分の気持ちが何なのかよく分からない……と』

『うん……私よりいろんな人と関わっている絵里香なら何か分かるかなと思って』

『買いかぶりすぎたよ〜まぁ否定はしないけどね。けどまぁそれに似た相談は最近されたなぁ〜』

「本当?」

『うん。確かその時相談を受けた彼はその人の事を考えたり、一緒にいると体が熱くなる……いわゆる恋みたいな状態だったけど』

『けど美結の状態とは少し違うかもね〜』

『これは私の憶測だけど恋に近い気持ちなのかもね。美結にとって中村くんはどんな人?』

「私にとって中村くんはとても仲がいい男の子の友だち」

『そっかそっか。まぁきっと時間が経てば答えはわかるよ』

「ありがとう……絵里香。話を聞いてくれて」

『どういたしまして。いつでも話聞いてあげるよ』

 (恋に近い気持ち……けど私にとって中村くんはただの友だちのはず……)

 車内に私の降りる駅がアナウンスされていのにふと気づき、そのまま降りて夜空を見上げる。

 時間はまだ18時なのも相まってそこまで夜空に星は見えなかった。

 けれどそれ以上に小さな星々が米粒のように見えてしまうほどにその日の月は綺麗だったのを鮮明に覚えている。

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