第3話 テストと初対面
軽い足取りで学校へ向かう日々、今日も下駄箱で彼女の元気な声が耳に流れてきた。
「おはよう。中村君!」
保健室で起きた停電の一件からあの日以来、加藤さんから僕に向ける態度や距離感に小さな変化があった。
「おはよう。加藤さん。さっきからずっと笑顔だけど何かいいことでもあった?」
「特にないけど挨拶するときは笑顔を心がけてるんだ〜!それと中村くんに会った時は特に笑顔を意識してるよ!」
まず美結の喋り方が前より柔らかくなったことだ。
今までの美結は態度から見ても控えめそのものであり、大人しい女の子といった雰囲気だった。
だが今の美結はというと、積極的に話しかけてくる明るい女の子という感じだ。
「そうなんだ〜……けど僕以外にも先生とかにも笑顔で挨拶したほうが印象いいんじゃないかな?」
「それはもちろんわかってるよ。けど私は中村くんとはもっと仲良くなりたいの」
「そ、それって『友達』……としてだよね?」
「もちろん。『友達』としてだよ〜!」
そして何より距離感の変化だ。
最近の場合、下駄箱から教室までの移動中、横並びになるように歩くことで距離感の変化を実感した。
「だよね〜とりあえず教室行こう?」
「そうだね。行こう」
下駄箱から教室へと向かっている最中も美結とは拳一つ分しかないほどに近く、肩が触れそうで触れ合わないぐらいの距離のまま隣り合わせで教室へと歩く。
(ここまで距離が近いと変に勘違いしちゃな……)
ふと右手の小指の方に感触を感じて右手をちらりと見る。
いつの間にか彼女の手が僕の小指を赤ちゃんが向けてきた小指を握るように、優しく握られていた。
美結の手は細くて冷えている……始めて女の子の手を触れたけれど女性の殆どの手は細いものなのかな……だとすると、簡単に怪我しそうで不安だ。
そして、小指だけを握ってくるのを見るあたり、手でも握るのがこの場合の正解なのだろうか……とりあえずそう予想してゆっくり、手を握った。
「へ? え……!?」
すると加藤さん耳から顔まで顔が赤くなると慌てふためきながらも握られた手は離そうとはしなかった。
「あ、いや……小指だけずっと握られていたから手でも繋ぎたいのかと……勝手な勘違いしてごめん」
「あ、ううん。違うの、本当は手をつなぎたかったけどまさか本当に握ってくれるとは思わなくて……嬉しくて驚いただけ……」
「そ、そっか……」
「うん……」
……なんとなく手を繋いでみたけど自分が思っていた以上に恥ずかしい!!
かといって今更手を離すのも……
「とりあえずこのまま教室行こうか。加藤さん」
「え、うん……」
お互い恥ずかしや気まずさを胸に抱いたままそれぞれ教室についてから自分がどれほど恥ずかしい事をしていたか、振り返りしばらく悶々とした時間になったのは言うまでもない事だった。
そして6月も終わり、夏休み前に必ずあると言っていい期末テストがある7月が近づいていた。
♧
「ふぅ……そろそろ辞めるかな」
最近新しくゲームを買ったのでゲームに没頭してると目も疲れてきて、ゲームを中断。
カレンダーの方を見ればもう七月である。
7月といえば夏休みが目前となると聞こえがいい。
しかし、その前に期末テストがあると思うと、多くの人が頭を抱えるのが夏休み前の苦悩である。
「そろそろ本格的に勉強するかな……」
自分の部屋で独り言をつぶやきながら机に顔を向けて、ふと加藤さんが頭をよぎった。
「加藤さんも今頃勉強してるのかな……」
流石に時間も時間なので部屋の掛け時計も針は22時を指していた。
「勉強するのには中途半端な時間だな……そうだ!」
♡
「この漫画面白いな〜♪」
私は最近、中村君とアニメの話題で話していた中、オススメと言われたマンガをずっと読み老けていると近くのスマホから通知音が鳴り出す。
「あ、中村くんからだ」
「もしもし」
『もしもし。加藤さん今電話いいかな?』
「うん。漫画を読んでいたから、ちょうど暇だよ。どうしたの?」
「えっとね……そろそろ学校のテストが近いから一緒に勉強とかどうかな〜って思って」
「いいよ。私も友達と一緒に勉強っていうのしてみたかったの!」
『うん。それじゃ決まりだね、ちなみに苦手な教科とかある?』
「う〜ん……数学と日本史が苦手かな。それ以外は50点以上とれるよ!」
『そっか……ねぇ、せっかくだから他にも呼んでもいい?多ければ効率的に勉強できるし』
「うん。それでもいいよ!私も友達呼んで見るよ!」
『わかった。それじゃあ明日8時に学校の図書館で』
「うん。また明日学校で!」
『おやすみ。加藤さん』
「おやすみ!」
電話が終了してスマホの画面が真っ黒になったのを確認すると、ベッドに置いて仰向けになる。
「明日の勉強楽しみだな〜あ、絵里香にも連絡しとかないと。明日の勉強会楽しみだな〜」
♧
加藤さんとの電話を終えると早速、去年から仲良くなった友達である英二に電話をかける。
時間的に遅いけど、起きてるだろうか……
『……なんだ?もう寝ようとしたところなんだけど』
「ごめん。こんな時間に。明日八時に加藤さんと勉強するんだけどよかったら英二も図書室で勉強会しない?」
『え〜面倒くさい。寝る』
「そっか、八時から図書館で勉強してるから気が向いたら来てくれ」
『はいはい。気が向いたらな、おやすみ』
「うん。おやすみ」
英二は出てくれたけど明日来てくれるかどうかは、まだわからなさそうだ。何気に無理矢理誘ったし……
時間も時間なので、明日の準備をして布団に入った。
「ふと思ったけど女子に何かを誘うのってはじめてかも……明日が待ち遠しいや」
そして翌日の朝。僕は普段より早く学校へと向かっていた。
朝から友達とそれも女子と、一緒に勉強するという初めての経験に自分の心のざわめきは止まらない。
それもあってか学校へと向かう足取りは、いつもより軽やかなステップを踏んでいた。
「英二も来てくれればいいけどな〜」
軽やかな足取りで向かっていると僕のスマホから着信音が鳴った。
画面には『加藤美結』の名前が表情されていた。
「もしもし」
『もしもし。おはよう〜起きてるかどうか不安だったから電話しちゃったけど、今大丈夫そう?』
「大丈夫だよ。今は通学路の途中でもうすぐ学校に着くよ」
『そっか。私はもう学校が目の前だから先に友達と一緒に中に入ってるね』
「ありがとう。僕ももうすぐ着くから。それじゃ」
『うん。待ってるね』
電話が終えた画面を少し見つめた後に僕は、すぐにポケットにスマホをしまい、早歩きで学校へと向かった。
**
テスト勉強というのもあってうちの学校ではテスト期間に限って勉強したい人向けに図書室が開放されている。
「何人か勉強してるんだ……」
図書室の扉を音を立てないようゆっくり閉じ、カリカリとペンの音が響く中、加藤さんの後ろ姿とおそらく、加藤さんの友人と思われる人が隣り合わせに座っていた。
「おはよう。加藤さん」
「あ、来た。おはよう〜中村くん、とりあえず座っちゃって」
ひとまず彼女たちと対面になるニつのうち加藤さんの前になる椅子に腰を下ろす。
「えっと……それじゃあ軽く自己紹介をお願い。絵里香」
「オッケー。まずは初めてだね。私は北沢絵里香美結とは小学生の頃からの幼なじみで高校でまた会えた感じ!」
図書館の中なので声のボリュームはだいぶ控えめではあるものの、声色からいわゆる元気で人当たりがいい女子といったイメージだ。
そして何より親の遺伝なのか、ただ染めたのか分からないけれど彼女の金髪は人一倍目立っている。
さらに普段は髪で隠れているがピアスなどもつけているようでお洒落にも気を遣っているのが見て取れた。
「北沢さん。はじめまして。僕は中村隼人。加藤さんの友達です……自己紹介ってこれぐらいのこと言えばいいのかな?」
「うんうん。お互い自己紹介終わったし早速勉強始める?」
「う〜ん……できればもう少し中村君と親睦を深めたいなぁ。テストまでまだ三週間あるしせめて20分ぐらいはいいでしょ?美結」
「だめ。絵里香この前の中間試験で補習行ってたでしょ」
北沢さん意外と勉強は苦手なのか……得意そうに見えたけど……
「うっ……それを言われると反論の言葉も出ない……とりあえず中村君と親睦を深めるのはまたの機会に……」
そう言いながら二人はバッグの中から教科書やノートを取り出し始める。
「今度のテストはしっかり勉強やるよ。絵里香!」
「ひぃ……お手柔らかに」
北沢さんの顔がやや青ざめていた。
僕はそこまで勉強においては不安はないにせよ僕も彼女たち同様、気張っていこう。
「あははっ……」
二人のやり取りに思わず笑みが溢れる。
「どうしたの?中村くん」
「いや、今の加藤さんいつもの加藤さんとはけっこう違ってて新鮮だなぁって」
「そっ……か。私って中村くんの方だと少し接し方違うからそうかも。けどこういう態度取るのは絵里香だけなんだよ」
「そうなんだ……けど、もう少し今みたいな感じでクラスのみんなと喋れたらもっと友達増えると思うけどなぁ。今の加藤さんの方がとても接しやすくて好かれると思うけど」
「好かれるって……けど……私は中村くんだけで……」
何か言いたげに加藤さんは小さく口ごもらせて何かを小さく呟いている。
「け、けど私は人と喋るのが苦手だからまだ難しいかな……」
「そっか……けどその時は僕も手伝うよ!」
「ありがとう……その時は頼らせてもらうね、それはそれとして。そろそろ勉強始めよう!」
「そうだね」
* *
それから僕たちは黙々と勉強に取り組み、分からないところがあれば、互いに教えあって、集中力が切れてきたので少し休憩していた。
「ふぅ……けっこう勉強進んだね」
「そうだね〜二人のおかげで今回はなんとかギリ赤点を回避できそう〜!」
「あはは……それでもギリなんだ」
勉強中に分からないところを教えていた時は、とても真剣に聞いていたけれど、これはまだ幸先が不安になりそうだ。
「絵理香……」
加藤さんのほうを見てみると、北沢さんを呆れた顔で見ていた。
僕のスマホが鳴り始めた。おそらく通知の相手は英二か親くらいだろう。
「うん?」
通知の相手は英二からだった。
流石に図書室で電話をするわけには行かないため、席を立つ。
「ごめん。友達から電話来たから席外すね、二人は気にせず休憩してて」
「わかった〜」
「もしもし。ごめん今、図書室にいるからさ」
『いや、いいよそれよりまだ勉強やってるか?そっちに行こうと思ってるんだけど』
「問題ないよ。まだあと30分ぐらいあるし」
『そうか。急ぎ足で向かうわ』
「わかった。待ってるよ」
どうやら遅れるものの、来てくれるらしいので首を長くして待つとしよう。
「さっき電話で僕の友達も来るみたいだし、もう少し休憩してから、また勉強再開しよう」
「うん。」「オッケ〜」
それからぼくたちはもう十分ほど休憩をしていると程なくして、英二も到着する。
「よう。隼人」
「おはよう。英二」
「二人とも紹介するよ。彼は佐藤英二。僕の友人だよ」
「よろしくね佐藤くん。私は北澤絵里香、好きに呼んでいいよ~」
絵里香はすかさず立ち上がり、英二と握手を交わす。
「ああ……よろしく。北沢さん」
基本的に英二は人付き合いは消極的な方だが、握手しているときの彼の顔は少し普段よりも、柔らかくなっていた。
「できれば自己紹介やら雑談をしたいところだけど、珍しくわたし今ものすごくやる気に満ち溢れてるの!だからごめんね〜ホントは話し――」
「はいはい。なら口より手を動かす……」
「む〜!」
北沢さんは話を遮られてわかりやすく頬を膨らませたが、すぐにノートの方に顔を向けて勉強を再開する。
そこからはあっという間だった。
30分以上も勉強しているので、流石に誰もが集中力が切れてくるので多少の雑談は交えつつ、勉強を続けた。
それからしばらくして学校の朝礼前の予冷が鳴った。
「ありゃ、もうすぐ朝礼だね〜ところでみんな。どうする?放課後とかも一緒に勉強する?」
「私もできれば放課後一緒に勉強……したいかな、それもこの四人で」
加藤さんはそう言いつつ首を縦に振る。
「僕も賛成かな。英二はどうする?」
「俺は……どうしよかな、できれば一人でしたいけど、今回苦手な所少しあるんだよな……」
それから英二はずっと唸り声を上げながら考えた末に、ハッと、顔を上げて
「なぁ、それって放課後に答えが出ればいいんだよな?」
「うん。そうだね〜なら放課後の時まで待ってるよ」
「悪いな。じゃ俺は先に教室行ってるわ」
「あ、やばい!今週は私日直だった!それじゃあ私もそろそろ行かないと!放課後のことは美結に伝えとくね〜」
そう言いながら北沢さんは荷物をまとめて手をこちらに振りながら、颯爽と図書室を後にした。
ほとんどの人が朝礼前だという事に気づき、図書室から退室していき、図書室には僕と加藤さんだけが残っていた。
「僕たちも行こっか。」
「そう……だね」
ついさっきまで四人で会話していた為、急に2人になると何を話せばいいのか分からなくなって、沈黙が続く。
「どう?英二と話してみて」
「うん。今のところ、気だるそう人ってイメージしかないけどいい人そう」
「そっか、それはよかった。英二はどっちかっていうと一人が好きなタイプだから、あまり積極的とは言えないから加藤さんの方から話しかければ、英二も話は合わせてくれると思うよ」
「そうなんだ……そうしてみるね。けど私にとっての一番の友達は中村くんなんだよ?」
突然こちらに首をかしげながら、ご機嫌そうな笑顔でこちらに顔を向けながら、そう言う彼女の笑顔がとびきり可愛いと思える。
***
そして授業は4時間目の終わりを知らせる鐘が鳴り、昼休みに突入。
空腹を抑えてようやく楽しみだった昼食になったので弁当を取り出し昼食にする。
普段からそこそこ親しい友人と過ごすことはあれど、食事のときは基本的に一人で黙々と食べたいと僕はいつも考えている。
しかし、それはあくまで昨日までのことである。今となっては――
「ねぇ。中村くん。一緒に弁当食べていい?」
「もちろんいいよ。たまには誰かと一緒に食べるのも楽しいだろし」
今となっては、加藤さんというなるべく一緒にいたいと思える友達がいる。
「やった!それじゃあお隣失礼して……」
加藤さんは自分の座席にあった椅子をこちらの机の横にくっつけて座った。相変わらず結構近い……
「中村くんの弁当美味しそうだね……特にそのタコさんウィンナーとかかわいい!」
「ありがとう。たまに僕が作る時があってさ、凝ったもの作ってみたんだけどちょっと形が変かもね」
朝早くに起きて焼く前にそれっぽく切り込みを入れたが、歪な感じに完成した。
「ううん。全然かわいいよ。というか中村くんが弁当作るんだ……」
「たまにだけどね。ちょっとは親の負担を減らそうと思って一週間交代で作ってるよ」
それに朝に弁当を作る為に早起きも始めて、その影響で必然的に早く寝るようになり、まさに一石二鳥である。
「そうなんだ。偉いね中村くんは」
「ところでそのタコさんウィンナー、1つもらってもいい?私からも何かあげるよ!」
加藤さんはそう言うながら、こちらに自分の弁当を近づけて見せてくれた。
彼女の弁当は彩り豊かで、パスタやポテトサラダなどの野菜類や唐揚げ等の肉類も入っていて、どれも栄養バランスを考えて作られているのがよくわかる。
何より目を引いたのは、朝一で揚げたように見える、美味しそうな唐揚げが一番左側にでかでかとレタスの上に乗せられていた。
「それじゃあその美味しそうな唐揚げを一つ欲しいな。かわりにタコさんウインナーあげるよ」
「この唐揚げに目をつけるとは、中村くんも見る目あるね! この唐揚げ実は、お母さんが朝に揚げてくれたんだよ!」
「そうなんだ。加藤さんのお母さんけっこう凝った弁当作ってくれてるんだね。羨ましいな〜」
「うん。わたしのお母さんってけっこう手際がいいから家事もパパッと終わらしちゃって自慢のお母さんなんだ〜!」
自慢話を語るように彼女は誇らしげに笑う。
するとスマホから通知音が聞こえてくる。どうやらお互いの友達から連絡が来ていた。
「英二からだ……とりあえず英二も放課後の勉強会参加するって」
返事としてOKと書かれた猫のスタンプを返しておいた。
「こっちからも……絵里香から。終礼が終わったら私達のクラスで集合してから行こうって書かれてる。」
「そっか。とりあえず弁当食べちゃおう」
「うん!」
それからは僕たちは他愛ない話をしながらおかずを食べて楽しい時間を過ごした。
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