第2話 雨と二人の時間

 加藤さんと連絡先を交換をしたあの日からちょうどニヶ月が経ち、僕は加藤さんとたまにチャットや電話で、話しをするほどには仲良くなっていた。

「へぇ〜加藤さん結構アニメ見るんだね」

『うん。家に帰ってからは何もやることがないから……だからアニメを見始めたんだ』

「そうなんだ……ちなみにどんなのを見るの?」

『ほのぼの系かな。見ると癒やされるよ〜』

「ほのぼの系かぁ……いいよね。他には……」

 それからもアニメの話題や世間話などの話に夢中になって何時間と話していた。

『それじゃあまた明日ね。加藤さん』

『うん。それじゃ、おやすみ』

『おやすみ』

 通話の切れたスマホの画面を会話の余韻を噛みしめるように、見つめ続け小さなため息が溢れる。

「ふぅ……女子と電話した経験がないからなのか、加藤さんの声色が良いのか、まるで声優さんと電話してるみたいだったなぁ……」

 こんなこと恥ずかしいだけなのに、でも僕はこの気持ちを、何かしらの形にしたくて机のノートを開いた。


 もっと中村君と話したかったけど、中村君と話しているとあっという間に時間が過ぎちゃうなぁ……

 「そういば私。中村君と友達なのにまだ誕生日も知らないや」

 友達なら誕生日を祝ったりする……よね?けど今更聞くのも変かも…… 

「どうすれば良いのかわからない〜」

「うるさい〜早く寝なさい!」

 お母さんからの叱責のこもった声で言われて私はもう寝ることにした。

「ごめんなさい!」

 それからも友達とは?というある意味、哲学的な事に頭を働かせていたため、その日はあまり眠れなかったのは言わずもがなでもあった。

 「よし。明日聞く機会があれば聞こう!」 

 明日、聞こうと決心してから私は目を閉じた。


 今日は朝から強い雨が降っていて、気分はまさに今の空模様のように暗く憂鬱だった。

「あ、加藤さんおはよう」

「うん……おはよう」

「……あんまり元気ないように見えるけど大丈夫?」

「え、うん! 全然平気だよ!」

 とは言うものの加藤さんの今の表情は本人が思っている以上に、元気さと呼べるものがないように見えた。

「そう……ならいいんだけど」

 もしかして雨でじめじめしてるから気分悪いのかも。俺も気分悪いからわかる!

「このあと天気良くなればいいね!」

「うん。そうだね……それじゃ……」

 あれ?もしかして何か違った?あるいは……何か悩みがあったりするのかな……

 加藤さんとは知り合ってからまだ日が浅いけれど見た感じ加藤さんって自分で悩みを溜め込みそうなイメージがある。

 そう言いながら加藤さんはそそくさと教室の方へ向かっていった。

「大丈夫……って言っていたけどやっぱり不安だなぁ……」

 後で少しだけ聞いてみようかな……

 それから授業を受けはするものの、加藤さんは一時間目で僕は三時間目で、リタイアとなり今回も保健室の梅原先生のお世話になることとなった。


「失礼します。あれ?先生いないのかな?」

「先生なら今職員室だよ〜」

 すぐ近くから加藤さんの声が聞こえてきて周囲を見渡す。近くのカーテンがゆっくり開き、加藤さんの顔がひょっこりと現れた。

「あ、加藤さん」

「とりあえず普通に気分悪いからベッドに座っても?」

「大丈夫だよ。あ…私、とりあえず私は近くの椅子に座ってるね」


 僕はゆっくりカーテンを開けていつものようにベッドに横になった。

 加藤さんは遠くにあった椅子を近くに持ってきてベッドに近い位置で、読書を始めていた。

 ――加藤さん、何読んでるんだろう……

 体制を加藤さんの方にずらし表紙が見えた。

『義妹と生活することになった』

 その変わったタイトルに少しだけ興味を引く。

 今この保険室から聞こえるのは窓に強く雨を打ちつけて鳴るポツポツという音と、彼女がめくる度にする紙の擦れる音だけ。

 こういう時間がもっと続いてくれたらいいのになぁ……こういった何気ない時間が、一人で過ごす時とはまた違った心地良さを隼人は感じていた。

 

 少し横になったので気分も良くなったので今朝、気になっていた事について訪ねようと体をゆっくり起こす。

「加藤さんって悩みとかない?」

「え、悩み?どうしたの突然」

「いやさ……今朝の加藤さん、やっぱりどこか元気がないように見えてさ、気のせいならそれでいいんだけど……」

「悩み……ってほどじゃないとは思うんだけど……」

 やっぱり何か悩んでいたんだ……

「でもせめて、話は聞いてあげたいって思うんだ。誰かに話すだけで楽になったりするでしょ?」

 それから加藤さんは少しの間、うーんと声を唸らせて考え、こちらに真っ直ぐ顔を向けて一言。

「話す……けどその前に先に一つ聞いていい?」

「聞きたいこと?別に構わないけど……」

「どうして中村君はそこまでしてくれるの……?」

「どうしてって……そんなの友達だから当然だよ」

「そうなんだ、友達……」

 それから加藤さんは無言でだったが、表情が柔らかくなっていく。

 「えへへ……ありがとう中村君。君にそう言ってもらえると私、なんだか嬉しいよ」

「そ、そっか。それはどういたしまして……?」

 その時の加藤さんの笑顔はまるで、わがままが許された子どものような、無邪気な笑顔で、上機嫌に目を細めていてこちらもついつい頬が緩んでしまう。



 それからお互い何も話す事なく時間が過ぎていき、流石に話の腰を腰をおるのはまずいと思い、僕はさっきの話題を掘り返す。

 「それで、加藤さんの言っていた悩みっていうのは」

「うん。それはね……」

 彼女の悩みについて聞こうとすると突然、外から雷のような轟音が部屋に響き、それと同時に部屋が真っ暗になった。

「きゃっ……」

「びっくりした……もしかして雷で停電しちゃったのか?」

「ちょっと何が起きてるのか職員室に行ってくる……」

 様子を確認しようとベッドから身を降りようとすると、半分体がでかけたところで彼女の手がシャツ越しに引っ張られていた。

 停電により保健室の電気が消えていて暗くなっていた。

 加藤さんの表情までは見えなかったが、彼女の体は少し、震えていた。

 そして不安を拭いたいがために加藤さんの手は僕のワイシャツの思いっきり握られていた。

「どうしたの、加藤さん?」

「その……私、暗いところ苦手だからできれば一緒にいてほしい……」

「そういうことなら、わかった」

 それにこのまま加藤さんを置いてくのは流石に可愛そうだ。それにこんな暗い中、歩くのも危険だ。

 停電のことは先生がなんとかするだろう……


「ねぇ……中村君、手握ってもいい?」

「まぁ……構わないよ。暗いし、スマホのライトつけようか」

 僕はポケットからスマホを取り出し、ライトをつけたが、この明るさでもまだ少しだけ心許ない。

 握っていた加藤さんの手は少し不安になるほどに細くそれでいて柔らかい感触だった。

 小さい頃から真っ暗な部屋でゲームもしてたことがあったから、僕は平気だけど彼女はそうではなさそう……

「加藤さん、どう?少しは、落ち着いた?」

「うん……こうしていると……少しホットして……眠気が……」

「あはは……加藤さん。寝るならベッドに横になった方がいいよ。ほら僕は、どくからさ」

「……すぅ……すぅ……」

 あれ?なんだか寝息のような声が聞こえるような……っていうかこれ寝ちゃってるな加藤さん。

 しかも、僕の肩によりかかっちゃて……寄りかかる!?こ、これは動かない方がいい……よね?起こしちゃうのもあれだし……。

「幸いにもベッドに座ってるだけのこの体勢なら耐えられるし……今はじっとしとこう」

 とはいえこの体制は電車でとかでたまにあるスマホを触っていると、隣の人が寄りかかってきたあれと同じ状況なのだが一つだけ違う事がある。

 それは、それなりに親しい加藤さんが無防備にもこちらに肩を寄せて静かな寝息を立てているだ。

 ――正直、今も鼓動がドクドクと鳴って太鼓のようにうるさく高鳴っている。

 (早くこの時間終わってくれ〜!!)

 それからも一時間ぐらい悶々とした時間を必死に耐えていた。


「ふわぁ……いつの間にか寝ちゃってたみたい……そういば中村くんは?」

「あ、起きた?」

「中村く……って凄く疲れた顔してるけど大丈夫?」

 「大丈夫だよ。それよりもよく眠れた?」

「うん!というかごめんね? 私が君に寄りかかっちゃって……本当にごめんなさい!」

「いいよ。気にしなくてそれよりもよく眠れたみたいでよかったよ」

「うん……おかげさまでぐっすりです」

 とりあえず家に帰ってから仮眠しよう……体がそれほど疲れてなくとも、精神的には疲れた……

 

 それからも学校の停電は治らず急遽、学校は終了し全校生徒は途中下校することとなった。

「加藤さん途中まで一緒に帰らない?」

「うん。もちろんいいよ!」

 僕たちはお互い降りる駅は違うものの、電車による通学なので朝に目が合うことは前からあった。

 そしてまだお昼時より少し前なのもあって車内には、ほとんどおらず、僕たちは互いに近くの座席に隣合わせになるように座った。

「明日には停電治るといいね……授業受けれないのは普通に困るし」

「そうだね……その、保健室のあれはごめんなさい……」

「あれ?」

「その、保健室の停電の時に手を握っていてくれただけじゃなく……えっと……その……」

「あぁ……!あれはそのお互い気にしないようにしよう!俺もなんとも思ってないから!」

 流石にあれは今でも思い出すだけで頬に熱を感じるぐらいに恥ずかしい出来事だ。

 そもそも、あそこまで女子と密接に関わったことがないこれまでなかった自分にとって今日は、刺激的な一日だった。

「う、うん……そうだね、お互いこのことは二人の秘密だね……!」

 加藤さんの『二人だけの秘密』という言葉に心臓が少しだけドキッとしたが他意はない。決して、ない!

『次は〜〇〇〜次は〇〇〜お出口は左側です〜』

 車内のアナウンスで降りる駅だと知り、腰をあげて加藤さんに別れに言葉を交わす。

「それじゃあ、また明日ね。加藤さん」

「うん。また明日!」

  

 


♡ 

「中村君。友達なのにあんなことしても怒らないなんて……本当にいい人」

 ――もっと中村君と距離を近づけたいなぁ……『友達』として

 早速をスマホを取り出して男子との仲良くなる方法について調べ始めるが早くも家についたので、一旦スマホをポケットに入れる。

「ただいま〜って誰もいないよね〜」

「おかえり〜どうしたの今日は早いじゃない」

「……! いたんだ、びっくりした〜」

「あたしの働いてる工場が停電なっちゃってさ〜それで帰ってきたわけ。そっちは?」

「私も学校が雷で停電になって復旧の目処が立たないからひとまず今日は正午前に終わったの」 

「そう……今から炒飯作るけど食べる?」

「まだいい〜そこまでお腹空いてないから」

 私はそう言いながら家の階段を登り自室に入り、制服を脱いでパジャマに着替えた。

 再びスマホを取り出して中断していた調べ物を再会した。

「ふむふむ……笑顔で挨拶……」

――今日の中村君一段と優しく感じたなぁ……もっと彼の優しさに触れたい……



「ふぅ……本当に疲れた。いろんな意味で……」

 帰る時間が早かったため共働きであるので親は当然家にはいない。

 なので適当に出したカップラーメン啜っていた。 

 食事を終えて自室のベッドに入り、ゆっくり目を閉じて今日の出来事を振り返ってみる。

 今日は本当に刺激的な一日だったと言える。

 ほとんどが加藤さんとの時間だったけれどその時間だけは特にあっという間だったのを覚えている。

 それでも特に一番覚えているのは、加藤さんが見せてくれたあの明るい笑顔だった。 

 普段は暗い表情を浮かべている加藤さんだが、だからこそあの笑顔あり、というギャップもあってとても魅力的だと思った。

 また見たいと思うの当然かもしれない……

――加藤さんのあの眩しい笑顔を見られればいいなぁ……

「こんな気持ち抱いたのは初めてだなぁ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る