第1話 お互いの初めての友達

「はぁ……また保健室に来ちゃった。いい加減自分を変えなきゃな……」

 汐華高校入学から一年が経って僕も高校二年生になった。

 窓に目をやると桜が風とともに咲き、散っていく様子を見るとなおさら新学期だという事を気付かさせる。

 本来なら新学期で新たな人間関係構築の為、話しかけたりする人がほとんどだ。

 けど僕は誰かと関わること自体、あまり好きではない。

 なのでこうやって保健室に逃げる自分にいつも後ろめたさを感じていた。

 『頑張らないと』と自分に言い聞かせても自分の心まではコントロールは出来ない。

 そう小言を言いながら保健室のドアをノックする。


「あら、中村君。今日も頭痛?」

「あ、はい。次の授業には戻りますので。いいですか?」

「いいわよ〜少しの間だけ職員室に行ってるからゆっくりしててね〜」

「ありがとうございます」

 僕はそう言いながらブレザーのポケットから本を取り出すと、すぐに読書を始めた。

 壁の掛け時計のチクタクという音だけが響く保健室。ここでの読書が僕にとって一番落ち着く時間だ。

 そのまま読書に没頭していると近くからゴソゴソと物音が鳴り出す。音が気になりだした僕は読書を中断。

「…めて、やめて……」

 誰かの寝言だろうか。それもうなされているみたいだ。

 音の方向的にベッドから声が聞こえた、誰かが眠っているようだ。 

 音の原因を探ろうと歩き出すとカーテンが隙間から一人の女子と対面した。

「あれ……誰?」

 そこには日差しに反射してきて綺麗な黒髪を結って服もやや乱れたまま、寝ぼけたような青い瞳で横になっている加藤美結がそこにはいた。


 「あれ?もしかして加藤さん……?」

 彼女は僕と同じクラスメイトの加藤美優。とはいえ普段から体が弱いのかよく保健室に向かうのをよく見ていた。

 加藤さんはさっきまでベットで寝ていたのもあり、まだ寝ぼけたようなぼんやりとした目で僕のことを見て数秒。

「……っ!!」

 覚醒して寝起きの所を見られて彼女は恥ずかしさからか、咄嗟にカーテンを勢い強くカーテンを閉める音が響く。

「え?……え!?」

 なんか俺やらかしちやったかな……取り敢えず頭を整理しよう。

 クラスメイトの寝起きを偶然にも見てしまった。嫌われてもおかしくないな……けど事故だよね。

「えっと……確か同じクラスの中村君……だよね?」

 カーテン越しに聞こえる彼女の幼気な声が耳に流れ込むと心が安らいだ。

「うん…さっきは寝起きの所を見ちゃってごめん」

「うん。事故だったし仕方ないよ。それより私、話相手が欲しかったから付き合ってくれる?」

 ゆっくりとカーテンが開いてベッドに座っている美結がこっちに来てといわんばかりに手招きしていた。



「中村君はどうして保健室に来たの?」

「まだクラスに慣れなくて、気分が悪くなったから、ここに来たんだ。そっちは?」

「私も似た理由……かな。」

「そっか。加藤さんはたまに保健室に来たりするの?」

「あ、うん……そうだけど……」

 そう言いつつも、彼女は少し口ごもりながら何かを言いたげにこちらに近づく。

「その、私…寝てる時何か変な事言ってたりしてないかな…?」

「寝言?特に言ってなかったよ?」

 彼女の言う寝言と聞いてさっきのうなされている加藤さんの姿が頭に浮かぶ。

 寝言の事を言ったからと言って意味がないと結論づけて、とりあえず黙っておくことにした。

「良かったぁ……なにか言っちゃってたら恥ずかしいから…」

 彼女は不安が取り除かれたようで、安心したようで喜びがまぶたに浮かんでいた。

「……せっかくだから少し話さない?加藤さんとはあまり話したことないしさ」


「うん。私でよければ……」

「それじゃあ、加藤さんって好きな食べ物ってある?」

「えっと、好きな食べ物は……お茶漬けかな」

「あ、僕もお茶漬け好き!焼いたウィンナーと一緒に食べるとさらに美味しいよ」

「そうなんだ……知らなかった。今度試してみるね」

 それから僕たちは好きな食べ物や趣味などいろんな話題で時間を忘れるほどに楽しい時間を過ごした。

 まさか保健室で休みに来るはずが、こんな事になるとは自分でも思いもしなかったな……。

「あ、そうだ流石にそろそろ教室に戻らないと……」

「そっか。頑張ってね!」

「あ、そうだ保健室に来た時、また話に来てもいい?」

「うん。構わないよ、私も話し相手ができるのは嬉しいから」

「そ、それとよかったら連絡先交換しない?せっかく友達になったんだから……」

「う、うん。私で良ければいいよ」

 加藤さんの笑顔に胸をときめかせながら、僕は保健室を出た。教室に向かうために、廊下を早歩きをしながら、彼女の言葉を噛み締めた。


「ふぅ…久しぶりに人と話したけどやっぱりまだ人と話すときは緊張しちゃうなぁ……」

 そして彼との楽しかった会話の内容を思い出しているとドアがゆっくりと開いた。

 保健室の先生らしい身を包んだ梅原先生が帰ってきた。

「どう?加藤さん。体調の方は?」

「少しだけ良くなりました。」

「そう。それは何よりだわ。そういば中村君は戻ったのね」

「はい……彼とお話できて少し気分が良くなったので次の授業には戻れそうです」

「そう……けどあまり無理しないでね加藤さん」

「はい……そういえば彼ってよくここには来るんですか?」

「そうねぇ……たまに来るけどそこまでって程じゃないわね〜」

「そうですか……」

「何〜?もしかして中村君のこと気になるの〜?」

「い、いえ!別にそんなんじゃ……ただ久しぶりに誰かとゆっくりお話できたのが嬉しかったので……それだけですよ」

 さっきまでからかいムードだった先生の顔は急に真面目な表情を浮かべてこちらを見て一言。

「そう……何よりなことだわ」


「教室に戻ったらまさかからかわれるとは、思いもしなかった……」

 加藤さんと過ごした保健室の時間のあと僕はしっかり授業を受けに教室へと戻りった。

 億劫な気持ちをこらえつつも授業の時間を耐え抜き、ようやく帰路につこうと駅に向かうために足を正門へと運んでいた。

 「早く家に帰ってゲームしたい……今日もだいぶ疲れた気がする……」

 放課後何をするかと考えつつ正門をくぐろうとすると、今日話しだしたばかりの顔なじみでもある加藤さんが誰かを待っているように立っていた。


「あ、中村君」

 すると僕を見るや否や、すぐに僕の方に歩み寄る。

 どうやら僕のことをずっと一人で待っていたようだ。

 「どうしたの?加藤さん」

「うん…そ、その、えと……」

 スマホを手に持ちながらあたふたとする彼女は傍から見れば挙動不審の女子にしか見えないが僕はそれでも彼女の発する言葉を待っていた。

 (何かを言おうとしてるのはわかるんだけど……あ!そうだ)

「言いづらいならどこかに場所を移さない?」

 見るからに加藤さんは何か言いたげではあるが周囲には自分以外にも生徒もおり、人の集まる所が苦手なのか加藤さんは酷く縮こまっていた。

 ――僕と同じようにみんなとワイワイするのが苦手なのかな……

 

「おぉ……初めて入ったけれど落ち着いた雰囲気で羽が伸ばせそうだね」

「そうだね。私もこういう雰囲気結構好きかも……」

 僕たちが来たこの喫茶店はアンティーク調の置物がいくつか置かれていて、おしゃれなジャズ風の音楽が流れている。

 いつかここで優雅に本を読んでみたいと思える程にこの店の雰囲気は最高だ。

「とりあえず話は飲み物注文してからにしようか。」

「うん。そうだね」

 程なくして僕らは注文したカフェラテを一口、口にしてから本題に入った。

「それで…お願いって何?加藤さん」


「うん……流石にあの場だと言いづらいからここだから言うね」

「……わ、私と友達になってください!」

 彼女の言うお願いが意外とシンプルなもので肩の力が抜けた。てっきり重大な話だと思っていた……

「友達って、僕からすればもう友達だとは思っているけれど……ちなみにどうして?」

「その……学校だと私、積極的に誰かに話しかけるのが難しいからまずは誰か一人と友達になりたくて!」

 彼女の語るその熱烈な言葉に僕も共感を示したくなる。僕もそういう風に思うときはあった。

 けどそれとは別に僕は彼女のその差し出された手を取ることにしようかな。

「そっか…うん。わかった!これから友達としてよろしくね」

 そして僕たちは友達になった証として連絡先を交換することにした。

「あ、ありがとう!こちらこそよろしく!」

 そんな彼女の笑顔は非常に魅力的に見えた。

 せっかくなのでこのまま、二人で途中まで帰り学校から少し歩いた交差点の辺りで別れた。

「それじゃあまた明日。」

「うん。また明日……!」

 そして家に着く直前にスマホから通知音が鳴り出す。

 見てみるとメッセージと一緒によろしくと御辞儀をしている犬のスタンプを送られていた。

 お返しがてら僕も御辞儀をしている猫のスタンプを送ってスマホを閉じた。


「早く明日にならないかなぁ〜」

 美結はスマホで中村のチャットを見ながら今日の出来事を振り返ってベッドにゴロゴロしていた。

 時刻は夜九時。早く寝るのを心がけている私としてはもう寝ようと思ったけれどいつもの日常とは違うことが多かったのでまだまだ眠れそうにない。

「なんかいろいろ起こりそう…」

「中村くん……私の声のこと何も言わなかったな……」

 美結はそう言いながらベッドのふとんを深々とかぶり高鳴る鼓動を抑えていた……。

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