第18話 文化祭、本格始動

「うん。とりあえず無事決まったみたいだな」

 放課後の時間。僕と史野森さんは簡単にまとめた、自分たちのクラスの案を纏めた紙を提出しに前回、会議が行われた場所へ来ていた。

「とはいえ……この内容。読んでて目が痛くなるな……」

 提出した最初こそ先生はいい顔をしていたが次第に紙に記した全体の出し物案の詳細に目を落とす度に苦笑いに変わっていった。

「あはは……まぁ一応、ちゃんと話し合った結果、こうなったんです」

「そうか……とりあえずこれで通るとは思うけど準備はちゃんとな」

「はい。失礼します」

 提出の確認が済んだので僕らは教室を後にする。


「先生、あんまり良い反応しなかったね…」

「まぁしょうがないよ。この内容じゃ」

 そう言ってい僕はポケットに入れたコスプレ喫茶の詳しいメモを取り出す。

『コスプレ喫茶 概要 』

 そのメモに書いたのは喫茶で出すことになる。飲食物、内容、予算などの詳細を記していた。

「それに僕らのクラスで出す食べ物がコスプレ優先でまさかの冷凍オムライス一つだとはね……」

 実際、食べ物の方はいろんな案が出ていて思いの外、白熱していた。

 しかしなんだかんだでみんな『コスプレ』という方に目がいって『食べ物は手抜きでも良い』という方向性に固まっていきその結果、冷凍オムライスを予算ギリギリまで購入して用意することに定まった。

 ちなみに飲み物に関しては各々が何種類か購入、用意してくることになった。

 本当なら飲食物に関してもこだわって決めれると思っていたけれど、ここぞという時にクラスの一体感が発揮されるのは驚いた。普通は意見がぶつかると思うのに……


「け、けど……手抜き…とはいえ、しっかり喫茶として機能すると思うよ。きっとコスプレがいい味を出してくれはず!」

「史野森さん……」

 史野森さんからのさりげないフォローの言葉で少しは沈んでいた気分は浮上する。

「そうだね……というかコスプレみんなはどうするんだろう……最悪、『カチューシャ1つでも良い』って五十嵐さんは言っていたけど」

 あの時彼女がそう言った(らしい)ことであれが決め手となり、確実にコスプレ喫茶が後押しされた。

「後でクラスのグループラインで聞いてみるかな」

 というか聞くだけ聞いておこう。先に。

『文化祭でコスプレ喫茶をやることに決まったけどみんなどんなの用意するの?』

「これで良し……っと」

 そのままスマホをしまってそのまま昇降口へ向かう。


「あっ……ねぇ、中村君。あの人って……」

「ん……? 」

 丁度僕らが通ろうとしていた昇降口に彼はいた。

 ワックスか何かでいい加減に髪を上に上げている黒髪。そしてシュッと引き締まった明るい表情。

 間違いない。確か…最近この学校に来た教育実習生の門倉先生だ。

 見たところ、帰りゆく生徒達にさようならって言ってるだけ? 

 今もまた一人、一人と話しかけては楽しそうに笑っている。

 実習生の先生って意外と自由に動けたりするのかな? 結構忙しそうなイメージがあったけど。

「まぁいいや。普通に帰ろう」

 

 そのまま気にせず自分の下駄箱を探そうとしていると普通に声をかけられた。

「こんにちは。初めましてだね。門倉冬弥です。よろしく!」

「あっ、はい……」

 突然話しかけられるものだからもうすでに僕は萎縮しきっている。普通にこれはびっくりするし、ほとんどの人は反応に困る気がする。

「さっきから見てて気になってたんですが、門倉先生は何をなさってたんですか?」

 そこで史野森さんが首を傾げながら尋ねる。

「うん。それなんだけど……実は、この学校の生徒達とも仲良くしたいと思っているけど中々、うまく行かなくてね……」

 それから段々、門倉先生はさっきの元気さは見えなくなっていき、逆に、今見ている落ち着いた様子の雰囲気の方が素の先生、なのかもしれない。

 最初は元気で熱血教師みたいな人だと思ってたけど違うかもしれない。

「そうだったんですね……だからああやって、」

「うむ……そういうことなんだ」

 とはいえあの光景を見てた僕だからこそ思った。傍から見ればあまり話したことのない先生に急に話しかけられる生徒の絵面。

「というか何もこの時間じゃなくてもいいんじゃ……」

「とはいえ、普段の授業の時にでも話そうと思っても難しいんだよね……」

「そうですか……まぁ、その……頑張ってください。僕たちは帰るので。」

「は〜い。さようなら」

 そこで話は終わり、僕はある用事があるため正門のところで史野森さんと別れた。


「ふぅ……何故か緊張する」

 史野森さんと別れた後に、僕は行きつけのカフェでありバイトとして採用してくれた斉藤さんが営んでいる喫茶店の前に立っている。

 店の扉にはまだOPENの看板が掛けられており、多分普通に他のお客さんもいるだろう。

 僕は一息ついてから緊張気味な自分を置き去りにして、ドアノブを握って入店する。

「いらっしゃいませ……おっ…いらっしゃい。中村君」

 中に入るとまず斉藤さんの屈託のない笑顔が歓迎する。

 他の客席に目をやると遠くのテーブル席にはうちと同じ高校の制服の女子数人が座っている。

 僕はそのまま斉藤さんが立っているところに一番近いカウンター席に腰を下ろす。

「おまたせしました。斉藤さん」

「気長に待ってましたよ。それに学生である以上色々あるんでしょ? 確か……文化祭実行委員をやってるんだっけ?」

「まぁ…はい。」

 今日は雇い主である斎藤さんにバイトとして働くにおいて必要な書類を提出、そして余裕があればほんの軽く働き始める。といった予定でここを訪れた。


「正直、雇っておいて言うのもあれだけど落ち着いてからでもいいんじゃ……」

「僕もあれから少し考えてそれもいい。と思ってんですが…なんだかんだでここで過ごす時間は結構好きなんですよ? 僕」

「ハッハッハ! それは店長としても嬉しい限りですね」

 僕の言葉に斉藤さんは突然甲高い声で笑いだす。その声に周囲のお客さんは何事かとこちらを見る。

「まぁ…そういうことなのでこれからよろしくお願いします。店長!」

 一応名前呼びでも良いと本人から言われたものの、借りにもバイトと店長という関係なので、そこらへんははっきりさせておきたい。

「店長……初めて誰かにそう呼ばれましたがいいですね。こう、エモい。みたいな」

「エモい……」

 まさか店長の口からそんな若者が使ってそうな言葉が出てくるとは……

「まぁとりあえず。僕の後ろの扉に更衣室があるからそこに行って制服は用意してるから着替えてきてもらってもいいかな?」

「はい。では後ろから失礼して……」

 話が一段落ついたところで僕は荷物をそのままに、カウンター席に取り付けられた半ドアを押しのけ、言われた更衣室に入る。


「ここが更衣室。割と狭い……」

 中に入ってみると思いの外狭く、ロッカーも六個しか用意されていない。

 あの人本当にほぼ誰かを雇う気ないんだな……この最小限のロッカーと簡素で小さな更衣室がそれを物語っている。

 そして入って右手側には幾つかハンガーが掛けていて既に一つは使われていた。多分店長のだろう。

 「これが……店長の言っていた制服」

そのハンガーラックのところに一つ、店長さんが言っていた制服が掛けられていた。

 その制服は上下とも灰色を基調とし、それでいてカジュアルな雰囲気でこのお店の雰囲気にとても合っていると思う。

「というか服のサイズって測ってもらってないけどこれ、着れるのかな……」

 見たところ着れなくはなさそうだけどそれでもちょっとだけ大きそう。

「まぁとりあえず着てみますか」

 そう言って僕はその制服にのを伸ばして袖を通す。


「お〜意外とサイズがぴったりだ。まるで事前に測ってもらったみたい」

 実際に来てみると本当にピッタリで苦しくもなく大きすぎず、まさにベストサイズ。といった感じだ。 

 そこで店内側への扉からノック音が鳴る。

『どうかな? 着れた?』

「あっ、はい。サイズもピッタリで丁度いい感じです」

『そっか〜良かったよ。正直、サイズの大雑把に用意したから少し不安だったんだよね』

「え、そうだったんですか。まぁ…いいけど」

 結果的にピッタリサイズだったので結果良ければ全て良し。

『じゃあそのままこっちに来てもらっていいかな? エプロンを渡したいからさ』

「は〜い」

 店長からの呼びかけがかかったのでロッカーの一つに学校の制服を入れて、立ち鏡の前で違和感が無いか確認してから更衣室を後にした。


「お待たせしました。」

「お〜待ってたよ……うん。いいね。サイズだけじゃなくて見栄えもバッチリ!」

「あ、ありがとうございます」

 思ったより店長からの高評な意見にちょっとだけ恥ずかしく思えてくる。

「うんうん。これは是非とも一枚撮りたいね……」

「いやいや、流石に写真は……」

 別に、それも女性声を聞いてどこか聞き覚えがある声が聞こえてきた。

「うん……? 北沢さん。何でいるの?」

 さっきまでは店長に隠れて見えなかったけど後ろに北沢さんさんがニヤリとした笑顔でこちらを見ていた。

「何でって……ほら、最近忙しくなっていたでしょ? うん。そういうこと」

「あ〜そう…なんだ」

 いったい何がそういうことなのかよくわからない。けどとりあえず納得した。ということにしておこう。


「まぁ…いいや。それで店長、何からやりますか?」

「そうだね……とりあえず、彼女に注文聞くところ」

「は〜い。注文お願いしま〜す」

 北沢さんはカウンター席から楽しそうに声を上げる。 

「では、ご注文をお聞きします」

「それじゃあ……カフェラテのアイスをお願いしま〜す」

「はい。カフェラテのアイスですね。店長、カフェラテ一つ。注文入りました」

「はい。ちょっと待ってね〜」

 オーダを受け取って店長は慣れた手付きで注文のカフェラテを作り出す。

「北沢さんはたまに来たりするの? このお店」

 僕はカウンター越しに北沢さんに話しかける。

「う〜ん……ぶっちゃけ今日が初めて来たよ。ここに君が入るのを見かけてさ」

「そうなんだ。けど良いでしょ? このお店の雰囲気」

「そうだね〜こういう雰囲気の喫茶店は結構好きかも」

「お待たせしました。カフェラテのアイスです」


 それから北沢さんが帰った後も何人かお客さんの対応していき時刻は七時をまわっていた。

「そのカップ洗い終わったら今日はもう上がって大丈夫だよ」

「はい。わかりました」

 この喫茶店『Cafe、SUGAR』は他の喫茶店とは少し変わっているところが一つだけある。

 それは夜の8時までは営業しているという点だ。

 何日か通い、店長に聞いてそう答えた時は驚いた。それはそれとして一つ聞いておがなければならないことがあった。

「あの店長……一つ聞きたいことがあって」

「ん…? どうしたの。中村君」

「ここでのシフトって……」

「シフトね……中村君はどうしたい?」

 どうしたい? まさか希望を聞かれるの予想外だった。まぁ…この人らしいけど。

「どうしたいって……」 

 ここで働く気まんまんとはいえ、今は文化祭のことで忙しいのも事実。それでも週にニ、三日ぐらいは働く意欲はある。

「週に二日でも大丈夫いいですかね?」

「二日……ふむ。いいよ。そのシフトで」

 店長は少し考え込むとすぐに結論を出した。

「え、いいんですか?」

「大丈夫大丈夫。だってうちのお店これでもそれなりにお客さんは来るし、今日も接客してて分かったとは思うけど、基本、落ち着いてるから」

 そういう発言はなんだか自虐的な発言にも捉えられてしまう。

 けど確かに、店長の言うことも事実。実際に働いて見たものの、僕が接客したのは北沢さんと入店時にいた女子の3人だ。

「まぁ…そういうことなら。えっと、じゃあ…お疲れ様でした。お先に失礼します」

「は〜い。気をつけて帰ってね」

 着替えを済ませて僕は店を後にする。


 ここの喫茶店から駅までは五分弱。辺りは既に暗闇で街灯もあっても数本と心許ない。

 それでも僕は今、内心少しだけワクワクしていた。

「これからはバイトと文化祭の準備の日々……う〜ん。考えただけでワクワクしてきた!」

 その日は特に帰りの足取りがいつもより軽く感じた。



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