第16話 史野森さんの決意

『文化祭出し物決めの為の発表会』

 もっとよく見てみると彼のプランが綿密に書かれていた。

 まず3つの案について誰か一人がそれぞれ魅力を発表してもらい最終的に決めるらしい。

「中村君……すっごく考えてるな……私も頑張らないと……」

「ノート、借りるね……」

 ボソッと小さく呟くように彼に言ってノートに手に取って教卓へ立つ。

 立った後もみんなは騒いでいてまだ教室は賑やかなまま。

「すぅ……」

 大きく深呼吸をして精一杯大きな声を出そうとした時――

「史野森さん」

「はい。どうしました?」

「ちょっと職員室に忘れ物したから少しの間、任せて大丈夫そう?」

「あっ……はい」

 私にだけ退室の知らせをして先生はすぐに行ってしまいました。

 

 さっきまではなんとか、『私一人でも頑張ろう』の意気込みで臨もうと思っていた。けどそれはあくまで中村君か、朝比奈先生がいたらの話。   

 今はどちらもいない状況。今だけは完全に私一人で、クラスを引っ張っていくしかない現状に頭を悩ませる。

「あ、あの……」

「ていうか六時間目何すんだろうな〜」

「よくわかんねーけど先生どっか行ったしどうせ自習でしょ。駄弁ってようぜ」

 声を張り上げようとしても途中で近くの男子に遮られ声を出すのをやめてしまう。

「あっ、えと……」

 そういう人もいれば逆にまっすぐ私の方を向いてくれている人もいたりもした。

 話さなきゃ……実行委員として先生に推薦されたからには頑張らないと……

 そう考え出すとさらに焦りで体が火照り出して気分が悪くなってきた……。

 そういえば中学の頃にやった班長もパニクって火照り出して保健室行っちゃったけ……

 教室の時計に目をやるとそれなりに時間は過ぎていた。あと二十五分で六時間目が終わる。

 時間への焦り、気分の悪化……もともネガティブ思考な史野森にとってこの状況は絶望的とも言える。

(どうして私なんかを先生は推薦したんだろう……私なんて……)

 次第に積もっていく自分自身への不甲斐なさ、そんな時、史野森が隼人と話したある会話が頭をよぎる。


* *

 時間は遡ること二日前。私はどうしても聞いてみたいことがあって実行委員の会議が終わり、昇降口に降りる途中、私は問いかける。

「中村君ってどうしてああやって人前で発言できるの?」

「どうして……って。う〜ん……」

 私の曖昧な質問に彼は頭を抱えている。もうちょっと質問の仕方を変えてみよう。

「ごめんね。聞き方が悪かったよ。どうやったら中村君みたいに人前でも堂々と話せるようになるかな?」

「あ〜そういう意味ね。堂々とそんなに話してるかな? 僕」

「うん…私なんかより断然話せれてるよ」

「そうかな〜? けど僕、それほど話せるわけじゃないよ?」

 苦笑いを見せながら中村君は軽い口調でそう言う。

「それに……毎度、話す前には緊張するよ。苦手ですらあるよ」

「そうなの?」

 勝手に作っていた私の頭の中での中村君のイメージが崩れていく。昇降口が見えてきたところで私はもう一つ質問を投げかける。

「じゃ、じゃあ……どうしてその苦手なことをやろうとするの?」

「う〜ん……難しい質問だけど強いて言うなら僕の為……かな」

「自分の……為?」

「うん。苦手なことって普通なら避けようとするでしょ? だったら僕は逆に向き合ってい得意とまではならずとも苦手意識を軽くしたいんだ」

 シュッとした表情のまま彼はそう語る。

 

* *

「そうだ……彼なら、中村君ならこの状況は……」

 そう考えてみると不思議とネガティブ思考も止まって自然と今私がやるべきことを考えられるようになる。

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 まずは大きく深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。そして出せるだけ声を精一杯出してみる。

「あ、あの……! 少し静かにしてください!」

 思ったより大きな声でみんなより私自身が特にびっくりした。

「えと……残りの時間で最終的に文化祭で何をやるか決めます。まずは……」

 それからは時々口ごもる時はありつつもしっかり司会を全うできました。

 まずノートのプラン通りに残り3つの案の提案者に、簡潔なプレゼンのような発表をしてもらう。

 

一人目は耳にピアスをつけているチャラい感じの男子。彼はお化け屋敷に関して発表をした。

「え〜っと提案したときにも言ったけどやっぱり準備も人も最小限に済むし定番だから提案しました〜」

 発表が終わって軽い拍手が鳴り出す。その男子が席に着くと交代で二人目の生徒が立ち上がる。

 

 続いてメイド喫茶を提案した女子はクラスの中でもクラスの中心人物とも言える五十嵐さん。

「メイド喫茶やりたい人〜!」

 開口一番、彼女からの急な問いかけにクラス中は困惑気味。けれど少ししてから何人かは手を上げだす。

「うんうん! 割といてくれてよかった〜!」

 ホッとした様子で胸を撫で下ろす五十嵐さん。

 それからもさらに一人、三人と挙手をする人は次第に増えていき、クラスの半数以上がメイド喫茶をやりたいという意思表示を見せている。

 この感じだとメイド喫茶になりそう……あっ、そうだ。

 メイド喫茶に関して確かノートにある追記をされていた。私はノートを持って彼女に寄っていく。

「あ、あの……五十嵐さん」

「ん〜? どうしたの?」

「実は……彼のノートにはメイド喫茶でメイド以外にも執事服やあるいはコスプレ全般もアリ…かもって書かれてて……」

「へぇ……中村君って意外とそういうの好きなんだ……」

 ニタリと不敵な笑みを見せながら中村君の方を見ていた。よくわからないなこの人……

「じゃあコスプレ喫茶に変えるか聞いた方がいいの?」

「まぁ……はい」

「オッケ〜みんな。最初はメイド喫茶やるつもりだったんだけどコスプレ喫茶でも大丈夫そう?」

「え〜」

「メイド服着たい〜」

 この提案に様々な反応が見れる。不満を口に出す人、メイド服を着なくて済むとほっとしている男子生徒全員。

「あくまで``コスプレ‘‘喫茶だから。メイド服が着たい人はメイド服でいいし最悪コスプレが嫌な人もカチューシャつけるだけで良いよ〜」

「お〜!」

 そんな様々な反応を見せていた人たちはここで声をハモるように同じ反応をしていた。

「じゃあそんな感じだから。良かったらみんなとしたいしこの私が提案したメイド喫茶改め、コスプレ喫茶に清き一票を!」

 そこまで言ったところで最初の彼とは大違いなほどのかなり大きな拍手の音が響く。

 よほど好評に感じたんだろう。最初は不満に始まった声も今では笑顔で拍手をしている。


 そして最後は演劇を提案した人の発表。その人は……特に見覚えのない人だった。

「えと……演劇部の橋本です。僕が提案した理由はただ演劇の楽しさを知ってほしくて提案しました。それだけです……」

 体感一分とない彼のプレゼンの短さに、驚きを隠すのに一苦労だった。

 ここでそれぞれの発表が終了する。ここからは投票に移る。

「それじゃあさっそく投票に移ります……」


* *

 なるほど……僕が寝てる間にそんなことが。

 というか改めて寝ちゃったことへの罪悪感が……

「そっか……ありがとう。それで…結果は?」

「私の案になったよ〜」

 そう言いながら彼女は間に入るように会話に参加する。

「五十嵐さん……」

この人とは実際、一度も話したことはない。というのも彼女はクラスの中心人物というのもあって気づけば誰かと話しているからだ。

「メイド喫茶か……」

 正直改善案は書いといたものの決まったという事実にそれなりに憂鬱なことに変わりない。

「まぁ正確にはコスプレ喫茶になったんだけどね……」

「コスプレ喫茶? 最初メイド喫茶じゃなかった?」

「うん。そのつもりだったんだけど、出来ればみんながやりやすい形でやれたほうがいいかな〜って。」

「そうなんだ……じゃあコスプレ喫茶をやるってことなんだね」

「そゆこと〜それじゃあこれからはビシビシ私達を引っ張ってよ? 委員長のお二人さん!」

「痛っ!」

 まるで鼓舞するように僕と史野森さんは背中を気持ち強めに叩かれた。

「それじゃあ〜ね」

 そうして五十嵐さんはいつも話している友達の元に戻っていった。

 彼女を話していて思う。

 みんなを引っ張っていけるぐらいの魅力があるのになんで実行委員も学級委員も、やりたがらないんだろう……

「終礼始めるよ〜あっ、中村君おはよう。」

「朝比奈先生。おはようございます?」

 職員室から帰ってきた朝比奈先生からの挨拶についそのままオウム返しするように返してしまった。


「流石に文化祭の決め事の時に寝ちゃったのは驚いたけど、夜更かしでもしてたの?」 

「まぁ〜はい。そんなところですかね〜」

 僕は反射的に事実とは異なることを言う。そのまま言うのはなんか恥ずかしい。

 本当は文化祭の出し物案について、色々と考えていたらまさか、日をまたぐ時間まで集中してしまったのは僕も驚いた。

「夜更かしはほどほどにね」

「は〜い」

 先生からの軽いお叱りを受けてそのまま終始が始まる。


* *

 そして放課後。

 僕は美結に誘われて一緒に帰っていた。

「そういえば……僕って六時間目終わるまで寝てたんだよね? そしたら僕だけ無効票なんじゃ……」

「安心して。中村君。私が代わりに史野森さんに伝えといたよ」

「へ、へ〜ちなみに聞いておくけど、どれに入れたの? 僕の票」

「……」

 さっきまで普通に会話が続いたのにあからさまに美結は黙り込んでいる。というか黙秘している。と言った方が正しいかもしれない。

「あ、あの……美結…さん?」

「……言った後に怒ったりしない?」

「え?」

 突然何を言い出すかと思えばなぜ僕が怒ると思っているんだろう……

「怒らないよ。全然」

「そっか…………それで君の票はね、メイド喫茶に入れたんだ」

「……へ? メイド喫茶に?」

 その発言に僕は怒るというより困惑の感情が勝っていた。というか怒ることは絶対しないけど。

「ちなみに理由だけ聞かせてもらっても……?」

「正直、理由の方が自分勝手だよ?」

 美結は表情を曇らせてこちらを見ている。

「わかったから。絶対怒らないから言ってみて」

「う、うん……その、」

 丁度帰りの電車が着いたところで僕らは中に乗り込む。理由は中で聞こうじゃないか……。



「中村君。この前、ファミレスで勉強してる時にメイド服が見てみたいって言ってたでしょ?」

「う、うん……それとメイド喫茶がなんの関係が……あっ」

 流石にここまで言われれば僕でも察しがつく。

 いや、だからって……それは……

「その、中村君に見て欲しくて……丁度お化け屋敷と同じ票数であと一票で片方が勝つから、入れちゃった……」

 そう言いながら美結は指を合わせてくねくねさせて顔も少しだけ赤みを帯びていた。というか……

「……? どうしたの中村君さっきから窓の方ばっか見てるけど」

「あ〜いや、気にしないで。うん。本当に」

「ん? そう。わかった」

 僕はさっきから心から叫びたいことがあった。

 美結……メイド喫茶やりたい理由が可愛すぎる……! なんかここまで純粋すぎると見守ってたい思うよ。本当に。

 それからも僕が降りる駅まで終始、彼女の顔は見れなかった。なんか純粋な彼女が眩しすぎて……

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