第14話 二学期からは本気出す!
八月三十一日。
僕は今残りのワーク数ページの問題と一時間ぐらい睨み合いを利かせていた。
「ここさえ終われば……やっと寝れるんだ……」
「はっ…! そういえば今何時?」
部屋の時計に目をやると時刻は既に二本とも十二を指しており流石に寝ないと明日に響いてしまう。
「ふぅ……しょうがない。こうなったらここだけは答えを写して終わらせよう」
この手段だけは僕の信念的にも取りたくなかったが提出できないよりはマシだ。
早速隅っこに重ねていたワークの答え集から該当の問題をぱぱっと丸写しして課題はそのままに僕はすぐにベッドに倒れ込むように眠りについた。
「あとは…目覚ましをセット……」
ベッドの空きスペースに置いた目覚まし時計に手を伸ばそうとしたが眠気が限界に達し、手は時計に伸びきれず翌日。普通に寝坊した。
九月一日。二学期初日。
今日から二学期が始まる。とはいえ今日は主に始業式と課題の確認、提出をするだけで終わる。
「まだちょっと暑いな……」
真夏日のような暑さはなくても多少の蒸し暑さが僕を苦しめる。
「しんどそうだね……中村君」
学校が目前に見えた通学路の途中で後ろから声をかけられて振り返る。
「美結。北沢さん」
「やっほ〜プールの日以来だね〜」
「そうだね。あれ、ちょっと焼けた?」
「あぁ、うん。ちょっとね。一昨日友達とプール行ってたからね」
そんな北沢さんは前に会った頃よりちょっとだけ肌が黒く変化していた。
美結に関してはいつものように綺麗な白い肌が見えている。
「海も行ったんだ。楽しかった?」
「うん! 友達に誘われてね。おかげでもう財布が軽い軽い! だからまたバイト頑張らないとね…」
「バイトしてたの? 絵梨花」
そこで美結は口を開く。
「うん。駅前のカラオケあるでしょ? あそこでやってるよ〜」
「へぇ〜バイトか……僕もやってみようかな」
「それならいつでも歓迎するよ! ウェルカム!」
「ふたりとも。そこまで。話をするのもいいけどそろそろ行かないと」
話が流れに乗ってきたところで美結が間に入り会話が途切れる。
「ちぇ〜まぁいっかじゃまた後でね〜」
そう言いながら一足先に北沢さんは下駄箱のある昇降口に走っていった。
「私達も行こう?」
「う、うん……」
美結に言われて僕らも昇降口に向かう。
二人に会った時からずっと気になっていたことがあった。
今日は会った時からずっと美結が明後日の方向を向けていて顔が全く見えないことだ。直接聞こうとも思ったが今回は前みたいに恥ずかしがってるようには見えない。
とりあえず今は様子を見ることに徹することにする。
* *
『続いて校長先生お願いします』
校長からの長い話が始まり興味もなかったのでそれとなく周囲を見渡すと眠たそうにあくびをしたり、しょぼくれた目をこする人が割といた。
ちゃんと寝ないとだめだぞ。とも思ったが今日ギリギリ寝坊しかけた自分は言えた口ではなかった。
「ではここで実習生の紹介します。お願いします」
「え、実習生? この時期に?」
校長の話を気にせず考え事に吹けていると唐突に実習生の紹介に入ったのには驚いた。普通は四、五月辺りに来そうだけど。
呼ばれて壇上横からその実習生の先生が姿を表す。一目見て感じた感想はまずガタイがいい男性。
そして心の底から自身に満ち溢れた明るい笑顔。見るからに熱血系教師みたいだ。
そしてマイクの前で大きく深呼吸をして口をそっと開く。
「はじめまして。本日から二ヶ月程こちらの学校で実習生をやらしていただくことになりました。門倉冬弥です。皆さんよろしくお願いします!」
自己紹介を終えると改めて僕らに今度は爽やかな笑顔を見せて退場した。
「冬弥先生。ありがとうございます。冬弥先生にはニ年生のクラスを担当してもらいます」
しかも二年生のクラス担当……となると近いうちに直接話すことになるのかな。
けど今のところあの人の第一印象は熱血系教師のオーラを纏った陽キャみたいで少しだけ苦手意識があった。
「これにて始業式を終了します」
そこで始業式が終わり三年生から順に教室へ戻っていく。
* *
「にしてもこの時期に実習生か……」
教室へ戻る時にそう独り言をこぼす。それに二学期は文化祭や期末テスト、あとは確か小さなイベント毎があったはず。
「そういえば文化祭の前に何かあったような……なんだっけ……」
「はーい。夏休みも終わったところでみんなもそろそろ休み気分はやめて二学期に気持ちを切り替えてこう!」
始業式後のホームルーム。担任の朝比奈先生からの一言で一気に二学期が始まるのを実感させられる。
「ということで早速夏休みの課題を集めま〜す。後ろから回してね。ない人は直接言いに来てください」
言われた通り課題を一つ一つ回していきこのクラスは思ったより課題の提出率は高くて安心した。逆に隣の二組の北沢さんは大丈夫だろうか。
正直僕より彼女のほうが課題を終わらせてるかどうかの時点で不安だ。僕はギリギリ間に合ったけど。
「ひぃ…ふぅ…うん。みんなしっかりやってきてるみたいで先生安心しました」
課題を一通り集め終わると教室全体が騒ぎ始める。
「はい。静かに!」
「みんな二学期は文化祭がある! って思ってるけれどその前に来月の頭に中間試験があることを忘れないでね?」
「え……中間…試験?」
言われてみれば文化祭の前に何かあったという違和感を覚えてはいたがまさかのテストだったとは……
周囲も中間試験という言葉に頭を悩まさている。かくいう僕もその一人だ。
「それと……範囲に関しては今回やった課題が半分ぐらい出すからしっかり勉強すること」
「課題からも……!?」
その一言でさらに頭を抱えてしまう。中にはうめき声を上げる人もいた。
「これはまた前みたいに四人で勉強会再来かな……」
美結はテストは大丈夫なんだろうかと気になって右斜め前の席にいる美結のほうを見てみると割と余裕そうに涼しい顔をしていた。
「まぁ僕と違って美結は課題も早めにほぼ終わらしてたしそりゃ余裕だよなぁ……」
しばらく見ていると視線に気づいたのか振り返ってこちらに気づく。僕はなんとなく手を振ってみる。
「ありゃ……」
手を振り返りしてくれるかと期待したがそんなこんともなく再び前を向いた。結局こんな感じの反応をするのはなぜなのか……
「とりあえず後でラインで聞いてみるかな……」
「それじゃあこれでホームルームを終わります。みんなは早く帰ってね〜」
言ってそのまま朝比奈先生は何処かへ行く。
* *
「美結〜一緒に帰ろ〜」
ホームルームも終わり荷物をまとめて帰ろうとした矢先、北沢さんはがクラスに入ってきた。
「いいよ。中村君もどう?」
「僕も構わないよ。ところで英二は?」
「あぁ〜佐藤君は……誘ってみたけど普通に『いい……』って言われてさ〜」
ちょっとだけ似てる北沢さんのものまねに不覚にも吹いてしまった。
「今の英二の真似? そっけない感じが似てるね」
基本的に英二は一人でいることが多いしさっきの北沢さんみたいに誘っても素っ気なく返事をするだけ、それでもたまに僕らとつるんでくれるのはただの気まぐれなんだろうか……
「そういえば、地味に気になってたんだけど中村君って英二君とは普通に話せるよね?」
昇降口を出て僕らは駅までの道を歩く。正門や下駄箱のところには何人か待ち合わせをしている人もいた。
「そうかな? あんまり気にしたことなかっけど」
というよりは最初こそ誰にも等しく素っ気ない感じに接していた。けれど気づいたら今のように態度こそ変化はないが普通に話すぐらいの関係になった。
「なんか……あれなの? 根気強く話しかけ続けて気を許してもらえた的な?」
「どうだったかな……確か覚えてるのは……」
* *
確かあの日は入学してまだ日が浅く、それでもある程度の仲良しグループは既に形成されていって僕は孤立していた。そんな時自分と同じ人はいないかと周囲を探してもほぼいなかった。一人を除いて。
「ん……あいつ、何やってるんだ?」
彼は机にぽつんと座り何かを読んでいた。漫画…いや、小説かな?
僕は気になって彼の隣に近寄って声をかけてみる。
「何を読んでるだ?」
めくろうとしていた手を止め、こっちを一瞥すると彼はすぐに本に視線を戻した。
そしてちょっとだけ不機嫌に感じるその声を聞いて僕はすぐに離れた。
「…………本だけど」
「いや、それはわかるんだけどどんなの? ジャンルは?」
「お前ってボッチなのか?」
「……え?」
それ…お前が言うんかい! まぁあながち否定はしない。事実彼に声をかけたのも同じボッチ仲間だと思ったからだ。
「まぁそうだけど、お前は?」
「俺は違う。ただ一人が好きなだけだ。一緒にするな。あとお前じゃない、佐藤英二」
「あぁ…そう」
この淡々とした態度に呆れと小さな怒りが入り交ざってなんかもうこいつとは仲良くなれないなと確信した。
僕はそのままこの先ずっと学校でボッチで過ごして卒業するんだと受け入れて自分の席に戻ろうとした。僕の席は前から左から二番目……って、
「隣の席かよ! 知らなかった……」
ちょうど隣の席がさっきの英二の席だった。そういえば昨日は保健室に行ってたから周囲の人の見てなかったな……
とはいえそんなことも気にせず僕は席について突っ伏する。
「……そんなにボッチが嫌なのか?」
そこで突然、英二は読書を続けながら口を開く。
「そりゃ誰だって嫌じゃないか? 英二みたいなのを除いて」
「ふ〜ん……難儀だな。そういう考えに固執するやつは」
「けどこうなったら是が非でもボッチ回避の為にも僕は英二に話しかけ続けるから」
「はぁ……なんだそりゃ。変なやつだとは思ったけど変わってるな」
「ふふん。まぁ否定はしないよ」
いま思えばこの時の僕は仲良しグループに話しかけれるほど勇気もなかったのである意味やけになってたんだろう……あと諦め、というか妥協のようなもので英二に関わろうと決めたんだった。
まぁその結果今の自分がいるんだけども。これ以降は覚えてなかった。
* *
「へぇ〜根気強く話しかけてたんだね〜」
話が長くなりそうだったので僕らは電車に乗る前に駅ビル内のファミレスで昼食にしていた。ちなみに今も美結は僕の方には顔を見せてくれないまま。
「まぁなんやかんやあってそれなりに仲良くなったってことなんだよ」
「へぇ〜私も根気強く話しかければ仲良くなれるかな」
「どうだろう。ごちそうさま〜ちょっと話は変わるけれど北沢さん」
「ん〜? 何?」
話題を変えると同時に彼女にある提案を持ちかける。きっと北沢さんも喜んで了承するはず。
「来月中間試験があるよね? 期末試験の時みたいに四人で勉強会しない?」
「もちろん! いつからにする? 今日? 明日?」
「う、うん。とりあえず落ち着いて」
北沢さんは二つ返事で答えてくれた。けどここまで食い気味に聞いてくるほどにやる気になってるのは少し気になるけど……
九月五日。始業式からある程度日が経って周囲も段々二学期の雰囲気に慣れていき授業への愚痴がよく聞こえてくる。そんなある日の五時間目。
中間試験も近づく中、忘れてはならないのが文化祭の存在だ。
二学期は中間、文化祭、期末と文化祭が二回分テストに挟まれているがあと2ヶ月もすれば文化祭が行われる。ということもあって――
「ということで、これから文化祭のやるものを決めてくぞ〜!」
『お〜!』
学級委員の朝倉実の掛け声に呼応するように声を出す。
文化祭のやることを決める今日という日を楽しみにしている人がほとんどだ。といえば聞こえはいいがどっちかというとみんな中間試験という現実を直視したくないだけなのだ。
「決めるといってもその前にまず文化祭実行委員を決めないといけない。誰か、やりたい人いる?」
朝倉の発言には誰も挙手することなくただ静かな空気だけが残る。
「はぁ……だよね。どうします? 先生」
「う〜ん……そうだね。出来れば自主的に挙手してほしいのが本音だけど……」
朝比奈先生は顎に手を当てて声を唸らせる。
「それなら先生が推薦してみてはどうですか?」
「推薦? 私が?」
「はい。誰よりもこの一組のみんなことを分かってる先生なら文化祭実行委員に適任な人を選べると思って……」
確かに。朝倉の言う通り先生からの推薦ならしっかり人は選ぶだろうし選ばれた本人もやる気になるはず。
「推薦……ちょっと考えてみるから先にやることを考えてもらっていいかな?」
「はい! ということでやりたいものある人?」
「はーい!」
やることを決めると分かれば今度はみんな威勢良く手を上げだす。
まず一人早く挙手したのは話したこともないチャラい感じの男子。
「お化け屋敷がいいと思いま〜す。そこまで手間もかからないし最小限の人数で回せるし良くない?」
「ふむ……お化け屋敷か、よし、とりあえず黒板に書いていくからみんなどんどん挙手してくれ」
それからも挙手する勢いは増していき最終的に出された案は十個ほどになった。
「この中から一つか……」
朝倉が言うその黒板には文化祭の定番とも言えるコスプレ喫茶やお化け屋敷、あとは屋台系のものや演劇などなど多種多様に満ちている。
「よしっ、決めた!」
そこで朝比奈先生が立ち上がる。ようやく実行委員が決まったみたいだ。
「これから男子、女子それぞれ発表します。」
その言葉に一同朝比奈先生に注目する。
「まずは男子……中村君!」
うんうん。男子は中村君……僕っ!?
急に席を立ち上がったことで周囲からとても注目されてなんか気分が悪くなってきた……
「えっ、先生ちなみに理由はなんですか?」
「まぁまぁ。とりあえず女子の方も言ってからね」
いったいなぜ僕なんだろう……
「次に女子は……史野森さん」
史野森さん……? 誰だろう。
「わ、私……?」
驚いたように前の席にいたオドオドしていた史野森さんが立ち上がる。メガネを掛けていて多分僕より低身長な彼女のことは多分知ってるとは思うけれど、う〜ん……多分彼女とはこれまで関わったことがないかもしれない……。
「以下の二人を実行委員に推薦します。」
そこで少しの間沈黙が続く。みんなは驚きの表情もせず僕と史野森さんを見る。
「ちなみに理由ですが……実行委員って学級委員とはまた違う多忙さがあるのよね。クラスをまとめたり実行委員だけの仕事とか。それでも手際よくやらないと行けないの。特にこの二人の手際の良さは実行委員になっても発揮されると思ったわ。だから私はこの二人に推薦しました」
おぉ〜と周囲は納得の反応だった。
「ならふたりはとりあえず前に出てきてもらっていい?」
「うん」
「はい……」
朝倉に言われて僕らは教卓を前にちょっとした段差の上に並んで立つ。
「それじゃあこれから軽い自己紹介を言ってもらうよ。じゃあまず中村君からどうぞ」
「はい。中村隼人です。こういった実行委員とかはやった経験はないですが推薦されたからには期待に応えたいと思います。」
自己紹介が終わって一息つくと拍手が鳴り出す。周囲からの印象と評価はいまのとのろ悪くないみたいだ。
「じゃあ続いて史野森さんお願い!」
「は、はい…えっと……史野森秋です。私も中村君と同じで実行委員のような人を引っ張っていく役割は経験ありません……けど一生懸命やります!」
史野森さんは喋りだしこそおどおどしていたが最後はシュッとした表情で決意表明をした。
僕自身史野森さんとは話したことは一度もないけど…なんていうか出会った頃の美結に近い印象を感じる。
「ありがとう二人共。それじゃあここからは二人に引き継いでもらうね」
そう言うと朝倉は自分の席へ戻る。再び視線が僕らに全集中する。やっぱりこういうのは慣れないな……なんていうか疲れてくる。
「それじゃあ進行をお願いね。中村君、史野森さん」
「はい! えっと……それでは今出てるもの以外にも案がある人はいますか?」
クラス全体を見ても誰も手は挙げない。今黒板に書かれているのでほぼ出尽くしたって感じだな。
「それじゃあここからは多数決で決める? 中村君」
「そうだね。集計の方お願い」
「うん。わかった」
初めて話すにしては結構うまく話せていると思う。これを機に仲良くなってみるのもありかもしれない。
「そ、それじゃあメイドカフェがやりたい人〜」
「え〜と……ひぃ、ふぅ……十人だね」
言われた人数を書き込む。
それからも何事もなく順調に集計は続き、少ない案を排斥してある程度文化祭のやること決めは話が纏まってきた。
「結構絞られてきたね」
「そうだね。とはいえまだ残り三つ」
黒板に今も残っているのはメイド喫茶、お化け屋敷、演劇の三つ。
「それじゃあまた多数決でもする?」
「う〜ん……それもいいけど時間も有限だし」
今日は五、六時間目はホームルームの時間として文化祭の決め事の時間を取れて入るが既に六時間目に入っている。そろそろ結論を出さないと……
「一応、今週の金曜日まで決めればいいから無理して今日中に決めないといけないわけじゃないよ」
「そうなんですか……」
みんなはもう集中力も切れてるのもあってこれ以上の話し合いを続けるのは良くないかもしれない。まだ今日は火曜日。金曜日まで残り四日。
まだ余裕があるから今日の話し合いはここで切り上げたほうがいいかもしれない。
「それじゃあ今日の話し合いはここまでにしておきます。史野森さん黒板消しといてもらっていい?」
「うん。わかった」
集計をまとめたノートを手にとって僕は席に戻る。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様。中村君」
ぐったりして突っ伏せしていると美結が声をかけられる。
「ありがとう。正直荷が重いとは思うけど頑張るよ」
「けど中間試験の勉強もあるからね。頑張って!」
「うん……頑張るよ」
これからは文化祭実行委員としての仕事、中間試験の勉強。それでいて余裕があれば史野森さんと話して仲良くなってみるといった感じで一学期とは打って変わって二学期は多忙な時期になるだろう。
そして終礼が終わって僕は帰ろうとしていたところで。
「あっ、中村君、史野森さん。今日は文化祭実行委員で軽い集まりがあるから行ってもらっていい?」
「は〜い」
朝比奈先生にそう言われ僕たちはカバンを手に取って目的の多目的教室に向かう。その道中史野森さんの方から声をかけられた。
「な、中村君はああいった役職は本当にやった事ないの?」
「役職……あぁ〜そういう。うん。ないよ。中学の頃班長をやることがあったぐらいで学級委員なんてやったこともやろうと思ったことなかったな〜」
第一柄じゃないと思って避けていたのもあったけれどその頃からずっと僕は積極性はそこまでなかったので『そこそこ』が生活での判断基準になっていた。
「そうなんだ……けどあの場を結構纏められてて凄いなって思ったよ?」
「まぁ教室となるとそこまで物怖じしないけれどこれが全校生徒の前だと話は違ってくるよ」
「そうなんだ……それでも私はすごいと思うよ。えへへ。あっ、着いたね」
昇降口の階段を一階分登った左奥にその教室はあった。
「失礼します。文化祭実行委員は来るように言われてきました」
「あぁ。よく来たね。じゃこれで全員揃ったことだし始めようか」
僕らも席に着いたところで実行委員の顧問の先生がホワイトボードの前に立って仕切る。
「それじゃあ今年の文化祭もとい汐華祭は三日間の開催。というのは大丈夫だよね」
全員認知しているので黙って頷く。
「それでいて各々、クラス毎に決めてもらってんだけど今週の金曜日の、遅くても夕方には出してほしいな」
「それともう一つ。過去にも喫茶店とか屋台系のやつをやる人がいるなら早めにな〜色々と決めなくちゃいけないしな」
と顧問の先生はその面倒くささを体験したのかしんどそうに表情を曇らせた。
「あと最後に一つ。もしクラスでやることが決まってるところがあればもう出しといてくれ。以上。解散!」
そこで実行委員の会議は終了。それぞれ文化祭案を出す生徒やぞろぞろと帰っていく生徒で別れる。
「……じゃあ僕らは帰ろう。史野森さん」
「う、うん……」
* *
「ふぅ……二学期はあっという間に終わりそうだな」
ちょっとした休憩がてら僕は学校から歩いてすぐの所にあるカフェで一息つくとにした。
「う〜ん……やっぱりここはいいなぁ。いつまでもいられる雰囲気がある」
ちなみにこのカフェは初めて美結と話した日にゆっくり話すために来たお店であれ以降も僕はちょくちょく訪れていた。
「ありがとうございます。このお店はそいった雰囲気を意識しましたので」
「あっ、聞こえていましたか。すみません」
「いえいえ。そういった感想を聞くのは嬉しいのでどんどんお願いします」
「あっ、はい」
突然声をかけてきたこのちょび髭のおじいさんは斉藤さん。なんでも僕の通う汐華高校設立よりも前からここでカフェを経営していたとか。
しかもこの人以外に従業員を一度も見たことはない。多分一人でずっとこのお店を回してきたんだろう。とはいえ、この斉藤さん。所々に白髪が見え隠れしていてもう割とお年なきがするけど見たところ言動からも元気さが伝わってくる。
「メイド喫茶とかでこういう雰囲気はどうなんだろう……」
僕はバッグから文化祭で絞った案を一つ一つ目を通していく。正直僕はどれもあまりやりたいとは思ってない。メイド喫茶に関しては女子はともかく男子も着ると思うと……
お化け屋敷に関しても教室全体を使うにしても脅かし役だとか仕掛け作りなどで大変そうだ。
「メイド喫茶……? 文化祭ですか?」
「あぁ…はい。実は今日から文化祭のやることを決めだしたんですかまだ決まりきってなくて」
「ふむ……懐かしいですね。私も高校生の頃は三年間メイド喫茶をやってましてね。最後の年は執事服が着れたので満足しましたが」
「へぇ〜執事服ですか。今の斉藤さんなら絶対ピッタリですよ! 完璧にこなす召使いって感じで」
「ふふっ…そうですか。もし従業員を雇うならそうさせてみるのもありですね……」
斉藤さんは不敵な笑みを見せながら影でメモろうとしている。従業員っていなかったんだ……。
「執事服……はっ!」
この時隼人の体に電流巡るようにあることを閃く。
「メイド喫茶でも充分面白いかもだけど執事服も取り入れてもありなんじゃ……?」
これなら男子は執事服、女子はメイド服と、お互い不満なく取り組めるんじゃ……? けどみんなやろう! って思うかな? そもそも人によってはやりたくない、着たくないと思う人もいるだろうとは思う。
「……美結はどうなんだろう」
そこでふと美結のことが頭をよぎる。女子全員がメイド服を着るというなら美結だって当然メイド服を着る。
水着や浴衣も彼女にはどれもよく似合っていたんだ。きっとメイド服も似合うこと間違いなしだろう。あっ、いやその逆もありか? 執事服を女子に聞いてみるのも人によっては需要あるんじゃ? 美結の場合髪を整えれば王子様みたいな執事が完成するんじゃ……
「ってなんかこれじゃあ僕、変態みたいだな」
ふと冷静になってさっきの自分を振り返るとめんどくさいオタクみたいで思わず自己嫌悪する。
「とりあえず明日、提案してみようかな……ん?」
考えも纏まってノートにも一通りのプランを書き終えたところでポケットに入れたスマホが震えた。
「あっ、史野森さん」
メッセージの相手は今日初めて話して関わりを持った史野森さんだ。帰り際別かれる途中、実行委員同士連絡取れたほうが何かと便利。と言って僕から連絡先の交換を持ちかけたんだっけ。
『演劇のことなんですけど。もしやるならさらに演目を決めておいた方が決めやすいと思うんです』
「うん。確かにそうかもしれない……」
『それもそうだね。僕も提案したいことあるし。今度提案してみよう!』
「……よしっ!」
さっきまでは文化祭にそこまでやる気はなかったけどこうすればいいんじゃ? こうすれば面白いんじゃ? と次第にそれについて考えていくと楽しくなってきて今はもう文化祭の日が待ち遠しいとですら思っている。
「ふぅ……斉藤さん。ごちそうさま! お会計お願いします」
「は〜い。今日も結構食べたくれたね。こっちとしては嬉しい限りだよ」
「あはは……けどその結果財布が軽くなってますけどね」
たまに夏休みもわざわざ何度かゆったりとした時間を過ごしにここへ来店していた。お陰様で財布が軽い軽い……
「それならここで働くかい?」
「えっ……?」
急な申し出に流石に驚きを隠せない。正直親からの毎月お小遣い五千円だけなのは高校生である以上、結構お金は使うのでこの申し出はありがたい。
「まぁ急なことだから別に断ってもいい―」
「いえ、やらせてください!」
僕は食い気味に答えた。
「あっ、けどここで食べるために働くのって変な話ですね」
「ははっ、別にいいんだよ。働く理由なんてね」
「そうなんですか……まぁ何にせよこれから色々とお願いします!」
「うん。こちらこそ」
挨拶をして僕は店をあとにした。
* *
「今日、色々とありすぎて本当に疲れた……」
ようやく家に着いて僕はすぐに部屋のベッドにダイブした。
ちなみにもう時間は夕暮れ時で部屋も電気をつけないと割と暗い。
「今日あったこと振り返ってみるか……」
まず文化祭の決めごとで実行委員に推薦されそのまま司会を行い、そして放課後軽い会議に参加してその後はカフェで一息つくのと働いてみないかと呼びかけられる。
うん。改めて見ると濃厚な一日だ。実行委員に関してまだ面倒くさいとかしっかり最後まで役目を果たせるかどうかが不安だけどそれでもやってみよう。
それに中学の頃とは違って文化祭にここまでやる気になってるのは初めてだしここまでくればあとはとことん頑張ってみるだけだ。
「よしっ、早速ノートに詳しい案を書いていくか!」
そこからぶっ通しで一時間は机に座ってノートとにらめっこしていた。
「ん……?」
気づけば寝てしまったみたいだ。カーテンも開けっぱで窓からは月明かりの光が差し込んでいた。それよりもさっきからずっとスマホが鳴っていた。
「あっ、美結からだ」
「もしもし」
『もしもし。今大丈夫だった?』
「うん。ちょうど仮眠して今起きたところ」
『そっか。ならよかった。実は一つ謝っておきたいことがあって……』
「謝っておきたいこと?」
なんだろう。最近美結に謝られるようなことしたかな? 特に心当たりがない……
「うん……今日、私。中村君に素っ気なかったよね」
「そうだっけ?」
素っ気なかったと聞いてもまだピンとこない……もしかして顔を見せてくれなかったことだったりするのかな?
「まぁそういうことならその謝りは受け取るけど……」
『ありがとう。今度からはああいう風にはしないから!』
『それとは別に一つだけ』
「ん?」
『実行委員、無理しないで頑張ってね……何だったら私も仕事手伝うから』
「ん? あぁうん。ありがとう?」
急な励ましに少し困惑こそしたけれど僕は素直に受け取る。
「美結も体調気をつけてね。これからは涼しくなってきたし」
『うん。ありがとう。それじゃあまた明日!』
「うん。また明日」
通話が終わってスマホを置いて一言。
「なんか……今のやり取りカップルみたい……いやいや、ただの友達にそういうこと思うのは良くないよな」
そんな雑念を振り払うように僕は下に降りて夕食を取ってその日は寝て終わった。
今年の後半はきっとあっという間に過ぎるんだろうな……
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