第12話 夏だ! 海だ! プールだ! 後編
「ねぇねぇ〜遊ぼうよ〜」
「あ、えっと……」
おそらく大学生と思われる二人に問い詰めれて美結はたじろいでいた。
「あ、その…」
彼らに声をかけようとしても思ったより僕も少しビビってしまっていた。
それだけじゃなくナンパ男たちに一言言えない臆病な自身への怒りと今も怖がっている美結のことを思うと胸の中はいろんな感情でぐちゃぐちゃだ。
「もしかして君、リードされたい感じ? なら任せてよ! ほら!」
金髪のナンパ男が美結の腕に手を伸ばそうとする。
「や、やめ―」
「あ、あの……やめてあげてください!」
なんとかしようと思って行動できた時には僕の腕は金髪男の手をはねのけていた。
「ちっ。なんだよお前は」
金髪男はあからさまに不機嫌そうに舌打ちをしながらこちらを睨むつける。
もう片方のガリガリの男は険悪な空気を察したのか金髪男を置いて一人逃げていった。
最初こそ言ってしまった……やばいと思っていたが今ではもう腹をくくって戦うしかないと僕の中で何かが吹っ切れる。それにここで何も行動しなかったらそれこそ一生後悔していた。
「何って……そこの彼女の連れ…ですよ」
「連れ…? あ〜お前ってこの子の知り合いか。地味なやつだったからどうせ他人だと思ったよ」
金髪男は嘲笑気味に笑いかける。
内心僕の心には静かに怒りが見え据えていた。普段は怒ることなんて滅多にないのに今、この時だけはどんどん怒りが静かに増していく。
僕のことを地味なやつだと決めつけたこと。何より美結を怖がらせたこと。
「悪かったね。地味で」
僕は反論として軽い皮肉な返しをした。
ここまで来るともう恐怖はない。ただ立ち向かうだけだ。たとえ暴力ありきの喧嘩になっても。
「あっそ、けどそこまでお前とこの子そんなにめっちゃ仲いいってわけじゃないんだろ? ん?」
金髪男はどこか得意げに語る。ナンパしてきた時点でいい目されるわけないだろ……
「うっ……」
まだ英二や北沢さんにそれを指摘されるならまだしもこういったムカつくやつに指摘されると何も言い返せない。
確かに僕と美結の今の関係性はどう言い表すのか正しいんだろう。
その時横に座っている美結の方に目をやると彼女の表情が曇りだす。
まずい、怖がらせただけじゃなく、不安にさせてしまっている。けど何かを決心しようとしているようにも見えた。すると彼女は椅子ごと僕に寄せて一言。
「わ、私達付き合ってるの! これなら文句ないでしょ!」
「なっ!?」
金髪男はあんぐりと口を開けて驚く。
まさかの付き合っている宣言。流石にその場しのぎの為の嘘とはいえ、僕も内心動揺してしまう。
「……ん?」
それとさり気なく僕の手に美結のか細い手が重ねられている。彼女の手は見た目以上に握ったら手の指が簡単に折ってしまわないか不安に感じた。
「……くそっ! くそったれ!」
金髪男はとても悔しそうに悪態を晒してこの場を去っていった。
「……ふぅ〜や、やっと行ってくれた……」
金髪男が見えなくなったところで美結が先に口を開いてテーブルに突っ伏する。
「美結。ごめんね。すぐに助けられなくて」
「ううん。中村くんが気に病むことないよ」
気丈に笑顔を見せて平気を装っているけれどその表情には少し雲が差し込んでいる。
「けど……いや、何でもない」
とりあえず今は彼女の側にいよう。自分のことは後で考えればいい。
そういえば金髪男を追い払うのに必死であまり意識してなかったけど僕の手の上には彼女のか細い手が。
「あ、そういえば…美結。手が……」
「そ、そうだよね……ごめんね。すぐに離すから」
そう言うと美結は素早く重ねていた手を離していく。
「…………」
「いや〜それにしても英二。焼きそば買いに行ったのに遅いなぁ……」
「そうだね〜結構時間経った気がするけどね」
沈黙に耐えきれずお互い話し出すが内容が適当でその話も終わっていく。
「悪い。またせた」
そこで焼きそばの入ったパックを三つ持ってきた英二が戻ってきた。
「遅いよ。どこで道草食ってたの?」
「道草っていうか、列が長かったんだよ」
「ごめ〜んみんな、そろそろお昼にしよう?」
そこで北沢さんも向かってきて全員集合を果たす。ちなみに北沢さんはこれまでにないぐらい髪がすごいことになっていた。
* *
「いや〜にしてもここって食べ物沢山あったね。かき氷があったのには目を疑ったよ」
「まぁ、夏といえば、だしね」
全員集合したところで僕たちが座っている席で食べることになった。
僕と美結、英二は少食なので焼きそばだけで十分だったが北沢さんは屋台を見て回り結構な数の食事を持ってきた。
「絵梨花、全部食べられるの?」
美結が怪訝そうな目をしながら聞いてくる。
「そんな目で見なくても余裕♪余裕♪けどもしもの時はみんな……ごめんね?」
ちなみに北沢さんはフランクフルトかき氷、焼きそば、たこ焼きと結構食べる気まんまんみたいだ。
『いただきます』
「そういえば美結、さっき誰かに声かけられた?」
焼きそばを口に運ぼうとしようとしたところで美結の手がピタリと止まる。
「え、見てたの?」
「うん。ウォータースライダー巡りしてて上に登ってる時にちょっとだけ」
「そっか…絵梨花、実は……」
美結は北沢さんの耳元で何かを言っている。おそらくさっきのナンパ事件のことだろう。
「へぇ……! それは、羨ましいというか怖かったね……」
「うん……だけど中村君が間に入って助けてくれたんだよ。」
「ふむふむ……やるじゃん中村君!」
北沢さんが少し強めに背中を叩く。
「痛っ……というかナンパする人って本当にいるんだね。漫画の中だけの存在だと思ってたよ」
「まぁする人はいるからね……もし私が男だったら美結みたいな可愛い子と付き合いたいよ」
「急にどうしたの。チャラい人みたいなこと言い出して」
「そ、そんな……チャラいって……ねぇ、二人共今の私そんなにチャラかった?」
「うん。」
「そうだな」
これに関しては満場一致でそう思う。なんていうか軽いノリで異性に声をかけてそうなイメージが…
「じゃ、じゃあさ。仮にこの中なら美結は誰と付き合ってみたい?」
ナンパ男の話から話題は一変。急に恋バナへとシフトチェンジした。
「この中って……絵理香は女子でしょ?」
「私が男だと思ってよく考えてみて?」
この時の会話があまりにも意味不明過ぎて僕はもう理解するのを諦めて美結は呆れ顔を見せていた。
「この中で……とりあえず絵梨花は除外するとして」
「ひどい…!」
「佐藤君は……まだあんまり話したことないから保留で……」
「そうか……」
英二は興味なさそうにスマホをいじりながらこっちの会話に耳を傾けていた。
「となると中村君と美結は……きゃ〜!」
そこで北沢さんが間に入り一人黄色い声をあげる。
「別にそういう関係じゃ……」
「そ、そうだよ……! 私と中村くんはもっとそういうのじゃないと思う……」
「え?」
「へ?」
美結の予想外の反応に僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
これは僕のことを彼女はどう思っているんだろうか。気になってしょうがない。
「あ〜えっと、とりあえずご飯食べ終わったらまた遊びに行くよ! 楽しまないと!」
このなんともいえない空気を察したのか北沢さんは話題を変えるように急いで食事を口に流し込む。
「ちょ、そんなにかきこんだら喉詰まるよ」
「大丈夫、大丈……ごほっ!」
早速喉をつまらせた。言わんこっちゃない。
「もう……ほら、水」
「けほっ……ありがとう。」
「別に無理して空気を変えようとしなくて大丈夫。今はこの四人で食べてる時間が好きだから」
「美結……美結〜!」
嬉し泣きの涙を流しながら北沢さんがべったり抱きつこうとする。
「ちょ、離れて絵梨花。あんまりベタベタしないで」
そんな北沢さんを美結は嫌そうにしてるけど満更でもなさそうにそのまましている。
「とりあえずご飯食べたら流れるプールとか他の遊びもやってみよう?」
「それなら任せて! 私はここに何度も来たことあるからね。もうここのスタッフと思って頼ってよ」
さっきまでちょっと気まずいような雰囲気が嘘みたいに消えて今では美結と北沢さんの二人が楽しそうにどこ行こうかと決め合っていた。
「とりあえず流れるプール行こうよ。そっちなら食後の体にも優しいし」
「同感。焼きそばだけとはいえ食後はゆっくりしたいし」
「よ〜しじゃ、早速流れるプールへ!」
*
「着いたのはいいけど人少ないね……」
「だね……見たところいても数人ってところか」
休憩所から歩いて少しの所に流れるプールはあった。想定より人が少なくてラッキーだ。
「まっ、いっか。ゆっくり流されよう〜」
そう言いながら北沢プールの中へ勢いよく飛び込む。激しい水しぶきさえも気にせずに。
「きゃ…! もう、絵梨花ってば……えいっ」
続けて美結もプールの中へ優しく入る。
「ぷはぁ……ほら、二人も早く! 早く!」
北沢さんに急かされるように僕と英二も入る。
「うわ……思ったより流れるスピード早いね……」
プールへ入ったとたん、急な勢いでびっくりした。流れるプールってこんなに早いんだ……。
「う〜ん。最高〜♪」
それにこのプール、どうやら内側と外側で流れる速度が変わってくるみたいだ。今は僕と北沢さん。反対側に美結と英二の二つに分かれた。
「ぶっちゃけさ、聞いていい?」
「ん? 何を?」
緩やかな流れに身を任せて僕と北沢さんはゆっくりしている中北沢さんは言う。
「実際ところ、美結とはどうなの?」
「どうって…これはどう答えればいいの?」
「あぁ…別に深く考えず好きかどうか聞きたいの」
「あ〜そういう……好きだよ」
仮にこれが好きか嫌いかでの質問なら迷いなく前者を答える。彼女は偶に見せる笑顔が魅力的だし何よりこれからも仲良くしたいと思っている。
「そっか……」
その答えに北沢さんは少し寂しそうに笑ったがすぐにいつもの明るい彼女に戻った。
「急な質問でびっくりしたけどどうしたの? 突然」
「いや〜最近ある相談を受けてね。その人の話を聞く限り君に気があると思うんだよね……」
「その人…? いったい誰?」
僕に気があるという事実は嬉しいが『その人』によっては反応は変わってくる。
「美結からだよ。だいぶ前にはなるけどね」
「え……美結が、僕に……?」
「うん。わかりやすくテンパってるね〜」
「そりゃテンパるよ。だって彼女もそういう素振りなかったでしょ」
「あくまで。私の考えではね。けど八割は本当だと思うな」
「そっか……」
仮に美結が僕のことを……だとして僕はどうするべきなんだろう。けど僕は誰かを好きになったことがない。
彼女に対して思うのはずっと一緒にいても落ち着くということだけ。これは恋心とはほど遠い感情な気がする。
「まぁ真剣に考えてあげてね。美結ためにも。」
そのまま北沢さんは流れるプールから出てどこかへ行ってしまった。
「僕に気がある……か」
まだ半信半疑とはいえ僕はこの気持ちにどう向き合うべきなんだろう……。
「ふぅ〜遊んだ遊んだ〜」
「結構遊んだね。もう四時か…」
流れるプールで時間を忘れてゆったりすること一時間。
僕らは一日中遊んでヘトヘトなので着替えを済ませて施設から出ようとしていたとき。
「あっ! お土産買えるよ! せっかくだから見ていこうよ!」
「お土産? あっ、結構広いね見ていこうよ二人共」
僕と英二は疲れてぐったりしていたが美結はお土産屋を見た途端元気になる。
「二人は元気だなぁ……いや、単に僕の体力が少ないだけか」
中に入ってみると本当に沢山の種類のお土産が揃っていた。
お菓子やこの店舗限定の飲み物、アロハシャツ、定番のストラップや文房具等々……これほど多いと選ぶに迷いそうだ。
「佐藤君ちょっとこれかけてみて!」
北沢さんが手に持っていたのは大きな黒いサングラス。
「え…普通に嫌だけど」
「そこはなんとか! 一回だけでいいから!」
よほど掛けてもらいたいのか必死にお願いする北沢さん。
「いいんじゃない? 英二。案外似合うかも」
「……わかったよ」
英二はため息を吐きつつもサングラスを手にとって掛けてくれた。
「おぉ……お〜!」
「感想は……?」
サングラスをクイッと下げながらこちらを一瞥する英二。服装も相まってその道の人だと思ってしまう。
「怖い」
「ワイルドでかっこいい!」
「普通の人は怖がりそう……」
それぞれバラバラな感想が出るなか北沢さんだけ目を輝かせていた。
「ろくな感想出ねぇな……もういいだろ、戻してくる。これどこにあったんだ?」
「それはね、こっちこっち」
そう言って北沢さんはと英二はサングラスが置かれているショーケースの方へ向かった。
「お土産か……美結は買いたいものとかあるの?」
「私は、家族にお菓子でも買って帰ろうかな」
「それならちょうど目の前にいろんなお菓子が置いてるみたいだ」
入ってすぐの所にお菓子の箱が山積みの商品棚がずらりと並んでいる。
「わぁ……たくさんあるね。ケーキやクッキー、あっ…カステラなんかもあるんだ」
美結は目の前の沢山のお菓子に好きな物を見る子供のように楽しそうに目移りしていた。
「あっ、これ美味しそう。しかも安い!」
美結が手に取った箱は二十五個入りのフルーツクッキーだった。
「確かに、これで千円は結構安いね僕も買おっと。後はストラップかな……」
「ストラップ買うの? なら私も」
手に取ったお菓子を買い物かごに入れてストラップが置いてある場所へ歩き出す。
「おぉ〜! イルカのストラップ!」
ストラップ置き場が視界に入ると美結はイルカのストラップに食いつく。
「好きなの? イルカ」
「うん! 初めて水族館行った時にイルカを見てそれからイルカが大好きになったんだ!」
そう言いながら美結は屈託のない笑顔を見せる。
「じゃあ僕は……これかな」
僕はイルカの隣にあった亀のストラップを手に取った。
「あっ……」
すると美結はストラップを持ったまま何処かへ歩き出す。
「美結……?」
美結が見ていていたのは沢山のサングラスが掛けられていた商品棚。丸いサングラスや星型などいろんな形が揃っていた。
「これ……中村君に似合いそう」
そう言って美結は水色のサングラスを手に取って僕に見せてみた。
「まぁ美結がそういうのなら……」
そのまま掛けて見ると意外と前はハッキリと見えるぐらいの透明感。あとはどう見えているのかが気になるけど……
「どう?」
「うん。やっぱり私が思ったとおり中村君には水色みたいな明るい色が合うのかも」
「そっか。じゃあ僕も選んであげるよ。どれがいいかなぁ……」
言ってサングラスに目をやるも正直、女子にサングラス自体似合うものかどうかはよく分からない。
「あっ……いいかも。美結。これとかどう?」
「これってハート型……」
僕が手に取ったのは陽キャな女子が掛けてそうなハート型のサングラス。
「うぅ……こういうの掛けたことないから抵抗ある……どう、かな?」
サングラスを両手でクイッと下げながら上目遣いでこっちを見る美結の姿に思わず目をそらしてしまう。
普段は美結に対してそれほど何も思っていなかった隼人もこの時は魅力的な異性として見てドキッとしていた。
「結構…似合ってると思うよ……」
「……? ありがとう。けど恥ずかしいから普段は使わないでおこうかな」
「その言い方…買うの?」
「うん。せっかく中村君が選んでくれたんだからね。また来年来たときにでも掛けてみる!」
「そうだね。ここで遊ぶには楽しいかもね」
そしてお互い選んだサングラスをカゴに入れてその後も他のお土産も見て回り一通り楽しんだところで僕らは購入した袋を片手にプール施設を出た。
* *
「すぅ……」
帰りの電車の中で北沢さんは隣の英二によりかかるように寝てしまった。
夕焼けが差し込んで社内がオレンジ色に包まれて冷房との気温差で心地いい気分になる。
「楽しかったね。プール」
「そうだね。来年は……もう僕たち受験生か〜」
僕らはもう高校二年。来年からは本格的に受験シーズン真っ只中となる。
そうなると『遊ぶ』なんて考えも起きなくなるんだろう。
「……中村君」
静かな時間と景色が過ぎていく中、美結が口を開く。
「ナンパしてきたあの人の時、私、中村君のこと彼氏って……」
「あぁ…あのことね。」
そういえばあの時確かにあの金髪男を追い返す為に僕だけじゃなく美結も反論として言っていた。
「ごめんね……つい勢いで言っちゃったとはいえ」
美結は僕の方に体を向けて頭を軽く下げた。まず謝られたことに驚いた。
「え、ちょ……どうして美結が謝るのさ」
「だってただの友達が『この人が私の彼女!』みたいに言われたら誰だって嫌だと思うけど……」
「美結……あれはあくまであの男を追い払う為に言ってたことも理解してるしそれに……」
「それに……?」
それに。この先のあとに続く言葉が口から発せられない。言おうと思っても口は言うことを聞かない。
「と、とにかく! 僕は嫌とかそういうのは思ってないってこと!」
ようやく口から出た言葉は僕の言いたいこととは別でその場凌ぎの嘘のようだった。
「そっか……良かった〜私、中村君にだけは嫌われたくないって思ってて」
いつもの明るい表情を見せる美結。
「それは置いといてまた来ようね中村君」
「そうだね。来年もこの四人で」
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