第11話 夏だ! 海だ! プールだ! 前編
八月十七日。僕は駅ビルの中にあるファミレスに集まっていた。北沢さんや美結も一緒に。ちなみに昼食も兼ねて。
「ということでプール施設に行く日を決めま〜す」
「「はーい!」」
僕と美結はテンションを上げて返事する。
「……」
「ほら。佐藤君もテンション上げて!」
「ほ〜い……」
ちなみに英二に至ってはいつものように気だるそうにしていた。誘った時に普通に『行く』っと返事したのは誘っておきながら驚いた。
てっきりこういうイベント以前にみんなでワイワイするのには参加しない一匹狼タイプだと思ったけど違うのか……?
「それで早速本題なんだけど……この日がいい!
とかある?」
僕が考え事にふけている間に美結がこの場を仕切る。
「私は今週の土曜日がいいかな……」
「僕は特に。何日でもいいよ」
「俺も中村と同じく」
「今週の土曜日ねぇ……うん。私は予定ないし別にいいかな。二人は?」
北沢さんは手提げバッグから小さな手帳を取り出した。おそらく年間の予定表でも見てるんだろう。
「僕も予定ないかな」
「俺も」
何事もなくスムーズに決まったと思えば北沢さんは少し不満そうに頬を膨らませる。
「なら今週の土曜日に決定! ……いや、もうちょい話広げようよ!」
「話したかっただけなんじゃ? わざわざ電話とかでやればいいことなのに……」
「うっ…!」
英二の鋭い指摘に北沢さんは皮膚をつままれたように目を細める。
「佐藤君と同じこと私も思ってた。もしかして……夏休みの課題の現実逃避でわざわざ集めたんじゃ……」
そこで美結も便乗するように畳み掛ける。ここまで言われた放題言われてると可愛そうに見えてくる。
「くっ……しょうがないじゃん! 課題多すぎるしそれでも遊びたくて私は、うぅ……」
まるで懺悔でもするように北沢さん半泣きで開き直って愚痴を零す。
そんな彼女の愚痴に僕は内心共感しかなかった。
「はぁ……しょうがない。絵梨花、課題はどれぐらい進めてるの?」
「ぐすっ……ワーク3ページ分だけ」
「じゃあ私が手伝って上げるから絶対に二十日までに半分ぐらい終わらせるよ」
「うへぇ……ちなみに半分ってどれぐらい?」
「半分って言っても私のさじ加減次第かな。まぁ…ずっと後回しにした自分を呪うんだね」
そう言いながら美結はいたずらに笑いかける。夏祭りの日以来。美結はあれから笑う時は増え始めて笑顔を見せることも多くなっていた。
「はぁ……ホント、後回しにするんじゃなかった」
そんなこんなでプールに行く日は何事もなく決まり北沢さんの課題の方はまぁ……頑張れ!
* * *
八月二十日。僕たちは目的地のプール施設のある最寄り駅の改札で待ち合わせをすることにした。
「ふぅ〜人混みがヤバかった……」
サマーシーズン真っ盛りな今家族団体やカップル、友達同士で何処かへと行こうと考える人は多かった。
「着いたのはいいけどまだ誰もいない……一番乗りか」
集合の八時までまだ三十分。早すぎたかな……
「俺もいるぞ……」
「ぬぉっ!? びっくりした。いたんだ……」
ぬっと背後から英二が声を掛けてびっくりして思わず変な声が出てしまった。
「早いな…もしかして楽しみにして早く来てたとか?」
「違う。混まない内に先に来てこっちで時間を潰してただけだ。あそこのカフェでな」
そう言いながら英二が指差す喫茶店は陽キャが通ってそうなお洒落な店だった。英二は仲間だと思ってたけど……意外と陽キャ!?
「お待たせ〜二人は今来たところ?」
続いて北沢さんも到着。北沢さんは肩が割とはみ出てるようなオレンジ色のワンピースに見を包んで現れた。
「いや、ついさっき来たところだよ」
「あはは〜みんななんだかんだで楽しみにしてたみたいで誘った私は嬉しい限りですよ〜」
「あれ、美結とは一緒に来てないの?」
「あぁ〜美結なら私の後ろだよ。なんかずっと後ろにくっついたままで」
彼女の後ろを確かに北沢さんの影に美結の姿が見えた。これでようやく全員集合した。
「いや〜今日の為に色々とおめかししたはいいんだけど。いざこの場に来てみると急に隠れちゃってね〜ほら、そろそろ出てきんしゃい!」
「わっ!」
美結は北沢さんに背中を押し出されて飛び出した。
「ど、どうかな……」
今日の美結のコーディネートは何より彼女が袖を通している白いワンピースに目がいった。やっぱり美結には白色がぴったりだな……
「……中村君?」
「……はっ! あっ、うん。とっても似合ってると思うよ」
「えへへ。ありがとう中村君。」
美結はとてもご機嫌そうに笑う。
「それじゃあ集まったことだし。混雑する前に出発!」
再び北沢さんが仕切りながら僕らは歩き出す。
「そういえば中村君。中村君」
「ん? どうしたの?」
プール施設までの道中、突然北沢さんが小声で話しかけきた。僕もそれに対してなんとなく小声で応える。
「美結のこと名前呼びが自然になってきてるね。何か二人の間にただならぬ事があった感じかな〜?」
「う〜ん……まぁあながちそう…だね」
「へぇ〜それはそれはまた今度ゆっくり聞かせてほしいね」
北沢さんはにまにまとした笑みを浮かべながらこちらを見てくる。なんだかんだで彼女はこの手の話になるとこの表情を見せることがよくある。
「まぁいつか……ね」
そんなことを話している間に目的地に到着。入口のエントランスには遊びに来ている客が数人いるぐらいで比較的空いていた。
「いらっしゃいませ〜何名ですか?」
「四人で〜す」
「はい。では右手側に更衣室。さらに奥に進みますと中へ入りますのでそちらへどうぞ」
「は〜い。ありがとうございます」
スタッフの案内通りやけに長い廊下を進んでいき更衣室の前に着く。
「じゃ、着替え終わったら中の入り口で待ち合わせね」
「じゃあ……また後でね」
そう言い残して北沢さんは一足先に更衣室へ入っていく。美結もまだどこか恥ずかしそうにしていた。
「え、凄っ……」
「ん? 何がだ?」
「いや、凄い体型してるなって思ってさ。」
早速着替えようと服を脱いだ時になんとなく英二の方を一瞥してみれば自分の目を疑った。
バキバキに割れてこそないが体がマッチョ体型を目指してる人のそれなんだよな……。
「そうか? 別に普通じゃないのか?」
「意外と英二って着痩せするタイプだったんだな……」
「そんなしょうもないこと言ってないでお前も着替えろよ」
英二は僕を置いて先に言ってしまった。あんなムキムキボディを見てしまっては……
「気にするよ……」
英二と違って僕の体はムキムキほど整ってないしお肉がつくほどたるんでもない。いわゆる細身体型なので自信がない……。
「筋トレ…始めようかな」
隼人はそう独り言を零しながらも着替えを再開した。
「悪い。待たせた。あれ…美結たちは?」
「まだ来てない。着替えに手間取ってるんだろうな。女子って大抵そういうもんだぞ」
「そうなのかな……」
「……」
そこで会話が途切れ沈黙が続く。中では既に多くの客が遊んでワイワイ賑やかで楽しそうにしていた。
「ところで誘っておいて聞くのあれなんだけど」
「なんだ?」
「どうして来てくれたんだ? 英二ってこういうイベント興味ないと思ってたからさ」
「あ〜それか」
そう言うと英二はめんどくさそうに答えた。
「たまにはこういうのに参加してもいいかなって考えただけだよ」
彼が言った理由は思ったよりさっぱりしたものだった。ただの気まぐれなだけらしい。ツンデレか?
「おまたせ〜ふたりとも!」
そこでちょうどタイミングよく北沢さんと美結も入ってきた。
まず僕らの目の前に立っている北沢さんは黒のビキニにデニムのショートパンツと結構攻めた水着を着こなしていた。
「どう? 似合うでしょ?」
と誇らしげに聞いてくる北沢さん。
「うん。似合ってると思うよ」
僕は頭に浮かんできたごく普通の感想を北沢さんに伝えた。
けどさっきみたいに美結の場合、いざ目の前に立つと頭が真っ白になって上手く感想が言えなくなってしまう。
「えへへ〜ありがとう。ほら佐藤君、美女の水着姿だぞ〜?」
「ん、あぁ〜いいんじゃないのか。お前らしいと思う。」
そう淡々とした感想を英二はさも涼しい顔で言い切った。
「あ、あはは〜まさか佐藤君にも褒められるとはね〜今日はいいことが多いな〜」
ちょっとだけ照れながら北沢さんは目を背ける。
「別に。それっぽいこと言っただけ…いてっ」
「もう〜! そういう余計なこといわきゃいいんだよ〜!」
北沢さんは頬を膨らませながら英二にデコピンをくらわせ続けていた。そんな二人のやり取りを横目に僕は美結だけいない気がして
「そういえば美結は……」
「ここだよ……」
周囲を見渡すと美結一人が入口のところで体半分だけ見えていた。可愛い水着も。
「ほら〜美結もおいでよ。遊ぶ時間なくなるよ〜」
「あ、うん」
そう言われて北沢さんは恐る恐るその身をあらわにした。
「おぉ……」
まず彼女の水着姿を見た瞬間あぜんとしていた。彼女のイメージカラーと言っても過言ではない白いフリフリの水着を身に着けていた。
「う、うん……そのとっても似合ってると思うよ。」
「そっか…えへへ。ありがとう。なら恥ずかしいの我慢して着た苦労した甲斐があったよ」
美結はとても嬉しそうに最高の笑顔を見せてくれた。
「ちょっと〜二人は何いちゃついてるのさ〜」
「「別にイチャついてない!!」」
北沢さんからのからかいのこもった声がけで僕たちは声をハモらせながら反応する。
「あはは〜仲いいね。」
「あっ……えっと、ほら、泳ぎに行こうよ! 時間が勿体ない!」
「う、うん! そうだね。ほら、絵理香も佐藤君も行こう」
僕らはこの時のなんとも言えない空気を変えたくて中の案内板へ向けて歩き出した。
「うわ〜結構広いね」
「だね。思ったより倍の広さがあって驚きだよ」
案内板の看板には施設内の飲食の屋台やプールの説明などなど情報が豊富に書き込まれていた。
流れるプールやかなり大規模なウォータースライダー、しかもそれらが複数設置されていて全てを遊ぶきる頃には日が暮れそうだ……。
「こんなにあるとどれ行けばいいか迷うよね……」
「いやいやまずは流れるプールとかウォータースライダーは行かないと! 定番でしょ!」
僕らが遊ぶ順番に頭を抱えていると食い気味に北沢さんが割って入る。
「とはいえ結構数あるよ? どうするの?」
「どうするって……全部行くでしょ? ウォータースライダーも流れるプールも」
『は?』
僕と美結、英二までの今の北沢さんの発言に自分の耳を疑った。全部回るのは流石に体力が持たない気が……。
「冗談はよせよ。俺たちはお前ほど体力お化けじゃないんだ」
英二が僕らの伝えたいことを代弁してくれた。言い方はともかくよく言った!
「え、だって私達って若くてピチピチの十七歳でしょ?」
「え、うん。そうだけど……?」
北沢さんはきっとついてくると純粋な瞳でこちらを見てくる。もう目で『行こうよ』と言われているみたいだ。
「じゃあ問題ないよね〜行こう〜!」
「はぁ……行くしかなさそうだね。まぁここまで来たならせっかく楽しまないと」
「そゆこと! 私は楽しむ事は全力で楽しむ主義だからね! それじゃあ一つ目のウォータースライダー行ってみよう!」
そう言いながら北沢さんが僕らの先頭に立ってリードする。最初からそういえばみんな納得したんじゃ……。
案内板から一箇所目のウォータースライダーに行く道中時折、こちらにというより誰かに向けた視線を感じるときがあった。
「スライダー♪ スライダーライダー♪」
北沢さんや美結は気づかずただ前を向いている。
「気になるな……」
「どうしたの?」
美結が隣から顔を覗き込むように聞いてくる。
「いや、なんか視線を感じる気がして……」
「中村君も? 私も少しだけ感じてたんだ」
「多分英二の体型でみんなから目を惹かれてるんだろうな」
なにせ普段は気だるそうでパットしない風に見える英二は実際モテるんだろう。多分。
「到着〜! 早速遊ぼ!」
そうこうしてる間に一箇所目のウォータースライダーに到着。ここのは結構カーブがあったりとこれは期待できそうだ。
「それで二人づつでお願いします」
スタッフさんの説明が終わると。僕らは流される前に置かれている円形の浮き輪? みたいなの僕と乗るように促される。
まずは僕と美結が乗る浮き輪はお互いが向かい合いになるように乗り込むようなタイプの浮き輪だった。
「こういうのなんだ……なんかカップルみたいだね……あはは」
美結が苦笑いしながら言う。続けてお兄さんが両足で右回転、左回転と回して助走をつけて滑る。
「それではいってらっしゃーい!」
「きゃ〜!」
「うわっ〜!」
想定していたスピードを遥かに超えていて思わず変な声が出てしまう。美結も同様だ。これはまさに水版ジェットコースターといったところだな……
そして度重なるカーブを終えると広い水面にダイブ。かなりの勢いで水面に入ったので激しく水しぶきが高く飛び散る。
「プハァ! はぁ、始めて乗ったけど楽しいね」
「だね。これは人気になるのも頷けるよ」
『わ〜ははは〜!』
続いて北沢さんの甲高い声が近づいてくる。
「わぷっ……」
僕らの時より多分勢いが増していたのでさっきより水飛沫は高く舞っている。
「あはは〜! 久しぶりにやったけどこれは楽しいや! ねぇ、もっかいやろう!」
派手にダイブした時に乱れた髪をそのままにして北沢さんは一人先に行ってしまう。
「元気だなぁ……北沢さん」
それからも三回はウォータースライダーで滑ることになって北沢さんを覗く僕たちは既にヘトヘトだった。
「はぁ……あいつ体力おばけだろ」
「まぁ絵梨花って昔から元気一杯だからね……」
「とはいえ僕たちみたいなインドアには限度があるよ……」
北沢さんはまだまだ元気が有り余っていたので僕らが休憩する間全てのウォータースライダーを制覇すると言って行ってしまった。
ちなみに僕らは休憩がてらビーチパラソルが立てている広場のイスに座って体を休めていた。
「そういえばもうお昼だね……どこで食べよっか」
「そういえば焼きそばとかいろんな屋台があったような」
「じゃあ俺が買ってくるよ。二人は何がいい?」
「焼きそばでお願い」
「私も」
「わかった。じゃ、行ってくる」
そう言って英二は席を外す。
「誰かとプールなんていつぶりだろう……」
美結がボソッと独り言をこぼす。
「小学生以来とか?」
「ううん。確か幼稚園の頃に幼なじみと一緒にプールで遊んだ時が最初かな……」
「へぇ〜幼なじみいたんだ」
「うん。小学生に上がってその子が引っ越しちゃって今じゃ疎遠だけどね」
幼なじみと聞くと少しだけ憧れみたいなものを感じていた。幼い頃から年の近い友達が近くにいるのは毎日はさぞ楽しいだろうなと思う。
「ねぇそこのお嬢さん」
突然後ろから声をかけられる。僕ではなく美結に向けてだ。
「今暇? 暇なら一緒に遊ばね?」
僕は気になって振り返るとそこにはネックレスやピアスをつけたりしてチャラい感じの人たちが二人立っていた。大学生かな?
「いや、あの……」
美結は困惑していて口ごもってしまう。これはいわゆるナンパというやつだろうか。というかこいつらは僕が見えていないのか?
「何々? 別に一人なんだからいいじゃん」
ガリガリ体型の男が食い気味に話しかける。
この時初めて隼人は自覚する。自分が眼中にないのではなくそもそも連れの一人だと思われてもなかったことに。
(美結……困ってるよな。ど、どうすれば……)
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