第10話 いつでも側にいるよ
「本当にいいの?」
「うん。今の加藤さんを見てるとなんだか消えちゃいそうだし」
そう言いながら隼人は美結を連れてそのまま駅を飛び出した。少し歩いたところで二本の街灯に照らされた小さな公園が目に入った。
「あそこで少し休もうか」
「う、うん」
美結は今も少しだけ困惑気味になりながらも公園のベンチへ腰を下ろす。
座るとすぐに彼女の方からこっちに全体重を預けるように寄りかかられた。
「え…どうしたの。体調悪いの?」
「ううん。そういうのじゃないけれどこうしてると落ち着くの。駄目…かな?」
「……いいよ。それで加藤さんが落ち着くのなら」
「ありがとう……」
「えっと、とりあえずどうしようか」
人通りが少ない公園までくれば加藤さんも落ち着くかと思っていたがそれでも弱々しい表情に変化の兆しは一寸も覗かせない。
夏祭りでの一件のこともあるがそれとは別に僕に対への視線がいつもとは異なる違和感を覚えた。
「……」
それからもお互いに話すこともなく時は流れる。
「あの…」
先に沈黙を破ったのは加藤さんだ。
「本当にどうしてここまでしてくれるの? 君には特もないしむしろ、疲れるだけなんじゃ……」
美結は声を震わせながら問いかける。
その口から語られるのは彼女の抱える単なる問答だった。
「なんでって、う〜ん……特にこれといった理由はないけど強いて言うなら…ただ助けたいと思ったから…かな?」
僕はただ思っていた事を口にする。嘘でも誇張した言い方でもない紛れもない僕の本意だ。
「そっか、ありがとう…ぐすっ」
僕からの返事に対する加藤さんの反応には僕は目を丸くした。加藤さんの方は目元に涙を留めていた。というか既に泣き声が含まれていた。
「ちょ…そんな泣かなくても」
「ごめんね…思わず泣いちゃって改めて中村君が私のお友達で良かったな〜って思って」
「? それはどういたしまして?」
正直この時の彼女の発言の意味を隼人はそれほど理解していなかった。けれど理解せずとも感謝してくれているならそれで良しとした。
「とりあえず落ち着いた? 加藤さん」
「うん…だけどできればこうしていい?」
今も変わらず僕は彼女の体重の負荷を与えられていた。けれど彼女自身は割と軽いのか重さは苦にもならなかった。
「いいよ。僕はここにいるからね」
「ありがとう。すぅ…すぅ……」
「寝ちゃったか……まぁいっか」
そのまま加藤さんは安心したようでリラックスした表情で眠ってしまった。かくいう僕も眠りこけてしまいそうだ。
「時間は……」
時間を確認しようとポケットからスマホを取り出そうとするが生憎、左ポケットは加藤さんに寄りかかられていて取り出せない。
「まぁいっか……」
だんだん思考も喋るスピードも遅くなってくるのを実感するとさらに瞼が重みを増してくる。
(寝たら…寝たら…やばいかも……)
そう頭では理解しても体は既に疲れ切っていて言う事を聞かない。
そして隼人は流れるように眠りについた。
* * *
「〜い。お〜い」
なんだろう。誰かから呼ばれる声が……夢、そうだ多分僕は夢を見てるんだろう……
「夢じゃないよ。少年」
思っていた事が口に出ていたようでそれに対して呼びかける声の主は反応する。ということは今目の前には誰かがいる……
「……はっ! 時間は!」
うっかり眠ってしまった事を理解すると勢いよく起き上がるも誰かの手で静止させられた。
「もう夜の十二時だよ。少年」
しょぼくれた目をこすりながらゆっくり目が見開くとパーカーに見を包んだ女性がしゃがんでこちらを見ている。
「えっと……こんばんわ?」
「うん。こんばんは。美結の母の良子です」
と言いながらウィンクする加藤さんのお母さん。いやこの場合、美結のお母さんというべきか。なんというか結構若々しい容姿で20代後半として見ても違和感がないほどに綺麗な人だ。
「あ、えっと…はじめまして中村隼人です」
まさかの加藤さんの親御さんとこんな形で会うことになるとは思わなかったな…しかしこの状況、下手したら僕が加藤さんを連れ回しているように見えてしまうのではないだろうか……
「んん……」
「あぁ…もう。こんな格好じゃ夏とはいえ風引いちゃうわよ……そうだ中村君。一つだけ聞いてもいいかな?」
「…なんですか?」
「私の娘と公園にいた理由なんだけど……」
「えっと、どう説明すればいいのか…」
そのまま事実を話せばいいとも考えたがよく考えれば曖昧なことなので上手く言葉に表せない。
「まぁなんとなく察しはついたわ。とりあえず美結のために側にいてくれたんだね。ありがとう」
「いえいえ。美結…さんの方から頼られたので期待に答えただけですよ」
加藤さんの母親の前だから名前呼びを余儀なくされるがなんだかこそばゆい気持ちになる。
「あっ! というかもう終電無いね…色々君からお話聞いてみたいしよかったら泊まって行って」
「えっそんな急に……悪いですよ!」
「いいの。いいの。気にしないでお礼もしたいしね」
「まぁ……はい…」
結果的に僕が折れて良子さんに連れられながら加藤さんの自宅へ向かうことになった。あとで母さんに連絡しとかないと。さぞ心配させてるよな……
「うぅん……」
「にしてもこの子全然起きないわね……まぁよっぽど今日の夏祭りが楽しかったんでしょうね。あっはっは!」
ニカッとした笑顔を浮かべながら良子さん高々に笑う。笑顔は少し加藤さんの面影を感じるかも……
僕らが話している間も加藤さんは全く起きる気配がなくそのまま歩き続ける。
「ところで…私の娘とはどんな関係なのかな?」
「どんな関係…ですか」
普通に友達です。といえばいいけれど少し言い方が引っかかる。異性間での友情が存在するのかどうかは解らない。あると思えばそれでいいのなもしれない。
「えっと…異性の中で一番仲がいい人……です」
最終的に『友達』というより『仲がいい人』のほうがしっくり来たので僕はこう答える。すると……
「そっか……美結もいい人に出会えたんだね。ぐすっ……」
僕の返答に対して良子さんは涙を少し流しながら嬉しそうにしている。こういうところを見ると親子だな〜と思う。加藤さんの涙もろいとこは良子さん譲りなんだろうなぁ。
「あっ見えてきたよ。あそこが私のお家だよ」
良子さんが指を指したその家は小さなベランダや庭が取り付けられているいわゆる一軒家だった。
そんなこんなで話をしている間に加藤さん宅に到着。僕は良子さんに促されるように中へ案内される。
「ささ。上がって〜」
中に入ると家中に香ばしい香りがお出迎え。多分カレーでも作っていたんだろう。
「ちょっと美結を部屋に連れて行くから先にリビングで座っててね」
「は、はい!」
そう言われて僕は玄関から左手の扉を開けるとリビングの空間が広がっていた。そして香ばしいカレーのような香りがさっきより増していた。
そんな他所の家のことにいちいち考えてもしょうがないのでとりあえず言われたとおりちょこんと椅子に腰を下ろし待っていた。
「あっ、そうだ。母さんに連絡入れとかないと…」
そう言いながらようやく取り出せたスマホには何件もの着信履歴が。その相手は勿論母さんだ。
「怒ってるよな……きっと」
そんな独り言を呟きながら折返しをかける。そんな最中も隼人の胸中はあまり落ち着けるものではなかった。
『もしもし。やっと繋がった……それで今どうしてるの?』
コールすると割とすぐに母さんは電話に出た。やっぱり声に怒気が籠もっている。
「えっと…連絡するの遅くなってごめん。成り行きで今加藤さんのお家に居て泊まらせてくれるんだ」
『成り行き? もう少し詳しい説明して』
「えっと…なんていうか夏祭り自体は楽しめたんだけどその後の事で……」
『うん。ゆっくりでいいから話してごらん』
母さんの優しく包み込むような話し方に僕は次第にリラックスし、口下手なりに丁寧に説明した。
『なるほどその美結ちゃんの為にずっと側にいたらうっかり寝ちゃってた……と』
「うん。これが全部だよ。母さん」
やっぱり怒るかな……善意で行動してたとはいえその結果親に心配をかけたのは紛れもなく僕が悪いと言える。
『……わかった。とりあえずあとで美結ちゃんのお母さんにお話できればいいんだけれど……』
「そこは問題ないよ。多分もうすぐしたら降りてくるから。」
『わかったわ。それじゃあお話する余裕が出来たら折り返してね』
「うん。わかった」
そこで通話は終了した。改めて加藤宅の居心地の良さに戻される。
それから程なくして良子さんが降りてきた。
「ごめんね〜おまたせして」
「いえいえ。さっきまで母さんと連絡してて丁度いいタイミングです!」
「そっかそっか。とりあえずお茶でも飲みながらお話でもする?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」
* *
「はい。どうぞ」
「どうも。ふぅ……」
良子さんが入れてくれた冷たい麦茶を喉に流して一息つく。
「それでまぁ…1つ。聞いておきたいんだけど美結と一緒に公園にいたのは美結の為。これは合ってる?」
「はい。その解釈の仕方で問題ないです」
「うんうん。やっぱり美結から聞いた通りちゃんと優しい子だったのね……」
おそらく加藤さんから何か僕に関する話を聞いていたようでとても納得したように良子さんは頷く。
「うん。ならこれ以上私は何も聞かないことにするよ。」
「え? もう少し詳しい事情は聞いたりしないんですか?」
「聞かないよ。美結の為に側にいてくれた人を疑うと思う?」
良子さんは楽しそうにニヤリと笑う。
「はぁ…まぁ僕としては説明が難しいのでそうしてくれると助かります」
「うん。それで話は変えるけど美結とはどれぐらい仲がいいの?」
話題を加藤さんのことに変わるとがらりと楽しそうに笑いかけながら聞いてきた。その雰囲気は北沢さんを彷彿とさせるものがあった。
「どれくらいって……一緒に夏祭りや買い物に行ったり……する仲の友達…?」
自分で口に出していてどこか矛盾しているような引っ掛かりを感じていた。
僕の中で加藤さんとの関係性が単純に『仲のいい友達』と言うだけなら良かった。だけど異性間での友情は存在するのだろうか。もし存在するのなら僕と加藤さんはそこに当てはめれるのかもしれない。
「へぇ〜結構仲、いいんだね」
にんまりと微笑みながら良子さんはこちらを見つめる。
「まぁ…はい。仲は良いほうですよ」
けれど加藤さんは……美結は僕の事をどう思っているんだろう。誰かにこういった事を聞かれるまで考えたこともなかったな……
僕は友達と思っていても彼女はそうじゃなかったら? そんなことを考え出す僕の心は自然と早々と脈を打ちつける。
「まぁそういった話はまた今度聞かせてもらうね。とりあえずシャワー浴びてきなさい。汗とかでベトベトでしょ?」
そんな考え中の頭を遮断するように良子さんはそう促す。
「それじゃあシャワー借りさせてもらいます。あ、それと僕の母さんが良子さんと軽くお話したいって言ってたので今時間大丈夫ですか?」
「うん。オッケーよ。それじゃあ君はごゆっくり〜」
「ありがとうございます。それじゃあ――よしっ」「電話はかけたのであとはお願いします」
そう言いながらスマホを母さんへのコール中の画面をディスプレイに写したまま手渡す。
「ありがとうね。それじゃあごゆっくり〜」
「お風呂お風呂……ここか」
さっき言伝で言われた場所はリビングを出て廊下を進んだ突き当りを右にある洗面所に入った。思ったより部屋から部屋までの長さはそこまでなかった。
「服は……カゴに入れておけばいいのかな」
洗面所は思ったより広くて洗濯する為に着た服を入れるカゴが3つも置かれていて既にぎゅうぎゅうに衣服が山積みとなっていた。
この時期はどの家庭でも洗濯物は山積みになる……か。
僕もたまに家事を手伝う時に洗濯機を回すときがあるけど僕の家の場合この量より少し少ない小山積み状態だ。
「カゴに入れておこう」
僕はそう呟きながら衣服を脱ぎ、カゴにそのまま入れて浴室に入る。
* * *
「う〜ん……あれっ?ここは私の家?」
気がつけばいつもの見知った私の部屋の天井が一面に見えていた。
「確か…私は中村君と一緒に公園に居て…それで、それで……そこから思い出せない」
ずっとうたた寝の状態からようやく起きたというのもあって逆に今はハッキリと目が覚めていた。
周囲を見渡すと自室の勉強机にはお祭りの時に持っていった巾着袋がぽつんと置かれていた。
そして何より私が来ていた浴衣はずっと寝ていたからか所々はだけてしまっている。
「……!? 気づかなかった。どうりで涼しさを感じるわけだよ…」
ひとまず状況を整理してみよう。気づけばベッドで眠っていたけれど多分誰かが運んでくれた。
ここまでは考えつくことはできた。なら誰がここまで……中村君は、流石になさそう。となるとお母さんとかかな? きっとそうだよね。心配させちゃったかな……
「とりあえず一階に降りて確認してみよう」
心配させて怒っているかもしれないという可能性を考えながら一階への階段を降りていく。
『へぇ〜いいですね〜羨ましいです』
お母さんの声だ。だけど誰かと電話してるみたい。
「お母さ〜ん。今いい?」
一応軽く状況が知りたいのでお母さんを呼び立てる。
……うん? 私のこと呼んでる?
おそらく口パクで『来て』と言いながらこっちに来るように手招きしている。
そのまま近づくとお母さんは電話相手との会話も途切れさせることもなく白紙を用意するとペンですごい勢いで何かを書き始める。
「伝言……? メッセージ?」
それは今手が(正確には口が)離せない状況でも簡潔に私が知りたいことが記されていた。
『帰りが遅いから心配で公園まで行ったら美結が中村君と一緒に寝てたから中村君には泊まってもらってるよ。今はお風呂に入ってるから何かパジャマ用意してあげて』
「え、中村君いるの……? それもお風呂に?」
お母さんは電話しながら頷く。
そしてサラッと読んで見たけど泊まるってことになってるけどどこで泊まるんだろう……私の部屋とかで泊まってくれたりするのかな……
そんな事を考え出すといくらでも考え続けてしてしまいそうになる。
ひとまず頼まれたパジャマの用意をしようと私はオッケーのハンドサインを見せてリビングを後にする。
「パジャマパジャマと……」
洗面所に向かう前に着るものを用意するために自室へ戻ってきた。
「どういうのがいいんだろう」
着るものの用意と言っても家には私とお母さん、お父さん、そして弟の康介がいる。
お父さんのは大きいだろうし、康介はまだ中一。とはいえ私の着てるパジャマの中に確か男の子が着ても違和感がないやつがあったはず……
「ん…あった、けども……」
一応ぽいものは見つかった。おそらく冬用のチェック柄の長袖長ズボンのパジャマだった。袖をまくれば着れるかな……
これしかいいのがなかったのでとりあえず長袖の袖の部分を少し折り曲げて畳み直して洗面所へ歩く。
「中村君。入っていいかな?」
ドアをノックと一緒に声をかけるも反応はない。ゆっくり開けて中を覗くと奥の浴室の扉の奥に中村君らしき人影が見える。
用意してきたパジャマをそっと置いて中村君に声をかけておく。
「中村君」
「か、加藤さん!?」
「えっとその、パジャマ置いておいたから出たらそれ着てね…それじゃまた後で」
「うん……」
用事は済んだのですぐに自室へ戻ろうとしたが美結はもう一度隼人のほうへ振り返る。
「今このドアの先に中村君が今、服を脱いで……」
疲れているのかな。どうにも邪な事を考え出してしまう。
だってしょうがないよ! だって泊まるというだけじゃなく今もお風呂に入ってるんだもん。意識しちゃうとあの時みたいなドキドキが止まらない。
「うっ…!」
私は自分の邪な思考とここから逃げるように洗面所をあとにした。
「ふぅ〜いいお湯だった」
他人の、それも割と親しい加藤さんのお家のお風呂なのでそれほどゆっくりできないと思っていたけれどしっかり癒やされ体はポカポカだ。
「加藤さんが言ってたのはこれか……」
体をあらかた拭き終わると洗濯機の上に用意されたチェック柄のパジャマが目に入る。
「出たらとりあえず良子さんにお風呂が空いた事を言っておかないとな」
手に取ったパジャマの上の方は袖が半端に折られていていたのでしっかり折ってから着ることにした。
僕は洗面所を後にしてリビングへ歩き出す。
「は〜い。それじゃあまたあとで伝えておきますね」
廊下に向かう途中良子さんが話している声が聞こえてきた。おそらく相手は入浴前に繋げた母さんだろう。丁度電話が終わったみたいだ。
「あの、お風呂ありがとうございました!」
「うんさっぱりしたみたいだね。それとスマホの方返しておくよ」
そう言うと良子さんはスマホを手渡す。
「ありがとうございます。ちなみにどんなこと話してたか聞いても?」
「んふ〜どうしようかな。聞きたい?」
良子さんはにんまりと笑いかける。こういう一面も加藤さんにもあったりするだろうか。
そんな事を考えていると後ろから足音が聞こえてくる。
「お母さん。中村君ってどこで泊まるの……」
「あ、お風呂借りさせてもらったよ。かと―美結」
うっかりいつもの癖で危うく加藤さんと読んでしまいそうになる。
咄嗟に名前呼びしたことに驚きはしたけれどそれ以上に加藤さんが不快に思われてないか不安だ。
「あ、うん……」
当の加藤さんはというと顔を見せてはくれないけれど多分これは怒ってたり不快になってはいないと思う。前にもこんなことがあったから分かる。
「えっと…お母さん。中村君の寝る場所ってまだ決めては……?」
「決めてないけど? どうしたの?」
「うん。中村君が寝るの私の部屋でいい?」
「えっと…、美結が中村君と……!?」
「うん……」
加藤さんは気恥ずかしそうにしながら頷く。この状況で誰よりも良子さんが驚いていた。それもそうだ自分の娘がその子と仲がいいというだけで一緒に寝たいと言い出したのだから。
かくいうそれ以上に内心僕が動揺している。
「う〜ん……いいよ」
さっきまで驚いていたのにあっさりと二つ返事で良子さんは承諾した。
「ありがとう。それじゃあ中村君」
「は、はい!」
加藤さんはハキハキとした声や真面目な表情に変わりゆく。まるで何かを決心したように。
「私これからお風呂に入ってくるので私の部屋で先に待っててね」
そう言うと加藤さんはここを後にしてドタドタと洗面所へ向かっていった。 1100字。
「美結の部屋ならリビングを出て階段を上がって目の前の扉だよ」
「はい。色々とありがとうございます」
「いいのいいの。気にしないで君のお母さんとは沢山楽しい話もできたしね」
「そうですか…ではおやすみなさい」
「は〜い。おやすみなさい」
寝る前の挨拶を済ませた僕はリビングから加藤さんの部屋のある二階へ向う。
「……落ち着かない」
入浴中の加藤さんが出てくるのを待っている間僕はただひたすら正座して待っていた。部屋に入ってすぐ床下には布団が丁寧に敷かれていて寝れる準備はバッチリだ。あとは加藤さんを待つだけなのだが……
「ずっと落ち着かないな……女子の部屋なんて初めて入ったな…」
つい色んなところに目がいってしまう。ベットに散乱している動物のぬいぐるみやその傍らにはさっきまで加藤さんが来ていた浴衣が綺麗に畳まれている。 そんな中隼人はある物に目を惹かれる。
ベッドの小さな物置のスペースにスマホの隣に写真立てが置かれてる。その中には一枚の写真が。
「これは……?」
手にとってよく見てみる。写真には二人の幼い女の子が屈託のない笑顔でこちらにピースをしている。
「左の子は、加藤さんかな? 右の子は……」
左の女の子は鼻元や頬に絆創膏が見えている。結構活発な子供なんだろう。
「まさか…北沢さんなのか?」
確か本人も加藤さんとは小学生の頃からの仲だって言ってたし可能性もあるか。仮にそうだとしたら今とは大きく変わっている。昔はわんぱくな子が今はおしゃれたっぷりな女の子……
「ごめん。お待たせ中村君」
そんな事を考えているのもつかの間。加藤さんが入ってきて僕はすぐに写真立てを戻す。
加藤さんは風呂上がりなのもあって首にバスタオルを巻いて綺麗な黒髪も靡いている。
「あ、布団敷いていてくれてありがとう。加藤さん」
「あっ、うん……」
そんな加藤さんは何処か歯切れが悪そうに話す。
そのまま加藤さんはベッドに真ん中にちょこんと座り込む。
「中村君。ここ……」
そう言うと加藤さんは座っているベッドの隣をトントン叩く。
「う、うん」
僕はそのまま促されるように座る。
「どうしたの? なんか調子悪そうだけど…」
「……って言ったのに」
「え?」
「お母さんの前だと名前で読んでくれたのに今は名字呼びなんだね」
そう語る加藤さんはややふくれっ面で、名前呼びしないことを気にしているんだろう。
「え、あぁ…嫌じゃないの? 」
「うん…嫌じゃないよ」
加藤さんは俯きながらそう言った。
「そっか……」
「うん……」
それからただ何も話さず時間だけが過ぎ去る。別に僕たちは喧嘩してるわけではない。ただこれから同じ部屋で一緒に寝ると考えると自然と脈は早く打ち、思考が纒まらなくなる。
「ねぇ。中村君」
先に口を開いたのは加藤さんだった。
「私、夏祭りの帰り際君の後ろに隠れちゃったよね」
「あの時本当に中村君が側にいてくれてよかったって思ってる」
「うん…」
「私は……ううん。ごめんやっぱり何でもないや」
そんな弱々しい加藤さんに僕も口を挟まずにはいられなくなった。
「加藤さん、いや美結。僕は美結自身がもう少し誰かに甘えることを覚えたほうがいいと思うよ」
「甘える?」
美結はきょとんとした顔を浮かべる。僕はそんな彼女のことも気にせず彼女の手を握った。
「うん。よくは知らないけれど美結は昔、辛いことがあって自分に自信がないんだと思う」
「……うん」
「だから僕も美結のそういう過去は何も聞かないし知ろうとは思わない。だから美結はもう少し誰かに頼っていいんだよ」
ここから僕の推察だけど多分夏祭りで美結が見かけた女子たちは美結のこといじめていたのかもしれない。きっとその時にひどい言葉も投げかけられたんだろう。
だから僕が出会った頃から美結は何処か自信がなさ気な雰囲気があった。
「頼っていいんだ……うっ、本当は私あの時逃げ出したかったぐらいに怖かった。けど足がすくんで動けなくて…」
「うん。ずっと聞いてるよ……」
それからもたまりに溜まったストレス、悩みのようなものは十分以上続いた。
「これぐらいかな……ありがとう中村君。私、中村君と最初に友達になれて良かった!」
その時の美結の笑顔はさっきベッドに立てかけた写真立ての中の美結と同じぐらい屈託のない笑顔だった。
「ふぅ……泣いたらなんだが疲れちゃった。そろそろ寝よう?」
そのからの美結の顔はまるで腫れ物が落ちたように明るくなっていた。
「そうだね。じゃあおや―」
「中村君」
寝る前の挨拶途中で美結が遮った。
「な、何?」
「やっと私のこと名前で読んでくれたね」
そう言いながらからかうように彼女は笑いかける。僕はそんな笑顔に不意にドキッとした。
「それじゃあおやすみなさい」
「お、おやすみ……」
ああいった一面は今まで見たことがなかった……いや、あれこそが本来の美結だったりするんだろうか……
そんな事を考えていくうちに僕は限界に近い眠気と疲労感に流されそのまま眠ることにした。
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