第9話 賑わえ。夏祭り 後編
今日は八月三日。加藤さんとの夏祭りの日だ。
僕は今日という日を待ちわびていたので胸を躍らせながら電車に乗り込み、目的の駅へ向かっていた。
「せ、狭い……」
社内は帰宅時間のサラリーマンや浴衣姿の人がいたりと、身動きが難しいほどにギュウギュウ詰めだった。
「最初からこうなるならもうちょい服装考えれば良かった……」
そんな夏祭りの為に考えた今日の服装は青のジーパンに白いTシャツと至ってシンプルなものだ。ちなみにこのコーデが似合ってるか英二に聞いてみると本人曰く「まぁ…似合ってるんじゃない?」と言われたので彼の言葉を信じてこの服装で今日は夏祭りへ赴く。若干ため息があった気がするけれど。
目的の駅までまだ四駅ほどあるのでそっと目を閉じてあの日の事を思い出す。
モール内で浴衣を購入しているのを知ったあの日から加藤さんの浴衣姿を見れるのをずっと楽しみにしていた。
「次は〜下北沢〜下北沢〜」
目的の駅に到着して出ようとするもほとんどの人が立ち尽くしていて動けなかった。
「あっ、やっと出られる……ってやばい…!」
ようやく出られたと思えば今度は僕と同じように出てきた人混みの凄まじい流れに乗せられそのまま動けず流された。
「や、やっと出られた……」
人混みからようやく開放されて隼人は早くもぐったりしていた。
「これが通勤ラッシュの社会人の気持ちか……」
いつか僕も就職すれば毎日これに遭遇するのかとあるかどうかもわからない不安を覚えつつも待ち合わせ場所に足を運ぶ。
「さすがに早いか…なにせまだ10分近くあるし」
待ち合わせ場所に着くも彼女はどこにもおらず周囲には僕と同じように待ち合わせしている人がちらほら見える。
今日これから僕たちが行く夏祭りは十七時から始まる。それでも屋台はそれより前にオープンする。
スマホで時間を確認すると今は十六時四十五分。少し早いので本でも読もうかとしていたその時。
「ごめん。待たせちゃったかな?」
加藤さんの声だとわかると僕はすかさず視線を横に移す。
そこに立つ加藤さんは所々に青いひまわりが施されて綺麗な白い浴衣を完璧に着こなし、頭の方は後ろにお団子ヘアーでまとめて簪がさされていた。
「ど…どうかな?」
加藤さんは恥ずかしそうにうつむきながら感想を求めてくる。当然『似合ってる』という感想が適切なのはわかっている。
「うん、とても似合ってると思うよ……」
この時隼人の頭の中にごく最近絵理香から言われた指摘を思い出す。
時間は遡ること一日。夏祭り前日の夜。僕はいつものように動画を見てゴロゴロしていた時のこと。
「わわっと」
突然画面が暗転し、画面には絵理香の名前とコールの着信が。
『もしもし? 今大丈夫?』
「大丈夫だけど、どうかしたの?こんな時間に」
『えっとね……明日って確か君と美結が夏祭り行くじゃない?』
「え…あ、うん」
あれ、僕北沢さんにそのこと言ったかな……?
『それで必ず美結の浴衣姿を似合ってるだけじゃなくて、可愛いって言って褒めること!』
何か大切なことかと思ったらまさかの褒めろという指令だった。
「うん…まぁ、善処するよ、言われたら加藤さんが嬉しいのは確かではあるだろうし」
『絶対喜ぶに決まってるよ! 私だって見てほしい人に言われたら嬉しいもん』
「うん。わかった。なるべく言えるよう頑張ってみるよ」
『うむ! その調子で頑張れー』
そんなこんなで加藤さんの浴衣姿を褒めるというミッションがこの日から始まっていたのだった。
「それと似合ってるだけじゃなくて……白い浴衣が加藤さんにピッタリでか、可愛いと思う…よ」
なんとか必死の思いで自分の口から『可愛い』という単語をひねり出せた。それもなるべく自然な形で。
僕がなんとかミッションを達成した喜びに浸っているとき一方加藤さんはというと頬を赤らめながらもぼーっとしていた。
「か、加藤さん…?」
「え…あ、えっと……あ、ありがとう!」
ぼっーとしていると思えば今度は視線を泳がせながらすかさず顔を背けてしまった。
「え、えっと……その、なんかごめん」
「ううん。どうして謝るの?褒めてもらったのに顔そむけちゃってごめんね? 今、変な顔してるから見せたくないんだ…」
「そっか…じゃあ直るまで待つよ。お祭りまでまだ時間もあることだしね」
ひとまず北沢さんからの加藤さんの浴衣姿を褒めるというミッションは無事成功したようだ。
隼人は美結を落ち着かせようとすぐ近くに設置されていたベンチへ腰掛けた。
それから五分後。落ち着いた美結はようやく顔を上げた。
「ごめんね。初っ端からこんな調子で」
「気にしないで。加藤さん。僕も褒めるのは慣れてないから。」
「そっか……私も褒められるのは慣れない……ふふ、慣れない者同士だね」
「だね。まぁいつか慣れればいいとは思うよ……それはそうと祭りだよ。楽しまないと」
「そうだね。行こう! 中村君!」
話がまとまったところで僕たちは祭りが開催されている神社へ向かった。
「結構人多いね」
「みたいだね。それより驚いたけど浴衣の人がほとんどだね」
神社の階段を登りきると沢山の屋台がずらりと並んでいた。それだけじゃなく和太鼓の音色、人々の楽しそうな喧騒の雰囲気。
今この時の汗はかくほどに暑いはずなのに今だけは不思議と心地いい気持ちになっていく。
「さてと……行きたい店とかある? 加藤さん」
「私は特にないかな……中村君も?」
「僕も同じかな…じゃあ適当に見て回る?」
「賛成。とりあえずかき氷の方から見て回ろうよ」
そう言いながら美結は足早に楽しそうな笑顔を見せながら歩き出した。
「いちごにブルーハワイ、メロン、練乳……」
早速夏祭りの定番であり夏の風物詩の代表とも言えるかき氷を食べようと屋台を見てみると思いの外味のレパートリが豊富で二人は頭を抱えていた。
「レパートリー多いね…十種類以上もあるよ」
「だね…ここまであると逆に悩むね。どれも美味しそうだし」
「そんなに悩むなら俺のおまかせでどうだい?」
屋台前で悩んでいるのを見越してか、屋台のおじさんが声をかけてきた。ひげもボーボーに生えているがそれ以上にこのおじさんの気さくな笑顔が眩しい。
「おまかせ? それってランダムで味を決めるって感じですか?」
「そんな感じだな。俺の屋台は味が多いのが売りだけど悩んじまう客が思ったより出てな。それでおまかせも1つの味に加えたってわけよ」
「なるほど……加藤さんはどうする?」
「う〜ん…ここはあえて冒険するのもアリかな」
「決まりだな。じゃあこれから決めるからちょいと待ってな」
そう言いながらおじさんは屋台の裏側に消えた。
「かき氷か……家族と行った日以来だなぁ」
「そうなんだ……夏まつりに来たらやっぱりまずはかき氷は食べないとだね!」
「う、うん」
この時から隼人は美結に対してある違和感を感じていた。
あれ…? 今の加藤さん、心なしか普段よりとっても楽しそう……? この祭りの雰囲気に乗って気分も上がってるだけかな……?
けれど声のトーンも少し高いし何より笑顔がいつもより多く見れるのが嬉しく思った。
「――けど悩むよね〜って聞いてる? 中村君」
「あっごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「大丈夫? 体調悪かったりしないよね?」
「平気、へい―」
彼女に心配そうに見つめられるのもつかの間。そのままこちらにどんどん近づきおでこを合わせてきた。
「え? ちょ……」
あまりに突然のことに僕の頭は真っ白になった。
「あぁごめんね。急に。私が幼い頃おばあちゃんに体調悪いかもって言ったときに私もこれされて、こうすればよかったかなって思ったんだけど……」
どうやらただ単に心配してくれた故の行動だったようだ。とはいえ心臓は今もバクバク鳴っている。
「そう……なんだ。けど自分のおでこと僕のおでこを一緒に触ればそれでも良かったのに」
「あ……そ、そっか。そうだよね…」
その事実に気付いた加藤さんはさっきのようにまた頬を赤らめる。とはいえこういった純粋なところも彼女の良さでもある。
「はい。お待ち! メロン味といちご味だよ」
そしてその雰囲気を破壊するかのように屋台のおじさんが割り込む。
「はい。ありがとうございます。思ったより早かったですね」
「まぁな。いうてスマホのルーレットアプリを回しただけだしな。」
そこだけはまさかの現代風。もっと凝った方法で決めてると思っていた。
「ありがとうございます。ほら加藤さん行こう?」
「う、うん……」
僕らは購入したかき氷を片手にゆっくり食べれるところを探し歩き回った。
「改めて見ると本当に多いね。あっ射的もあるよ。後で行ってみる?」
「いいね。私、射的やったことないからやってみたい」
「そうなんだ…じゃあせっかくのお祭りなんだから行かないとね……とはいえまずは座れる場所を探さないとね」
「あそこにしようよ」
と言いながら指さした場所は屋台通りの最奥。いくつものテーブルとベンチが用意されていて既に何人かは利用している。
そのまま僕らもかき氷をこぼさないようにゆっくり移動して席についた。
「ようやく食べれるね。ちょっと溶け始めてるし…」
かき氷の方は少しだけ溶け始めていた。早く食べねば。
「いただきま〜す。うん。久しぶりに食べたけど美味しいね」
「だね。それに暑い夏に食べるからこそ美味しいっていうのもあるね」
「そうだね〜うーん! 頭キーンってなっちゃた」
そう言いつつ彼女はかき氷をおいて頭を指で強く押し込む。
「加藤さん。そういうときは逆に冷たいものをおでこに当てると効果あるよ」
僕はジェスチャーしながらかき氷をおでこに当てる。今は少し蒸し暑いのでこのときのひんやり感はとても心地いい。
「あっ、本当だ! ありがとう。中村君」
と言いつつもまた凄い勢いでかき氷に食いついた。意外と食いしん坊キャラなのかな……?
そんな彼女を横目に僕は周囲を見渡す。こう改めてみると特に浴衣の人が多い。女性だけではなく男性も浴衣を着こなしている人がちらほらだ。
だがどうしても浴衣は男より女性の方がよく似合うという勝手なイメージがあり僕は抵抗があった。
「ご馳走さまでした。じゃあ中村君行こいこう!」
「ちょ……待ってよ加藤さん」
それはそれとして今日の加藤さんはエンジン全開。ハイテンションが通常運転なので僕はそれについていくのに精一杯になりそうだ。
そんな彼女に先ず連れられたのは射的の屋台だ。やる前に景品を見てみるとぬいぐるみからおもちゃの刀、ゲーム機の箱など種類は多岐にわたる。特にゲーム機の箱なんて取らせる気あるのかあれ。
「おじさん。一回お願いします!」
「あいよ。頑張ってね」
そんな高難易度の中エントリーした加藤さんは余裕そうな表情をのぞかせる。
「う〜ん……どうだ!」
先ずは一発目飛ばした弾は狙おうとしていた猫のぬいぐるみに当てようとしていたが後ろのブルシートに激突して落下。続く二発目、三発目と発射するも全弾かすりもせず飛んでいく。
「あちゃ〜残念。また挑戦してくれよな
「ならおじさん。今度は僕がやりますよ」
「あいよ。300円ね」
僕は言われた金額を手渡し、鉄砲に弾を込める。
「この辺かな……?」
一発目に撃った弾は人形の肩に衝突した…が、倒れるまでには至らなかった。しかし少し押し出せたのであともう少し。
続く追撃。三発目で遂にその人形が落下する。
「やったー! 良かったね!」
GETしたのは僕だけどそれ以上に加藤さんのほうが特に喜んでいた。
「いや〜楽しかったね。射的」
射的の屋台を離れて僕らはまたぶらぶら歩き出す。さっき取った景品はしまう余裕もなく仕方なく手で持ちながら行くしかなかった。
「次はどこ行こうかな」
それからもいろんな屋台を見歩くと本当に沢山の屋台が出回っていた。焼き鳥屋やおみくじ、焼きそば、金魚すくいなどなど。そこで僕は1つの屋台に目を引かれた。
「りんご飴だ…」
夏祭りでりんご飴は普通あるのかは分からないけれど僕は興味本位で寄ることにした。
「加藤さん。ちょっとあそこのりんご飴買ってくるね」
「りんご飴? なら私も行くよ。りんご飴食べたい!」
「りんご飴2つください」
「はいよ。まいど〜」
僕自身りんご飴は生まれて一度も食べたことがなかったのでこれが初めてだ。
一本の棒に丸々りんごを差し込んだという作り方には正直驚いた。これは舐めるのが正しいのだろうか。
「れろ…うん。りんご飴も美味しいね」
そう言いつつ彼女は舌を突き出しながらりんご飴を舐めだす。そんな彼女の所作がとても色っぽくつい目が釘付けになってしまう。
「どうしたの? 食べないの?」
「あ、うん。食べるよ」
さっきの彼女の所作が印象に残っていて味はあまり覚えていなかった。ただ甘かったことだけは覚えている。
そのまま僕たちはりんご飴を食べつつ他の屋台巡りを続けた。金魚すくいをやったり他の食べ物を買ったりとその後も祭りを堪能していた。そして屋台巡りの最中、アナウンスが響く。
『もう間もなく花火を打ち上げます。』
「え、もう? 早いね」
「あ、本当だ。もう8時回ってるよ。」
近くの置き時計はもう既に8時を回っていて周囲の人たちがざわめき出す。花火がよく見える特等席で見ようとする人が多いからだ。
かくいう僕らも動き出さなくてはならない。
ひとまず場所の確保は叶った。少しだけ花火は見えづらいかもしれないけれど見るために背に腹は代えられない。
「楽しみだね。花火」
「うん……」
返答の声がやや弱いと思ったら加藤さんは今にも眠りそうな程に首をこくりこくりとかしげていた。
「ちょ…加藤さん起きて! 花火もうすぐだから!」
「う〜ん……はっ! ちょっと寝てた!」
何度も体を揺らしやっとのことで美結は目を覚ます。それから僕らは話を交えつつ花火が打ち上がるのを待っていた。
「今日はありがとう。中村君」
「…? 急にどうしたの?」
「だって今日は中村君と一緒にお祭りを回れた事が何より楽しかったの」
「そう……なんだ。よくわからないけれど、どういたしまして」
「だから今日は中村くんと一緒にお祭りに来れて良かった。来年も来ようね」
そう言いながら美結は安心しきった子供のように笑った。来年もいいんだ……
「お〜上がったぞ〜!」
周囲の人たちの歓声に気づいて空を見上げる。
その時丁度花火がひゅ〜と音を立てながら派手に夜空を彩る。
最初は小さい花火から次第に大きな花火が連続して空に現れる。
「本当に綺麗……」
「そうだね……」
この時は誰もが夜空に輝く花火に見惚れていることだろう。けれどなぜか僕はその間だけ花火を見上げる彼女の横顔に目が離せないでいた。ただ単に惚れ惚れとしていたのかあるいは……
* * *
『これにて下北沢夏祭りを終了します。お気をつけてお帰りください』
アナウンスが終わると同時に人々は帰路につこうと動き出す。
「僕らも帰ろっか」
「そうだね…私もう眠い……」
元気にはしゃいでいた加藤さんは今やそんな元気もなくしょぼくれた目をこすりながら加藤さんは僕の後ろをついてくる。既に屋台は殆どが畳む準備を始めていた。
「加藤さんって夏休み他に予定はあるの?」
僕らは帰路の道中、今後の予定について話していた。
「私は……おばあちゃんのお墓参りぐらいでそれ以外はないかな。もしかしたら絵理香と一緒にどこか行くかもね」
「そうなんだ……僕は特に予定もなくダラダラ過そうかなって思ってて」
「それなら今度はみんなでどこか行ったりしない? 夏休み中に」
「どこか……モールとか?」
「まぁ、そうだね。みんなでぶらぶら回るのもありだと思うよ」
「さっきのお誘いといい最近の加藤さんは変わってきてるね。積極的になってる」
「そうかな? あんまり実感がわかないけれど」
彼女は自覚がないものの第三者からみると確かに変化が垣間見えている。
「そうな――つっ! ごめん中村くん」
会話の途中、突然加藤さんはもの凄い勢いで僕の後ろに動き出した。まるで、なにかから隠れるように。
「ど、どうしたの!?」
僕らと同年代と思える女子三人組は大通りを横に広がり大声でお喋りをしていた。
「マジ……? そいつやばいね」
「でしょ? で、私の彼氏何人もの女と付き合ってんだよ。それで浮気してないとか無理あるよね〜」
すれ違いざまに少しこちらを睨まれた気がしたが気の所為だと思う。そのまま女子三人組は通り過ぎて行った。
「ふぅ…行ったか……大丈夫? 加藤さん」
「はぁ…はぁ……大丈夫。ありがとう。私ちょっとあの人達とはあまり会いたくない人だったからつい隠れちゃって……」
加藤さんがよほど会いたくないって…よほどのことがあったんだろう……。
「とりあえず今日はもう帰ろう。疲れたと思うし……」
「うん……」
それからもお互い降りる駅までの間そこに会話はなくただ沈黙だけが続いた。それに彼女の顔色も心なしか悪くなってきていた。
『次は〜○○、次は〜○○』
僕が降りる駅が聞こえて降りる準備をしようとしたところで裾を引っ張られる感じがして横に目をやると加藤さんはこちらを見ていた。
「その……もう少し一緒にいてもらってもいい…?」
その時の加藤さんの表情はとにかく怯えた子犬のようで手を差し伸ばさずにはいれなかった。
そのまま僕は降りる駅を素通りし彼女の降りる駅で一緒に降りた。
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