第27話

 ──和水城三階国王執務室。

 眼の下の隈をものともせず国王フォンテ・ル・シャッテンは山となる紙束に目を通し判子を叩きつけていく。

 すると扉を大きく叩く音が響いた。

「入れ!」

「失礼します! 保安庁長官アブロ・スレミスです! 緊急の報告に参りました!」

「続けよ」

「はっ! 茅舎島ぼうしゃじまにて国際指名手配犯、【暴れん坊】による破壊活動が確認されました。早急の指示を仰ぎたく、奏上致しました!」

 敬礼を維持したまま往年の男性は叫ぶ。内心は焦っているのか、心なしか早口となっていた。

 男は今だ判子を押している国王を見据える。僅かの後に国王は判子を机に置いて、

「そうか、わかった。ネスティを呼べ!」

 と、指示を出す。

「はっ! 失礼致します」

 閉まる扉を睨みながら国王はため息を吐いた。

「厄介な……」

 深刻な顔で国王は判子を握り締める。そこにはやつれた姿はもうない。既にその威厳を取り戻し次に起こりうる想定を頭に浮かべ、呼吸を落ち着かせる。


「陛下、失礼します」


 先程と同じやり取りをしてネスティが部屋の内側へ入ってきた。

「来たか、ネスティよ」

「はい」

 重苦しい雰囲気を醸し出して国王は自慢の顎髭を弄る。

「茅舎島に【暴れん坊】が出現したらしい」

「────!」

「既に茅舎島の一割ほどが破壊されたそうだ」

「へ、陛下……お言葉ですが、つまり……その、私に【暴れん坊】をどうにかせよ、ということですか?」

 ネスティは嫌な汗が頬を伝るのを感じていた。あまりに無謀な指令が降ることを恐れた。

 【暴れん坊】。その異名は音で聞く分には可愛らしく聞こえるかもしれない。

 だがそんな生温いものではない。本能のままに暴れ、敵味方関係なく殺戮を繰り返す、対話による休戦は存在しない。全長十メートルを超える体躯を活かして叩き潰し、生きる兵器とまで呼ばれた。世界に数少ない国際指名手配犯の一人として。


「なにも一人で対処せよとは言わん。二代目青も連れて行きなさい」

「……相手は国際指名手配犯ですよ?」

「役不足か?」

 挑発気味に国王はネスティを見据える。

「っわかりました」

 怒りで足の指に力が入るがおくびにも出さず、ネスティはブロンドヘアを翻して国王に背を向ける。それは彼女のせめてもの反抗であった。

「ああ、橙は連れて行ってはならんぞ? 奴は強すぎる」

 無言でネスティは頷き執務室を去る。


 彼女の残り香も消えて数分後。


 プルルルル

 

 机上の狐の像が震える。国王はつばを飲み込み震える手で狐の首を真後ろへ回転させた。

『お土産は喜んでくれたかな?』

 通信機と思しき像から声が流れる。その主は若々しくいたずらに成功した子供のように楽しげな声色であった。

「やってくれたな、ハーディ」

 吐き捨てるようにして国王。

『お気に召したようでなにより。そっちだってカードを切ってきたじゃないか』

「……何のことだ?」

 国王は念の為こう言ったが声の主が指し示したことが何なのかは察していた。


『とぼけるなよ? ウルフのことだよ』

 やはりその件か、と国王は思った。思い浮かべるは白髪の男。雲行きが怪しくなり始めている昨今の情勢を鑑みて、彼に助けを求めたが、不穏な気配が迫っていることを予感していた。

「まだ暴れてないはずだが?」

『残念だけど彼、君の手に負えるようなやつじゃないでしょ? あちこちで被害報告入ってるんだけど? うちにも身元不明の遺体が転がり込んできたって聞いたし』

 その知らせに頭を抱える国王。己の知らぬ場所で勝手に動く軍神に何としても怒りをぶつけたい所存のようだ。

「これはその仕返しということか?」

『そういうこと』

 胃の中からせり上がってくる感情を抑えて国王は歯ぎしりをする。

「……始末してもいいな?」

『それは困るなあ。ボクの大切な駒なんだから』

「ぬかせ、貴様の計略には【暴れん坊】は死んでも構わないと書いてあるのだろう?」

『ふふふ、それはどうかな? それに君はウルフを使わないだろ? それなら死ぬことはないさ』

 それを置き言葉にして通信が途切れる。

 国王はハーディを侮れぬ男と再認識した。

 こちらの意図を全て見透かす慧眼。未来を見ているかのような発言の数々。

 まるで頭の中を覗き込まれているように錯覚するほどに頭がキレている。

 末恐ろしいとはこのことだろう。

「本当に……奴の頭の中を見てみたいわ」

 暖色のライトが仄暗く部屋全体を照らす。ツンとする加齢臭を吸い込み、国王は歳をとったなと、哀愁混じる本日二度目のため息を吐いた。



 ♢♢♢



 眩い光が差し込む薔薇の庭園に、一人の若く精悍な男がいた。

 彼の名はハーディ。先刻国王フォンテ・ル・シャッテンと通話していたものだ。

 そこを筋肉ではち切れそうなスーツを着た男が訪れる。

「くくくっ愉快なやつだよ、ほんとに」

「いかがなさいましたか、王よ」

 男の方に振り向いてハーディはニヤケ面を隠さずに言う。

「それが聞いてくれよ、ムックル。シャッテンのやつってばさ、ボクのブラフに全部引っかかるんだもん」

「それはそれは……やはりあれは愚王で御座いますね」

「さあてね、祭りがなければ優秀な王なのかもしれないけど今は戦争の時代。ボクの手の平の上で踊り続けているのは滑稽だよね」

 コロコロと笑いながらハーディは三つ編みにした髪を弄る。

「その祭りのことですが、このメンバーで宜しいですか?」

 そう言って差し出したのは一枚の用紙。そこには九人のメンバーが書かれていた。

「これ、誰?」

「ああ、コングレスですか。何でも劣等種にしてやられたそうで、熱烈な希望を評価して組み込みました」

 酒場でかつてグノスィらと一悶着起こしたコングレスである。その後逆恨みで奮起し現在に至るということだ。


「ふ〜ん」

 興味なさげにその名前を指先で擦るハーディ。聞いたのもただの確認がしたかっただけだからのようだ。

「じゃあさ────」

 一息置いて、彼はゾッとするような笑みを浮かべる。忽ちにムックルはその巨体を飛び退かせ、膝をついて頭を垂れる。

 

「今回はボクも出よう」


 彼は、白椅子の上で胡座をかいてそう口にした。これが幾千幾万の民の上に立つ者の威厳か。ゆったりとした動きで彼はティーカップを撫で回す。

「悪いけどそのなんとか君には交代してもらうよ。怪物の相手はボクがする」

 ハーディは手の平でカップ全体を包み込むようにカップの縁を一周したあと、ムックルの視線を横切った。


「さて、派手にり合おうじゃないか」


 彼のあとには、カップが膝から崩れ落ちるように粉状となっていた。

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