第16話

 お金を袋詰にしたあと船に戻る。

 ギャグは驚いた表情をしていた。

「奴隷船だったのか……」

「奴隷船?」

「奴隷専門の商人に橋渡しする海賊船の名称よ。略奪においては海賊の方に分があるからな」

 ギャグ曰く、港を中心に活動するものが多いらしい。

 劣等種を劣等種が狩るという地獄絵図が浮かび上がる事態に国は対処していないとか。

 希望があるのか本当に疑わしくなる。


「その嬢ちゃん、えらく衰弱してるじゃねえか。面倒みるのか?」

「ああ、金は手に入れたからね」


 ニッコリと御満悦の表情にギャグは苦笑する。


「まあ、それでいいだろ。何人も助けるなんて都合のいいこと言う奴なら船からとっくに落としてるしな。ガハハ」

「寝台は……ないよな」

「わりいな。しばらくそのままでいてくれ。んじゃあ行くぞ!」


 小気味よいエンジン音とともに船が加速する。

「できれば早めに風呂に入りたいなあ」

 自分では慣れて臭いなどわからないが傍からすればなかなか臭いだろう。

 正直あの暗闇と同じくらい臭いかもしれない。

「……すう…………」

 静かな寝息が耳を打つ。

 潮の香りと快適な風が髪を揺らす。

 それが心地よく感じ、また尖った心を和らげてくれる気がした。



 ♢♢♢



「熱くないか……?」

「……ん……」

 女将に嫌がられながらも押し切って宿をとった二人。

 風呂があることに安堵し、同時に服を早急に買わなければと決断して数分。

 体の汚れを落とすために風呂に入らせようとするもルルが動かないために。

 現在に至り風呂に入らせているわけで。


 痩せているが少し前まで健康的であったであろうあとを窺わせる肉つき。

 艶を取り戻した黒髪は絶妙に美しく、雪をあざむくほどの白肌はきめ細かい。

「むふう…………」

 溢れ返る風呂の水と大量の湯気。

 気持ちの良さに自然と漏れ出る吐息。

 そして露天風呂から見える景色と、屋根に映る水面の反射も加わることで。

 紅葉の美しい景色が一層映えて二人をうっとりとさせていた。

「露天風呂といえばお酒飲んでみたくなるなあ……」

「……私も、飲んでみたい」

 隣から小さく漏らしてルル。

 だがその見た目での発言は流石に無理があったのか、

「ルルは何歳なんだ?」

 と、グノスィは何気なく聞いたところ、


「…………18」

「………………???」

(あれ、聞き間違いか? いや、聞き間違いだろう。きっとそうだ。そうに違いない)

 風呂の中であるのに汗ばんでくる。

 風呂の熱で頭が働かないこともあり、悩みに悩んだ末、


(ま、いっか)


 彼は思考を捨てた。


 夢を見ているようにふわふわと思考を浮かべて支離滅裂な言葉で頭の中を敷き詰める。

 今の彼にならどんな馬鹿でも頭脳勝負で勝てるほどに。

 そのうち彼は無意識に口にも出していた。

「星を見たいなあ……」

 上を見上げれば海をのぞめる。街の光を反射してキラキラと輝く様が夜空に浮かぶ星々のように。

 それに対する素朴な願いだったのだろう。

「ほし……?」

「いや、なんでもない。そろそろ逆上せるから出よう」

 今や太陽でさえも懐かしい。

 幻想と呼ぶに相応しい景色を次に目にすることができるのは。

 一体何時いつになるだろうか。



「それで、ルル。色々教えて欲しいことがあるんだけどお願いできる?」

「いいよ」

「じゃあ初めに聞くけど、私たちが虚法を使うときに利用するこの光の正体は何?」

「…………」

 この言葉にルルはぴくりと眉を動かす。

 そしてルルは驚くべき発言をする。

「……グノスィは外から来たの?」

「────っ!」

「やっぱり……」

「どうして、どうしてそう思ったの?」

 心臓がバクバクと音を立てて騒がしい。

 全身の血管が沸騰しているように熱く、伸ばしていた足は自然と胡座に変わっていた。

虚力コーリーを知らない人なんてほとんどいない。山奥に居たならまだしも」

「なら山奥に住んでたと考えるんじゃないの?」

「そもそも"ほし"という言葉を知っている人は……あんなふうに懐かしそうに言わない」

 首を振りながらルルは答える。これに対してグノスィはしまったと感じた。

「ついでにあの船に乗っていた人」

「ギャグがどうしたっていうんだ?」

「旧知の仲じゃなかった」

「それが……何を……?」

「お金もないのに乗せてくれるのはおかしい」

(この子は……)

「他の人にお金を借りるにもあんな良い服を着てる人が一銭もお金がないのはあり得ない」

(聡いなんてレベルではない。頭の回転が速すぎる。まるで推理小説に登場する名探偵のように……)

 彼女は椅子から立ち上がってグノスィに近づき、顔を寄せてくる。

「外の世界を知っているから、ほしという言葉が使えたと考えれば全てに筋道が立つ。…………どう?」

 頬の火照りと浴衣に覗くささやかな胸の膨らみが扇情的に映り、緊張と興奮の念が湧き上がるも、それを抑えてグノスィは肩の力を抜いて降参する。

「参ったよ……確かに私は外の人間だ。名前すら思い出せなかったけど……」

「この世界を知らないのに"知恵"を名乗るなんて変な人」

「それもそうだね」

 ふふふと笑って彼女は背中を向けてグノスィの膝の中へ収まる。

 一週間以上の期間が過ぎ去ったこの日、奇しくもグノスィにとって初めての休息となる一日となった。

 温もりと柔らかさを与えてくれる、人形のように美しい少女とともに過ごす夜が訪れた。

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