第15話

「ねあ、ギャグさん……」

「……どうした?」

 舵を握りしめるギャグと魚の干物をむしゃむしゃと食べているグノスィは同じ方角を見ていた。

「あれ、こっちに向かってきてるよね?」

「…………そうだな」

 しばらく前から視界には入っていたが進行方向で迂回もできず進んだ結果、前方には巨大な海賊船が待っていた。

 ドクロマークの旗をかざす帆船。

 そして船首に陣取る船長らしき人物。


「海賊ってそんなにうようよ居るもんなのかな?」

「さあな……だが逆らっても良いことはねえ。出せるもんは全部差し出すのが利口ってもんよ」


 最初の溌剌とした余裕も今や陰りを見せ、憂鬱な表情で前方を見ている。

「海賊船なら……お金持ってるよな?」

 聞こえない声量で呟くグノスィ。その発言から明らかに海賊を潰そうという思惑が読み取れる。

「おい、どこ行くんだ?」

 船室から出て船首へ向かう青年に声をかけるギャグ。

 グノスィは振り返らずに真っ直ぐ進む。

 船員の汚らしい叫びとともに、ますます近づいてきた海賊船は船の横で静止する。

「そこに居るやつ! 積荷を渡しな! 抵抗しないなら大人しく帰してやるぜ?」

 下卑た笑い声をあげる船長とその船員。

 だが彼らは気づかなかった。

 自分らが捕食者ではなく獲物側だと。

「ありがたく頂戴しよう、その命」

 その言葉を口にした直後、彼は己の指先を噛みちぎり、

「ああ? 何言ってんだあコイ──」

 それが船長の最後の言葉となった。

 青く光る残酷な剣閃が、いとも容易く彼の首を刈り取った。

「【二の法・虚ろのつるぎ】」

 指先から滴る血はすぐに止まり、傷口は塞がっていく。


 彼はこの数日で光の使い道を増やした。

 曰く、光は体内の光ならば操作ができる。

 曰く、光は身体能力を大幅に向上させる。

 曰く、光は固体にすることが可能。

 曰く、光は治癒の作用を有する。

 

 これらの能力が現状グノスィに使える攻撃手段だった。

 元々の動体視力も相まって、彼は敵の船上で次々と船員を打ち倒し、時には海へ落として殲滅していく。


「ハハハ……なんつぅー強さだよ」


 乾いた笑い声を出してギャグは唖然とする。

 その一方的過ぎる強さに。

 そしてそれを作業のようにこなしてしまう余裕に。


殲滅完了ミッションコンプリート


 忘れていた呼吸を取り戻すように息を吸い込みグノスィは宙に向けて言い放った。


「さて……お宝探しの時間だね……ギャグさーん! しばらく待っててもらえるー?」

「お、おう!」


 船は今居る階に一つ部屋があり、悪臭漂う階下にも部屋があるようだ。

 まずは目の前の部屋に入る。

 中は結構な広さで大きな金庫と床に散乱する食料や戦利品らしきガラクタ。

 お目当てのものは全て金庫にあるようだ。

 船長の死体から鍵を探してきてからグノスィは鍵を開ける。

 

「おお…………!」


 金塊や宝石はないが札束だけはバフラが持っていた以上のものがそこにあった。

 ──金塊なんてあってもしょうがないしね。

 換金するのも一手間かかる財宝は必要ない。


 ひとまず札束は放置して階下に向かう。

 腐敗するビスケットでも置いているのかと思うほどの悪臭。

 だが現実はもっと酷いものだった。


 歯ぎしりするほどの怒りをグノスィは抑えることができなかった。

 そこにあるのは無惨な扱いを受けた重りに繋がれた女性たちと。

 両手両足を固定された濁り目の男たち。

 そして手は出されてはいないとはいえ鎖で痣をつけられ横たわる一人の少女。

 これが同じ人間にすることなのかと。

 悪人は人だろうと新人類だろうと悪人なのだと。

 改めて重く実感しグノスィは失望を禁じ得なかった。

 檻にも入れられず感染症の危険もありそうな密室で彼らの絶望は相当のものだっただろう。

 グノスィはせめて少女だけでもと近づく。


「君、生きたいか……?」

「…………誰?」


 か細い声。黒髪の奥から見開いた目は青と緑のオッドアイ。

 痩せ細る体には申し訳程度のボロ布。


「私はグノスィ。君は?」

「……ルル」

「ルルか、それで……生きたいか?」


 再び疑問を呈するグノスィ。

 対するルルは首をかしげて不思議そうにしている。


「生きて……どうするの? 私はもう……何も持ってない。家も、希望も、未来さえも」

「生きれば……失ったものもまた新しく作ることができる。家族だって、作れる。取り戻すことはできないけれど……」

「…………!」

 初めて感情が大きく動いた。

 彼女の目から色が消え、美しい青と緑が黒に近づいていく。


「あなたは……私に何をくれるの?」

 ゾクッとするような低い声で彼女はグノスィの目を直視する。

「君が望むなら……力でも貸してあげよう」

 

 僅かな空白のあと、彼女は自分の思いを口にした。


「……わかった。あなたに、付いていく「おい、そこの小僧」」

 話が一段落しそうになった瞬間、遮るように男衆の一人が声を出した。

「鍵、持ってんだろ? 寄越せや」

 返事もする間もなく男は二の句を告げる。

 見ると彼らの目は酷く濁っていた。

 犯罪者の目だ。それも凶悪な。

「行こう」

 足枷を外して彼女に上着を着せて抱きかかえ、梯子を登る。

「テメエ! 無視してんじゃねえ! 寄越せってんだろうがっ!」

「この大海原で彷徨いながら朽ちていくといい。永遠の屍と化して──」

 

 不快な感情とともにグノスィは言葉を吐き出す。無慈悲な鉄槌として。


「あのお姉さんたちは?」

「流石に私にも人を生き返らせる力はないよ」

「…………え?」


 彼女の目から涙が零れ落ちた。

 優しくしてもらったのかもしれない。

 非常に痛ましいことだがこればかりは何もすることはできない。

 最後に彼は下を見る。

 蝿が集って口元から血を流して悔しそうな表情をする彼女らの姿を。

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