第14話

 一般的に大人と子供で優れているのはどちらだろうか。

 社会を身に沁みて経験した大人か。

 莫大な知識量を有する大人か。

 果たして本当に────?


 ここに断言しよう。それは間違っていると。

 事実に誤りはないだろう。

 だが大人が子供に優るという考えに頭を縦にふることはできない。


 なぜなら、大人は……数え切れないほどのものを失ったからだ。

 童心、記憶力、柔軟性、創造性、多角的視野、純粋さ、そして恥。

 自分が好きなものも着れない大人は社会に溶け込む目立たぬ色を好む傾向に変化し。

 他人の目を気にして同性にさえ苗字で人の名を呼ぶ始末。

 さらには集団に話しかける勇気すらも失い。

 醜い嫉妬と悪口を垂れ流して自我を保つその有り様は。

 誰の目からも明らかに無様であろう。


 対する子供はどうか。

 好奇心の限りに他人に迷惑をかけることもあれば。

 純粋な瞳で知らない言葉を先駆者に問うその姿もあるだろう。

 本能のままに暴力をふるものもいるだろう。

 だがそれがどうした。

 

 大人と子供の欠点を比べてみよ。

 子供の輝きが大人に劣ることは決してあり得ないではないか。

 経験をしていないから欠点が少ないって?

 そうして目を背け続けるのもいいかもしれない。


 けれども大人で子供好きは多くいるのに、子供で大人好きが見たことがないのはどうしてか、考えたことがあるだろうか。

 大人は平気な顔で嘘をつき、騙し、理論という盾で子供を抑圧する。

 

 子供のように真っ白なキャンパスを持っていれば、恥や外聞など捨てていれば。

 世界は途端に色を変えて美しく、人々への心は無限大に広がる。

 負の感情はますます減っていくはずだ。


 結論、恥を捨てろ。


 何故こんな話を長々と続けているのかというと。

 少し前、グノスィはその巨大な壁にぶち当たっていた。


 海を渡るのに必要なものは船であるが、ではこの世界において、移動するために必要なものは何か。

 気力もあるだろうが、それは本質ではない。最も重要なのは世界に満ちる光。

 そして体内の光。これこそが必要なものだ。

 しかしそれは無限ではない。存在するなら使えば減るのだ。

 絶やさずそれを留めておくなら使わないことが一番の解決策である。

 それではその力を使わずに移動するにはどうすればいいか。

 既知の事実の通り、車や自転車は効率がいい。人力で走るよりもずっと。


 だが金もないのにそれに乗るためには……彼がすべきことは一つだけだった。


 ヒッチハイク。

 苦痛なのは一人目が見つかるまでの間だが、そこまで断られ続ける精神的な苦しみは想像を絶する。

 一人目以降は誠に簡単なことだったのであるが。


 紹介しよう。人間の国ならいざ知らず。

 新人類の住む都で彼を車に乗せてくれた優しき青年の名を。

 彼の名はカムラ。猫の乳獣人ビースターであり頭から猫耳を生やす、可愛らしさと目元の優しさを併せ持つ青年だった。


「ありがとう、こんな汚いやつを乗せてくれて……」

「いや、良いんだよ。ちょうど港まで行く用があったからね。……僕は争い事はあんまり得意じゃないから、種族の違いなんて大した障害にはならないよ」


 一度乾いたとはいえ数日風呂にも入れなかったグノスィを車に入れることにも躊躇せず、さらに彼は人の国への船代も支払おうと申し出た。

 ここまで断られた人数は百を超え、その大半は劣等種だからという理由からだった。

 

 彼が優しいのか、それとも他が厳しすぎるのか、彼には分からなかった。

 

「帰省か何かするのかい?」

 カムラは畑が一面に広がる田舎道を静かに運転していた。


「いや、ちょっと仲間に会いに行くためにね……」

 争い事を苦手とする彼の言葉から大会に関わる話は極力避けようと決めたグノスィ。

 それは間違っていなかったようで、カムラは嬉しそうに語った。


「それはそれは……会いに行くってことは元々こっちに住んでたんだ?」

「ああ……グリーンスペースから。カムラはグリーンスペースからじゃないだろう?」

「うん。僕はネミビュスに住んでるんだ。妻と子供二人で……店をやっていて、休日はこうして港に食料を仕入れに行くんだ」


 精悍な顔つきで彼は穏やかな笑みを崩さない。好感のもてる青年であった。


「着いたよ。知り合いに島に船を出す人が居るからその人に交渉してみるよ。ちょっと待ってて」

「何から何まで……ありがとう」

 深々と頭を下げるグノスィにカムラは首を振ってどういたしましてと言う。


 ──全ての人が彼のような人だったなら、世界は平和になるだろうに。

 

 でもそうはならない。彼を裏切るように、グノスィは人間の尊厳を取り戻さなければならないのだから。

 今を生きる幸せな人々に対しても刃を向けなければならないことに少し複雑な感情が湧き出る。


「良いって!」


 遠くの桟橋さんばしで彼が手を振りって叫んでいるのが見えた。

 今はその好意に甘えようと、彼は決断する。


「宜しく頼むぜえ、俺はギャグ。ギャグセンスはねえがユーモアはあるぜ! ガッハッハッ!」


 豪快に笑うカムラと同じく猫の乳獣人ビースター

 頭に巻きつける手ぬぐいとはち切れんばかりのタンクトップが印象的だった。

「私はグノスィ、今回は宜しく」

「じゃあ僕はもう行くね。またどっかで会おう!」

 市場へと足を向け別れを告げるカムラにグノスィは礼を言って船に乗りこむ。

 箱の中身をちらっと見つつ、船が岸から遠ざかるのを眺める。

 

「飯いるか? っても魚しかねえがな! ガアッハッハッハッハ!」

「有り難くもらいます。昨日から何も食べていないので」

「財布でも落としたのか? 用心が足りねえってな!」

 小さな船でスピードは早い。だから風が気持ち良い。

 かもめが水面上を滑るように飛んでいるのを見てグノスィはガルーダを思い出す。

 そしてこれまでのことすべてを。

 時に追いかけられ、時に走り回り、怒り、不安を感じ、焦りを感じ、世界を感じた。

 濃密な時間に驚愕するのは後でいい。

 今は……今はただ。


 赴くままに、その身を預ければ。

 それでいいのだ。

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