第17話

 この世に悪魔がいるとしたら、それはどんな存在だろうか。

 シェイクスピアが言ったように人間であろうか。

 それとも羊のような角が生えた筋肉質な異形だろうか。

 それが人間の生み出した幻想であろうとなかろうとその残虐性だけはそこにあるのは確定として。

 正体を隠しているなら彼岸に近づけば本性が露わになるだろう。


 はて、では人間が追い詰められたときに出る行動はどのようか。

 情けを求めて床に這いつくばるか。

 暴力に訴えて自暴自棄になるか。

 それとも────。


「ふざけるなあああっ!! 今まで散々どうでもいいと言ってきたあなたが! 何故意見を発するというのか! この青臭い小僧どもに任せると言うのか!」


 怒りのままに叫び続けるか。

 膨らんだ腹を上下に揺らして、脂汗が吹き出しボタンがはち切れそうな袴姿の男は、眼光鋭く正面に居る二人組に目を向ける男につばを飛ばす勢いで叫ぶ。


「元はと言えば私の権利でありお前の権利ではない。私が何もしてこなかったのはお前に全てを任せたいと思ったからではない。時期が違かったからだ」

「がああああああああ!」

 もはや高官たる姿は何処にもなく、ただ赤ん坊のように大声で喚くその姿に。

 上座に座る男は一瞥もなく、諦めたようにため息をつく。


「あの証に者がまた現れてくれたことに感謝しよう。二代目よ、代表は……貴公の意向のままに」


 上座から降りて膝を付き、騎士の礼儀と同様の礼を行う男に対し。

 その二人組の片方の男は黒スーツを身につけて、他方は男に寄り添い黒のドレスを身に纏う。

 水色と紫色の耳飾りをしていた者たち。

 すなわち、

「その任、授かりました。国王フォンテ・ル・シャッテン」

 グノスィとルルが天守閣で国王を見下ろしていた。


 ルルに粗方情報を貰ったグノスィは着るものを選び、その足で旅館に戻るとふと思った。

 他の耳飾りはつけるとどうなるのか、と。

「──ということでルル。ちょっと危ないかもしれないから離れてて」

「ん……」

 のそのそと動いて離れるルル。

 グノスィは白手袋を嵌めて指先を黒のピアスに触れさせる。

 すると────。


「いっっっつっ!」

 手すりで静電気が走るような痛みが感じられ、すぐに手を放してしまう。

 だがそれは正しかった。

 持続的に流れる電流は体内に蓄積されていき、最終的には骨をも溶かし本人を死に至らしめる。

 その後も全ての耳飾りに同様の痛みを感じ、うんざりした顔で手袋を外す。

「……どう?」

「やってみる?」

 無言で差し伸べる手に手袋を乗せる。

 おずおずといった様子で順々に触れその度に電撃にびくりと反応する。

 だがある場所で指は止まる。

「……痛くないよ」

「じゃあ…………?」

 紫色のピアス。紫の薄い長方形の宝石に細かく文字が彫られている。

 そしてそれをつたのように太いつるに結ばれている。

 痛みを感じない、すなわちピアスに選ばれたことを意味した。


「ピアスつける?」

「うん……これが何か分かんないけど……」

 付属する針を消毒して耳に穴を開ける。

 だが血は出ずに傷口で完全に止まっていた。

(上手い……!)

 そんな事実に打ちひしがれる暇もなく、ルルは耳飾りをつける。

 黒髪に映える紫が何とも美しい。

 それはさておき二人は身につけた衣服で廊下に出ると、ちょうど向かい側から女将がやってきていた。

 彼女は大層驚いた様子でこちらをまじまじと見ること数秒、時が動き出すように我に返る。

「夜には帰りますのでお願いします」

「はい。分かりました」

 彼らの服装は常時ならば異常そのもの。

 故に街中でも一際目立った存在として見られていた。

 街征く人々が何度も振り返るほどに。


「──さて、行こうか。国王の元へ」


 グリーンスペース国があるヒューメド大陸の西方二百キロメートル。

 昼には威風放つ城が直立し、夜には赤提灯が並列する和の島国。

 住民の多くは夜になると狐のお面を被って出歩く習慣があり。

 白を基調とする赤を入れた貴族のような衣服を身に着けて。

 街中からは笛や太鼓の音が聞こえてくる。

 国の名前はフォックスアイランド。別名【狐の国】。

 国王は莫大な財産と代表を決定する権利を有するのみで。

 その他の業務は大臣らが取り仕切っているという。

 それがルルから得たこの国の情報だった。


「国王の住む城、和水城。アポなしで本当に行けるかな?」

「大丈夫」

 ルルが放つ言葉は根拠のない自信には見えなかった。

 それどころか入れて当然と思わせるほどに自信に満ち溢れていた。


 そうして到着した天守閣の麓。グリーンスペースのような槍を構えた兵士ではなく、二人の女性が既に夜の格好となって立ち構えていた。


「何用でしょうか。ここから先は関係者以外立入禁止でございます。用がなければお引取りを」

 狐のお面の隙間から覗く瞳が怪しく輝く。

 しかしそれに臆することなくグノスィは予行通りに事を進める。

「国王陛下にこの箱を」

「これは何でしょうか?」

「耳飾りです」

 その言葉を口にした瞬間、彼女らは箱を開けることもなくグノスィに返す。

「……あの?」

「いいでしょう。付いてきてください」

 石畳の階段を上がっていく彼女らに呆気にとられる。

「どうしました?」

「あ、いえ。何故こんなにすんなり入れてもらえるのか不思議で……」

「私たちは国王陛下の姪で私がネスティ。彼女はトトヌメと言います」

「……姉さん、私はまだその人達を信用してないから」

 身長の高いトトヌメはお面の下で口を曲げてグノスィらを睨んでいた。

「トト。いい加減にしなさい。陛下のご意向ですよ」

「あんな何もしない人の意見を────」

「トトヌメ。不敬ですよ」

 絶対零度の如く低い声で彼女は注意する。

 辺りが寒く感じられるその冷たさは物理的にも精神的なものにも感じられた。

「失礼しました、お客人。改めまして、私はネスティ。陛下に父の代からの伝言によると、『私が生きている間に英雄は再び現れる。其の者は水色の耳飾りをつけた、黒髪の人間である。何があろうと私の元へ来させるように』、と」

「あそこに居て襲われたりしないんですか?」

「襲われる? 私が? 新人類であろうと切り倒しますよ」

 再度冷たい言葉で彼女は寒くもないのに白い息を吐いて言う。

 慌てて失言したと侘びて謝る黒髪の青年。


「では、こちらの部屋でお待ち下さい」

 屋内に入りいくつもの部屋を通り抜け廊下に出たあと、二人はある部屋に通される。

 一見すると時代劇に現れそうな将軍が上座に座る応接間のような部屋であるが、要所要所にそれとは異なるものと思われる飾りが為されている。

 数十分経っただろうか、あるいは数分しか経っていないのだろうか。

 体感では永久の時と変わらないほどに静寂がもどかしかった。

 それも終わりは訪れる。初めに聞こえたのは小さな足音だった。

 しかしそれは決して子供のものではなく、すり足であるために聞こえる微かな音。

 次に聞こえたのは何かを弾く音。扇子を元に戻す時に響く独特の音だ。

 最後に男は襖を開け、姿を現した。

 髪は薄く、弱々しく口をすぼめるその姿は情けなく見えた。


 しかし────。

 彼はグノスィの姿を見た直後、生気を取り戻したように目を見張った。

「待ちわびたぞ……英雄よ」

 涙を流して彼は重厚な響きの声とともに笑みを浮かべた。

 世間では国王は財産を守りに入って国民を苦しめている老害らしい。

 だがそれはあくまでも噂であり、真相はまた別にあった。

 それは国王の態度の豹変から明らかだろう。

 

 グノスィは頭を下げ礼を取ろうとするも国王はそれを止める。

「礼は取らずともよい。私と貴公は対等であるのだから」

「それはどういう……?」

「まずその箱を見せてくれ。初代が残したものをもう一度目にしたい」

「どうぞ」

 上座に座った国王にグノスィは箱を差し出す。

「ああ、これだ……」

 感慨深げに吐息を漏らす国王。

「……使い方は知っているか?」

「これのですか?」

「そうだ」

「よく分かっていないですね」

「ならば一度だけ説明しよう。そもそもこれの名前は"エネアドピアス"と呼ばれるものだ」

 それは異国の神話に登場するものから引用したもので。

 天空を司る"白"。戦争と英雄を司る"赤"。

 陽炎を司る"橙"。大地の神を司る"黄"。

 大気を司る"緑"。湿気と変化を司る"青"。

 魔女を司る"藍"。冥界と植物を司る"紫"。

 最後に、死体を司る"黒"。

 以上九つがエネアドピアスである。

 そしてこれらは使い手を選ぶ。もし適合しなければその身を滅ぼすものとして。

 肝心の使い方は虚法こほうを使うときに必要な虚力コーリーによる武器の具現化。

 武器は各々に見合ったものだが発現の方法は今のところ不明。

 国王がかつて聞いた話に拠ればそれは気合次第だとか。

 今のうちに発現できるようになっていた方がいいと国王は言う。


「まだ二人しか居ないのも難点だ。目星はついてるのか?」

「いえ、まだ……」

「……それならあの娘たちはどうだろうか?」

 国王の言葉に反射的に疑問を覚えるがすぐに理解した。

 メンバーが足りていないのは確かだ。

 だがしかし、それでは自分の行いを否定することになる。

「……一応理由だけ聞かせてもらっても?」

「あの娘らは私の弟の孫娘でな……そして私の弟は……あの大会の初代代表だった……」

 それ以上国王は語らなかった。

 だけどその後に起こったであろうことは容易に想像できた。

 それはガルーダがその場しのぎで創った話に登場した者たちによる物語。

 だとすると国王が言いたいことはわかった。彼女らは九人の英雄の子孫なのだと。

「どうかあの娘たちにも希望を見せてくれないか? 私には城の麓で待たせることしかできなかった。彼女らに道を示してあげられなかった」

「国王陛下……」

 

 袖を引っ張られる。見るとルルが心配してこちらを見上げていた。

「そうだね……うん。分かりました、それが彼女らに適応するのなら私に文句はありません」

 最善のメンバーを見つけるとしても、それはグノスィが決めることではない。

 エネアドピアスが決めることだ。

 故にしばらく静観することを決めた。

「ありがとう……ありがとうっ!」

 何度も頭を下げる国王。

 しかしそんな空気をぶち壊す人物がいた。


「陛下! 聞きましたぞ! 私に相談もなく代表を決めると!」


 扉を開けて入ってきたのは宰相ポーロ・グリルベース。

 昨年まで代表を統括していた人物であった。

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