第3話 怒りのシャーッ!!

 逃げたモフ二匹だが、モフ男は数時間で網戸越しに「帰りまーす!」と鳴いて要求し、開けると中にあっさり入った。困ったのはモフ美だ。モフ男よりも、ちらちら姿を見せていた割に、全然家に戻ろうとしない。


 我が家は古い木造建築なので、床下がコンクリでもなく、外から出入り自由になっている。で、玄関が土間みたいになっているので(タイル敷ではあるけど)、あがりの板をパコっと外すと、土の床下が見える構造なのだが、そこから声がする。にゃー。


 板を外しておくと顔を出して、にゃー。でも玄関に下りると奥のほうまで引っ込む。懐中電灯で照らすも見えず。でも離れると戻ってくるらしく、にゃー。その繰り返し。餌でつっても無理。どうやっても無理。その夜はもうあきらめた。


 そして翌朝も戻らず、床下の板を外したままにして、玄関にはモフ男が入れない状態にして放置していた。と、夕方だ。靴箱の上にモフ美が普通にいる。すかさず板を戻して無事にご帰還したわけだ。


 その夜は異変がない様子で、モフ男もモフ美の帰宅を喜んでいるように見えたのだが、実はそうではなかったようだ。


 またその翌朝だ。朝ごはんの時、事件は起こった。


 モフ男が先に食卓につき(うちには自作した猫用テーブルがある)、モヒモヒやっていると、モフ美がとてとて遅れてやって来た。すると。


「シャー!!」


 モフ男が威嚇したのである。わたしとモフ美は「えっ」と目が合った。


 モフ美はびっくりした様子だったが、ごはんを食べようと自分のテーブルに向かった。と、また「シャアア!!」。ガチ威嚇である。たじろぐモフ美。詰め寄るモフ男。モフ美は名残惜しそうにしながらその場を去るしかなかった。


 モフ美はいつもいる日当たりのいい部屋まで戻っていた。そこまでごはん皿を運んでやる。モフ男もいつも午前中はこの部屋にいるのだが、この日は違った。戸口前に座って動かない。ここを通らないと、モフ美はごはんだけでなくトイレもいけない。モフ男は「お前には何も使わせねぇ」といわんばかりに通せんぼしているのだ。


 まあ実際は別ルートを通れば行けるのだが、普段いない場所にじっと座っている姿はまさに門番というかなんというか。モフ美にした威嚇といい、彼の怒りを感じる。二匹そろって脱走したくせに、自分はまるで一瞬も外に出ていないお利口さんのつもりなのか、ルールを守れないやつ、許すまじ、の気迫を放っていた。


 やがて門番はやめたのだが、その日は夜になっても威嚇し、モフ美はなぜモフ男が怒っているのかわからないらしくオロオロしていた。


 わたしだってモフ男の怒りが少々理不尽に思えるくらいだ。モフ美からすると、飼い主が怒ってないのに、なぜモフ男がブチ切れているのか意味不明なのだろう。お前も共犯だろ?と。だがモフ男からすると、自分はちょっと出ただけなのだ。すぐ帰ったお利口さん。でもモフ美は朝帰りどころか丸一日戻らなかった不良猫なのである。


 そんなモフ男だったが、あくる日の午後くらいには、「そろそろ許してやるかな」と思い始めたらしい。窓辺にいたモフ美のもとに、のっしのっし、と、それはもう偉そうな上から目線の態度で近づいてきた。


 けれどもモフ美は前日からずっと考えていたのだ。なぜモフ男がキレているのか。威嚇までしてきた。ごはんも危うく食べ損ねるところだった。むかつく、あいつ、何様? ……あたち、悪くないのにっ!!


 鼻ちゅーで仲直りしようとしていたモフ男の顔に向けて、今度はモフ美が威嚇した。「フサアアアア」。モフ美の威嚇の声はコブラみたいだった。迫力がモフ男と違う。わたしが聞いてても、ひえっ、と思った。


 うわあ、とよろめくモフ男。もう少しで猫が尻餅をつきそうになっていた。先ほどまでの余裕ぶっこいた規律に厳しい猫の威厳が揺らぐ。


 それでもまだ自分が上だと示そうとしたようで負けじと近づくも、「フサアアアア」の二発目の威嚇に、「無理」とビクビクしながらゆっくりその場から離れる。


 その後、モフ男は戸口の向こうから半身でモフ美の様子を見ていた。近づく勇気はない。でも仲直りしたい、そんな気持ちが伝わる態度だ。


 けれどもモフ美は許さなかった。形成逆転だ。前日まで当惑顔で弱り切った感じだったモフ美は、「あたち、何も悪くないっ」と開き直って堂々としていた。


 一方モフ男はしょぼくれてしまった。遠くからモフ美を見つめながら、ため息をつかんばかりに元気がない。


 一体、うちのモフたちはどうなるのか。このまま険悪な雰囲気で過ごすのか。


 あんなに仲が良い二匹だったのになあ、と思った翌日だ。


 何事もなかったかのように、二匹寄り添って窓辺で外を眺めていた。威嚇しあうこともない。なんなら毛づくろいし合っている。


 この数日の険悪ムードが嘘のように消えていた。完全に元に戻った。深夜のうちに仲直りしたのか、何なのか。まあよかったんだけれど。


 とまあ、そんなことがあったのだ。


 二匹飼うと一匹の時とは違う思い出が増えていくものなのだなと。今でもモフ美に逆ギレ威嚇されてよろめくモフ男の姿を思い出すと笑えてくる。あいつ、あんな偉そうに歩いてきたのに……ぷぷっ。

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