第2話 チョビとメアニー

 名付けるにあたり、いろいろ候補を考えた。


 メスには「りぼん」と名付けようとかなり本気で思っていたが、それだとオスのほうは「ネクタイか?」といまいちでボツ。


 あんまり変な名前をつけると獣医にかかったときに少々恥ずかしくなる。かといってありきたりな名前はつまらない。ある程度の個性を求めた。


 結局のところ二匹で関連があるようでないような、今となってはぴったりだと思う名前にしたわけなのだが、この二匹は引き取る前にも名前を持っていた。


 それがタイトルの「チョビ」と「メアニー」である。


 餌を求め訪問していた家の方が付けていた名前だ。メスのほうがメアニー。どっから「メアリー」でも「メラニー」でもなく「メアニー」を持ってきたのか定かではないが、たぶん洋の趣がある風貌(でも柄的には白黒ブチのおかめヘア)を見て洒落た名前が付けられたのだと思う。


 一方、オスのほうは「チョビ」で、これは鼻の下あたりに黒いシミとほくろのような柄が入っているので、チョビ髭のチョビだったのだろう。けれども当時はメスメスだと思われていたのである。


 格差がある気がする。


 昔、ちびまる子ちゃんのさくらももこ先生がエッセイで、姉はフランス人形、わたしはだった、と書いておられたと記憶しているのだが、それに近いものを感じた。べつにフランスが上でが下というわけじゃないけど、わかりますでしょ、このニュアンス。


 チョビて。メスだと思ってたのに、チョビ髭のチョビて。オスだとわかっていたならまだしもメスでっせ、といいたくなるネーミングである。


 さて。そのモフ美とモフ男なのだが。


 いよいよ本題に入ろうと思う。二匹がケンカした話を書こうとしていたのだ。前置きが長くなった。一話半、消費しとる。脱走したが帰って来て険悪になって仲直りしたという数日間の話をしたかったんである。


 基本、二匹は仲が良い。くっついて寝ていることもあるし、毛づくろいし合っていることもあるし、片方が鳴いていると、もう片方がそばに駆けていくこともある。


 たまに殴り合い噛みつきあいをしているが、これはじゃれ合いの内だろう。モフ男のほうが食べるのが早いので、モフ美がまだ食べているのを押しのけて横取りすることもあるが、モフ男に悪気はないらしい。そんな態度だから。まだ食べたいから食べた、その程度の罪の意識だろう。


 またモフ美のほうも本当に食べたいときは、横からどつかれようが、前足で頭を押さえつけられようが、踏ん張ってエサ皿の前から動かないので、あっさり押しのけられるときは、あくまでゆずってやる、の気構えなのだと思う。


 と、まあいがみ合うことなく穏やかに暮らしている猫たちなのだが。


 そんなある日のことだ。


 夜ごはんの時間になっても姿が見えず、不思議に思いながら外に出た瞬間(生ごみをコンポストに投げに行こうとしていた)、モフ美のモフ尻が家の裏へ走っていく姿を見た。


 ちなみによく似た白黒猫の野良が、近所をうろうろしているので、この野良を見て脱走したと思って焦ったこともあるのだが、今回は野良でなく我が家の脱走猫で間違いなかった。そのあとすぐにモフ男の顔もばっちり見た。どちらもわたしを見ると野良のように走り去っていく。


 これまでもモフ二匹は数回脱走している。


 まだ引き戸を開けるテクは身に着けてないので、勝手に戸を開けて出て行くことはないのだが(先代猫はガタついた重い戸でも腰をひねって開けていた)、強風で網戸が開いて脱走——後日、網戸ロックを買ってきて装着——単に戸の閉め忘れで脱走、帰宅で戸を開けた瞬間にモフ美が走り抜けてきて脱走などあったので、気を付けてはいたのだが。


 うちは山の中の一軒家なので脱走しても事故の心配はない。でもこの二匹は普段室内猫だからか、呼んでもなかなか戻ってこないし、餌でつってもあまり食い意地がない子たちなので出てこない。一度出ると戻すのがなかなかに面倒なのだ。


 さて今回はどこから脱走したのか、原因究明が大変だった。網戸はロックしてあるし、開けっ放しの戸や窓もなかった。ぐるぐる家中確認したけれど、これといった経路が見つからない。その間にちらちらとモフ二匹が姿を見せるも、呼んでも来ない、追うと逃げる。あの畜生どもめ。


 まあ結局。逃走経路はあった。物置の窓だ。


 この物置は一応大工さんの手が入っているものの、べニア板にトタンを張り付けた掘立小屋みたいなものである。脱衣場の隣に建て増ししたものだ。


 そのガラスじゃない半透明な板がはまった窓を、以前わたしが片付けの時に物をぶつけて割っていて、応急処置でいったんプチプチを貼り、プチプチが劣化してカサカサになったので、牛乳パックを広げて切ったものを張り付けていた——ええ、わかりますよ。応急処置ですよ、そのまま数年経っただけで。


 その牛乳パックがよーくみたらガムテープの接着が甘くなっていて、ぺらっとめくり上がるようになっていたのだ。モフたちはそれを見過ごさなかった。


 ここで言い訳しておくと、普段この物置のドアはロックしてあるので猫が開けられるようにはなっていない。というのも、古くて締まりが悪く、ロックしてないと風や振動で勝手に開いてしまうからだ。


 だというのに、母がロックし忘れたため、緩くなって開いてしまい、夕方ごろ気づいたモフが入った、と想像している。そしてあの切り開いた牛乳パック貼り付け窓をめくって脱走したのだ。


 この窓にはその後、わたしが板を釘で打ち付けて二度と出られないようにしているのだが、それでもロックはし忘れないよう用心している。


(つづく)

 

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