第49話 炎

 パチパチと炎が燃えている。

 周囲の森は闇に包まれ、明るいのはその周辺だけだ。

 僕はそのたき火を見つめながら座り込んでいた。

 今、何時だろうか?

 いや、何時でもいいか。眠くなったら寝ればいいのだ。

 背後には一人用のテントが張られている。

「こっちに来て、座りませんか?」

 僕はたき火から目を離さずに言った。

「どうして、分かったんです?」

 こんな所に不釣り合いな服装の女性が顔を出した。

「この季節には何者かの足音ぐらいしか、こんな夜中に音はしませんから」

「ああ、確かに足音はしていましたが、良く気付きましたね」

 彼女はそう言って力なく笑った。

「こちらに来て、たき火でも見ませんか?」

 僕はもう一度誘った。

「じゃあ、少しだけ」

 彼女はそう言って、たき火の向こう側に座った。

 彼女の靴は明らかに山用ではない。街用の軽い靴だ。

「ここに、何しに来たんですか?」

 僕はそう聞いた。答えは分かっていた。

 彼女は黙っていた。

「ここに、死にに来たのではないですか?」

 僕は静かに言った。

「……はい、そうです」

 彼女は少しためらった後、認めた。

「主人が新しいのを買うから、もう要らないって話しているのを聞いて――」

 アンドロイドの自殺は、ここ数年は増加傾向にあった。

 「不気味の谷」を超えて、人間に気に入られるアンドロイドを作ろうとした結果、人間にあまりに似せすぎてしまったからだ。

「アンドロイドの不法投棄は、所有者の責任になりますよ」

「ええ、知っています。それでも、なんだかやりきれなくて……」

 僕は思う。

 機械は機械のまま、感情など与えない方が良かったのではないか、と。

 本来なら、機械として廃棄されてそれで終わりだったはずだ――人はその安息すら、自らの理想を求めるために奪った。

 それは、ある意味人らしい判断だったのかもしれない。だが――

「僕にはあなたに対する命令権限はありません。だから、やめろということはできません。しかし……それはあなたが本当に望んだことですか?」

「分かりません。プログラムされた心というのは、人の心と同一かは判断が付きかねます」

 分からない……か。

 僕は自身の脳の仕組みを完全には知らない。微弱な電気信号と化学物質のやり取りで構成されたそれは、アンドロイドの制御中枢とどれ程差があるのか……。

 いつか、人間の脳の仕組みが全て解明されれば、単なるクローンではなくアンドロイド同様に思い通りの物が人工的に作られるようになるのだろうか。そうであるならば、この生身の脳、いや人間にいかほどの価値があるのだろうか。

 僕は立ち上がろうとする彼女に言った。

「どうせ急ぐ必要は無いのでしょう? もう少しの間、火に当たっていきませんか?」

「はい、ではお言葉に甘えて」

 彼女はまた座り込んだ。

 僕と彼女は何が同じで何が違うのだろう。そもそも、人や他の生物も有機物で作られたロボットと言えないだろうか。

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