第45話 石化
目が覚めると、右足の太ももまでが石になっていた。
石化症――近年、急速に増えだした病気。なんらかの形で「絶望」した人間は、文字通り体が徐々に石になっていき、やがて全身が石になって死ぬ。治療法はない。
私は石になった右足を触ってみる。足の方の感覚は無い。手に伝わってくる感触は石そのものだ。
さて、もう終わるのだから急ぐこともないだろう。
私は久々に時間をかけてゆっくりと朝食をとる。
そろそろ会社の人間が出勤してきただろうと思い、電話をかける。
「はい、石化症で――」
私はもう働けないので辞めることを手短に伝える。
電話口の向こうで上司が「使えない奴」と言うのがはっきりと聞こえた。用済みの私にはもはや気を遣う必要もないのだろう。
それ以降も何か言っていたようだったが電話を切った。こちらも気を遣う必要はない。
あと数日もすれば、全身が石になって死ぬ。それまでどう過ごそうか。
片足が石というのは歩くのに不便だ。外出は控えた方がいいだろう。
幸い、そのぐらいの食料なら買いだめがある。
私は何の気なしにテレビを点ける。専門家らしき老人が石化症について語っている。
「最近の若い者は根性がない。だからすぐ絶望して石化症に――」
私はテレビを消した。
馬鹿らしい。未だに昭和の根性論を振りかざし、自分たちは偉いと勘違いしている。そもそも、人間が使い捨てにされる「絶望」だらけの社会を作ったのはお前たちだろうが。
振り返れば、社会に出てから良いことは何もなかった。割に合わない薄給で遅くまで働かされ、責任ばかりを押し付けられる。それが嫌だというと、先程の老害のようにやれ根性がないだの、やれ無責任だの喚きたてる。
ああいう連中は最後まで石化症にならず、しぶとく生き続けるのだろうな。たとえ自分たちだけになっても、非を認めることはないだろう――そう思うと笑えてきた。
まあいい、喚きたい連中には喚かせておけば。
読みかけの本があったことを思い出して、読み始める。最後に読んだのはいつだったか、最近は疲れ果てて帰ってきて本を読む余裕もなかったから思い出せなかった。
もうじきに死ぬ――そう思ってもなんの焦燥感もなかった。ただ、やっと終われるかという安堵感があった。
後で実家にも電話しておこう。こちらも最後に電話したのはいつだったか……。
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