第43話 前任者

「じゃあ、そこに座って」

 薄汚れた事務所、青年は中年男に言われるがままに事務机の前のその席に座った。

「それで? どう仕事すればいいんです?」

 青年は少し不安げに聞く。

「ああ、それはその席のPCを起動させれば分かるよ」

「はあ……」

 事務机には年季の入ったノートPCが置かれている。

 青年はその電源を入れる。かすかな起動音と共に立ち上がる。

 ディスプレイに表示されたデスクトップ画面には様々なフォルダが置かれている。

「じゃあ、この請求だけど――」

 中年男はいきなりそう言った。

 青年はまだ何も教わっていないのに――内心そう思いながらも、差し出された書類を受け取る。

 ディスプレイにはちょうど目に付いた場所に請求に関するフォルダがあった。

 青年は助かったと思いつつも、少々奇妙に思う。

 しかし、時間が惜しいのでそのまま作業を進める。

「この書類の印鑑を――」

 そう言われて訳も分からず開けた引き出しにちょうど印鑑が入っている。

「この書類の控えの――」

 また探そうと思って開けたところにその書類のファイルがある。

 青年は奇妙に感じ始めた。

 探している物が、ちょうど目に付いたところにちゃんとあるのだ。良く整理されていたとしても、こうも上手くいくだろうか?

 そう思って、何気なしに開けた引き出しに「後任の方へ」と書かれた封筒が入っていた。

 青年は不思議に思いながらも、その封筒に入っていた手紙を読む。


後任の方へ

 あなたは、どうして探し物がすぐ見つかるのか不思議に思っていることでしょう。

 しかし、これは実を言うと不思議でもなんでもないのです。

 十人十色と言いますが、人がすることというのは大まかには決まっているものなのです。

 私はそれに従って、必要な物が見つかるように配置しただけなのです。

 私がしたそれらを全て見つけ出す頃には、あなたも分かるようになっていることでしょう。


 十数年後、かつて青年だった中年男は一身上の都合で退職することになった。

「次の人が、上手くできるかどうか……」

 同僚が不安を露にする。

「その点は、問題ありません」

 中年男の机の引き出しには、かつて読んだ手紙と同じ内容の手紙が眠っている。


 後任の方へ――

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