第41話 読書
「趣味は……読書ですか。平凡な趣味ですねえ」
面接官は青年の履歴書を見ながらそう言った。
今、青年は就職面接の最中だった。
彼は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
悟られてはいけない。どんな本を読んでいるかを。
その後も面接は淡々と進む。一般的な質問に一般的な受け答えをする。
どちらもその話の核心に触れることはしない。
当たり障りのない問答。過ぎ去る時間。
彼がその建物を出る頃にはもうかなりの時間が経過していた。
ここも手応えなし。数日中には断りの書面が届くだろう。……もう何社になるか。
駅までの道を歩きながら、彼はぼんやりと考えていた。
それでも、読書のことは詳しく聞かれなくて良かった――心底そう思った。
彼が読んでいる本は、殺人鬼の生涯を記した本、残虐事件の記録――そんな物ばかりだ。
もちろん、詳しく聞かれた時の仮の答えは用意してあったが、できれば嘘はつきたくない。
彼はいつの頃からか、人間のほの暗い部分を求めるようになった。
そうして、そのような本を集めるようになった。
別に自分が連続殺人犯になりたいと思ったことはない。ただ、そういった「闇」にどことなく惹かれるのだ。
不思議なことに残虐ゲームやアニメを規制しろという声はあっても、そのような本を規制する声はあまりないので集めるのは簡単だった。
彼は殺人鬼が大量殺人を犯す描写を何度も読んだ。
彼自身、なぜそんなことに惹かれるのかは分からなかった。
ただ、この趣味は誰にも理解されないだろうと思った。だから隠し続けた。
ドン!
ぼんやりしていたせいか、向かってくる若い女性に気付かずにぶつかってしまった。
彼女の手提げカバンから荷物がこぼれ落ちて散らばる。
「す、すいません。少し考えごとをしていて……」
「いえ、私がぼうっとしていたもので……」
彼女の方もそうだったらしく、慌てて落ちた物をかき集める。
彼も手伝おうと手を伸ばした。
すると、見覚えのある本があった……が、気付かない振りをして手渡した。
「ありがとうございます!」
彼女は手渡された本を慌ててカバンに入れると去っていった。
彼はその後ろ姿を見送りながら、ふと思った。
案外、思っている程に特殊な趣味でもないかもしれない。
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