第38話 声

 確かに、声がした。

 森にセミ採りに来ていた僕は耳を澄ました。

「助けて」

 確かに、そう言っている。

 その声は繰り返し、繰り返しそう言っていた。

「どこ?」

「助けて」

「どこに居るの?」

「助けて」

 僕は声の出所を探しながらそう問いかけた。

 しかし、返ってくるのは「助けて」という一言だけで、それ以上は何の進展もない。

 僕はその声を辿ってどんどん森の奥へと入っていった。

「助けて」

 何度目かのその声がした時だった。

「止まれ!」

 一歩踏み出そうとする僕を制止する別の声がした。

 振り返ると、老人が立っている。

「でも……『助けて』って誰かが言ってる!」

「ああ、君にも聞こえるのだな」

 老人はそう言うと、僕の死元の草をどけた。

 ぽっかりと穴が開いている。穴の底は暗くて見えなかった。

「井戸の跡だ。もう一歩踏み出していれば危なかった」

「助けて」

 また声が聞こえた。

「あの声は、『波長』の合う人間を死に誘い込もうとする」

「あの声は、人間の声じゃないの? 幽霊?」

 老人は少し考えるような顔をした。

「少なくとも、生きている人間ではないが……それ以上の正体はわしにも分からん。ただ、昔から波長の合う人間を誘い込もうとするのは確かだ」

「さっきから言っている『波長』って何?」

 老人は少し悲しげな顔をした。

「それは……独りで居る者の波長だよ。わしや君のような、な」

 確かに、僕はずっと独りで虫取りをしている。

 僕は井戸の跡を見つめて思った。


 この声は、そんな独りで死んでいった者の声かもしれない。

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