第30話 暗証番号

 金が欲しい。

 深夜の自室で俺はふとそう思った。

 酒とタバコ、あと食べたい物を買う金が要る。

 だが、あいにく手持ちの金はなかった。

 仕事はとうの昔に辞めて、こうしてニート生活を続けていたら貯金はいつの間にかなくなっていた。

 最初のうちは、辞めてしばらくしたらまた働くつもりだったが、それも半年過ぎたあたりから面倒になって、ずるずると八年間ニートしている。

 今居る部屋の中も荒れ放題で、食べ終えたカップ麺の容器等が異臭を放っていた。

 親には何度もまともに働くように言われたが、従わなかった。

 一度ニートになってしまうと、他人の言うことを聞くのが面倒に思えてきたからだ。生活時間の大半をしたくもない仕事にあてて、下げたくもない頭を下げて――それが立派な社会人の生き方だという風潮には反吐が出る。

 そうだ。間違っているのは社会の方だ。俺は悪くない。

 仕方がない。親から盗んでくるか。以前盗んだことがバレた時は父に「次は勘当だ!」と言われたが、こんな風に育てた親が悪い。

 俺は両親の部屋にこっそりと入った。気付かれないように明かりは点けなかった。

 大丈夫だ。馬鹿みたいに寝てやがる。確かこの引き出しに……無い。場所を変えやがったな、畜生。ん?

 俺は引き出しの上に置いてあるキャッシュカードに気付いた。ご丁寧に暗証番号がマジックで書いてある。

 よし! これで後はコンビニのATMで下ろせるぞ!

 俺はカードを手にするとコンビニへと向かった。


 深夜のコンビニは閑散としていて心地好かった。

 俺はカードに書かれた番号を覚えると、ATMにそれを入れた。

 暗証番号を入力する画面になったので、さっき覚えた番号を入力する。

「カードの確認をしております。しばらくそのままお待ちください」

 画面にそんな文章が表示されて、動かなくなった。

 待てども待てども、その画面のままだ。

 俺は故障かと思って店員に文句の一つでも言ってやろうかと思った時、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「次はない……そう言ったはずだぞ?」

 自宅の居間で父は俺を睨みつけてそう言った。

 あの後、俺は警察に連行された。

 知らなかったのだが、俺がニートをしている間に「偽の」暗証番号がカードに設定できるようになったらしかった。カードを入れてそれを入力すると警察に連絡が行って、警察が使用者を捕まえるという仕組みだそうだ。

 家庭内の事件ということで俺は釈放されたが、父は許さなかった。

 母も父の後ろで汚物を見るような目で俺を見ている。

「うるさい! あんな所にわざと置いておく方が悪いんだ!」

「馬鹿者! もし手を出さないようなら許してやることも考えたが……勘当だ!」

 俺はそのまま家を追い出された。

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