第5話 造花
「本当に、遺さなくてよろしいんですか?」
医師は私に何度も確認した。
「ええ、もちろんです。……あんなもの、虫唾が走る」
私はハッキリとそう言ってやった。
私は病院のベッドの上で死を待つ身だった。
昔は死んだら故人とは会えないというのが常識だったらしいが、今は時代が違う。
死んだ人間の容姿や脳構造をデータ化して、仮想故人として遺せる時代となっていた。
しかし、私はその選択を拒んだ。妻や息子に懇願されても拒み続けた。
確かに、生きている人間にとってそれは心の支えとなるかもしれない。だが、彼らの会うのは私をコピーした偽物であって、断じて私ではない。
私には、そんな偽物が私を偽って妻子に会うということが許せなかった。
私は今ここに居るのが、唯一の私だ。
そんな確信があった。
旧時代の、物質至上主義的な価値観かもしれない。今やありとあらゆるものがデータ化されているのだから。
それでも、私はそれ抗いたかった。
確かに、データは残る。昔の美しいまま残せる。
けれどそれは精巧に作られた造花に過ぎない。
散らない花に価値などあるものか。
そうだ。花は散るからこそ美しい。造花を並べてのお花見をする馬鹿は居ない。
私は命続く限り生きて、散っていきたい。
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