第4話 死んだはずの

「私は死人です」

 男は淡々と話し出した。

 薄暗いその部屋には、高い所にある窓から光がさしていた。

 男が言うには、自分は既に車にひかれて死んでいるそうだ。

「それなら、今私とこうして話しているあなたは誰なんです?」

 私は平静を装って聞く。

「それが……分からないんです。確かに私は死んだ。車にひかれた感触も記憶も確かにある……それなのに、今は怪我一つない」

 確かに、男の体は健康そのものに見える。

「それならば、何も問題ないのでは?」

 私は男に納得を促す。

「ええ、私自身は問題……ないと思います。ただ……私がひかれたという報道が確かにあったんです」

 男は新聞の切れ端を手渡した。

 その切れ端の記事には、確かに死亡したと男の名と捕まったトラック運転手の名がある。

「このトラックの運転手の方は、無罪になりませんか?」

 男はおずおずと尋ねる。

「確かに、被害者が居なければ過失致死にはなりませんが……」

 私はそこで言葉に詰まった。

 ひょっとして、男が居た世界とこの世界では「別の」世界ではないか?

 パラレルワールド、並行世界……どう呼ぼうが勝手だが。

 だが、ここを男が死ななかった並行世界だとすると、死んだという事実自体ないはずである――それが分からない。

 とりあえず、事故死した死体があったのか確認すべきだろう。そう考えると、私は電話機を手に取った。

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